第8話「ねえ、そんなにイケナイことしたい? 」
「それでね、浴衣もいいなあって思ってね、一着買っちゃったの」
「へー、今度見せて見せて」
「うん。ロキシーちゃんも買わない? 夏休みになったらみんなで浴衣着てどこかに遊びに行こうよ」
「いいわね。私も前からキモノには興味があったのよ」
「そうだ、ロキシーちゃん今からうちに来ない? 浴衣の他にもいっぱい見せたいものがあるの」
「あーごめん。ちょっと今日は野暮用があるのよ」
「え、そうなの。残念」
最近の俺たちは四人で帰るのが日課となっていた。
ロキシーの出現以来、拓実劇場は影を潜め、マヤはいつもロキシーにくっついて離れなかった。
「なあなあ、野暮用ってなんだろ? 」
拓実が俺に言った。
「俺が知るかよ」
「なあ、ロキシーってどこ住んでるんだろ? 」
「何で俺に聞くんだよ」
「だってお前ら俺たちと別れた後、一緒に帰ってんだろ」
「まあ一応同じ方向には進んでるな」
「気になるなあ。二人で何やってんの? 」
「別に何もやってないけど」
「嘘つけ。俺だったら絶対やるぞ」
「何を? 」
「何をって、勇気を出してイケナイことをだな」
「ちょっと男ども、何の話してんのよ」
いつの間にかロキシーとマヤが振り返っていた。
「拓実、何かイケナイことしたの? 」
どうすんだよ、とばかりに俺は拓実を肘で突いた。
「それはだな、まあ何というか……」
それから拓実の悪い癖が出た。
「全てはこいつに聞いてくれ。じゃあ、俺はこっちだから」
そう言うと拓実はそそくさと逃げていった。
あのバカ。なんて奴だ。
「で、何を話してたの? 」
ロキシーが悪戯っぽく笑った。
この笑顔は……こいつ聞こえてたな。
「マヤ、今度俺にも浴衣見せてくれよ」
「えー、どうしたの急に」
「それ着て一緒につつじ神社のお祭りに行こうぜ」
「話題を変えようとしてるのよ。その手に乗っちゃダメよマヤ」
「ロキシーも浴衣買えよ」
俺が慌てて割って入ると、マヤはコクリと頷いた。
「うん、いいよ。今度見せてあげる」
素直なのはいいことだ。
「じゃあ——」
「でも、変なことは考えないでね」
マヤはそう言うとロキシーと一緒におかしそうに笑った。
なんだかロキシーに出会ってからというもの、俺の調子は狂いっぱなしだった。
◇ ◇ ◇
マヤが手を振りながら駅に消えるとロキシーが言った。
「ねえ、そんなにイケナイことしたい? 」
「もうそれは勘弁してくれよ」
「ギプスをはめてみて」
「はい? 」
「群状金属を出して
俺は要求通りギプスをはめてみせた。黒い斑点が波打つように色を変え硬化した。手には群青金属で作られたハンドガンも握られていた。
「キャプラ。あいつは家にいる? 」
見ると彼女の耳から顎にかけて群状金属で作られたヘッドセットが出現していた。
「ああいる。今日やるかい? 」
男の声が漏れてきた。
彼はキャプラ、ロキシーと俺のサポートを担当するキャラバンの一員(クルー)だった。
「今日テストするけど、いい? 」
ロキシーが横目で言った。
「さっきのこと、クラスの連中に黙っていてくれるならね」
「こっちは準備万端よ。作戦を開始して」
「分かった。場所は分かるな? 分からなければ地図を送るが」
「大丈夫よ。じゃお願い」
ロキシーはヘッドセットを消した。
自分の手が震えているのが分かった。恥ずかしくはなかった。ただ全力を尽くすことだけを考えた。
「ねえ、どんなのがいい? 」
「お手柔らかに頼むよ。初っ端で死にたくないんでね」
俺は追い込みとばかりに群状金属を出して持続を試みた。
「そうじゃなくて浴衣の話よ」
「そんなこと話してる場合かよ」
「興味津々のくせに」
群状金属は中々定着しなかった。
「チクショー、全然ダメだ」
「邪念があるからよ」
お前が邪魔するからだろ。
「集中するのは結構だけど、一度に一つのことしかできないとこの先やばいわよ」
ロキシーはそう言うと俺を人差し指でツンと突いた。
硬化していたギプスがパラリと解けて泡のように消えた。
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