Lv2「不死王、巨乳狐娘と同棲生活する」

キーニャンの部屋は、学生寮の中にある。

狐のヌイグルミが、たくさん、床に転がっている可愛らしい部屋だ。

さすがに、本物の狐を飼う訳にもいかず、ヌイグルミで済ましている。


「もっふぅ……」


そんな、女の子らしい彼女の部屋に――黒い紳士服を着た、壮年の男がいる。


「わかったな!キーニャン!

ワルキュラ様に誠心誠意仕えるのだ!

死ねと言われたらすぐ自殺しろ!

家族を殺せと言われたら、すぐ殺せ!

夜伽を命令されたら、すぐに巫女服を脱いでエッチィ事をするのだ!

わかったな!この国の興亡は貴様の働きにかかっているのだぞ!」


この国の最高権力者、ハゲデス陛下がいた。

つまり一番偉い人。小規模の宮殿を持っていてハーレムやっている権力者だ。

頭は名前の通り、毛根が死滅していて光を反射しやすいハゲだ。


「さぁ!はいっ!と言え!

狐娘の代わりなぞ、幾らでも居るのだ!」


「あ、あの、私の人権は……?」 キーニャンは恐る恐る問いかけた。


「人権だと!?

貴様にそれがあると思っているのか!平民の分際で!

平民は黙って言う事を聞けばいいのだ!

誰のおかげで生きていられると思っている!?」


「もっふぅ……」狐娘は元気がない。


「いいか!何度も言うぞ!

ワルキュラ様が激怒したら、この国はその日のうちに消滅する可能性があるのだ!

それを理解しろ!もしも国が消えたら、死ぬよりも酷い目に合わせてから殺してやる!

オークだらけの酒場に、縞々パンツ一枚で突撃させて、バナナの実演販売をやらせてから、じわじわと嬲り殺しにしてや――あわわわわ!」


ハゲデス皇帝が、キーニャンの背後の空間に、恐ろしいものを見て、泡を吹いて気絶した。

キーニャンは急いで後ろを振り返る、すると――


「どうした、キーニャン?

部屋が騒がしいようだが?」


巨大な骸骨、魔王の中の大魔王にして、死の支配者ワルキュラがそこにいた。

扉を開けた形跡すらない。明らかに、一般人には想像できない方法で、この場に出現したとしか、キーニャンには思えなかった。


「あ、あのワルキュラ様……?

ここは女子寮なんですけど?」


「うむ、そうだな」


「ワルキュラ様って……ひょっとして女性?」


「いや、男だが?」


「もっふぅ……」


「なぜか、学校から指定された『俺の部屋』がここなのだ。

きっと、骸骨だから生物扱いされていないのだろう」


違いますよー!私に世話をさせるための特別措置ですよー!と、キーニャンはツッコミを入れる訳にはいかなかった。

世話役の仕事を引き受けた、そんな事実を目の前の不死者に知られたら、どんなスケベーならぬ、酷い命令をされるか分からない。

ハゲデス王の発言を聞けばわかる。権力者は民草を――文字通り、そこらへんに生えている草程度にしか思っていないのだから。

そんな事をキーニャンが考えていると、ワルキュラが地面に転がるハゲデスを見て――


「そこに倒れている男は、借金の取り立て人か?

なにやら水商売の仕事を紹介するとか言っていたようだが……?

キーニャン、大変だな……うむ」


なんで、私が貧乏だって分かるの!?もちろん、この言葉を、キーニャンは心の内に言葉を仕舞った。

だが、今までの会話で分かった事がある。

目の前にいる骸骨は、とんでもない考察力を持っている(笑)

キーニャンを見て、すぐ貧乏な狐娘だと理解しているのが、その証拠だ。

さすがは、世界に冠する大帝国の独裁者だと、キーニャンは驚きながら感心する。


「もっふぅ……そこに倒れているオジサンは、この国の皇――」


「出来れば、俺は、貧困に苦しむ君を救いたいと思っている」


「もっふ?」狐耳が激しくピョコピョコ動く。


「でも、俺の持っている金は、民衆が苦労して納めた税金なのだ……。

他国民のために、無意味に使うことは許されない……」


「もっふぅ……」 狐耳が下に垂れた。


希望を与えた後に、ぶち壊す。

そのような行為をされたから、キーニャンのご機嫌が斜めになった。

強制的に、今日から、恐怖の独裁者の世話をしないといけないのに、給料なしは納得できない。

それに生活費を、どこかで捻出しないと、食べていけない。

しかし、ワルキュラの世話と、アルバイトの二つの両立は無理だ。

最低限の給料くらいは貰わないと、餓死する。もしくはエッチィ事に手を染めないといけなくなる。


「あ、あの……私、アルバイトしないと生活できないんです……」


「うむ、ご苦労な事だ。

勤労少年ならぬ、勤労狐娘だな、偉いぞ」


遠まわしに言っても、ワルキュラは理解してくれない。

もう、こうなったら仕方ない。

酷い事をされる事を覚悟の上で、キーニャンは金を得る道を選ぶしかない。


「わ、私、ワルキュラ様のお世話を任されたんです!

だから給料ください!」


「なるほど……つまり、俺がキーニャンに、金を渡しても大丈夫という事か。

労働の対価という形なら、幾らでも援助できるな。

さすがはキーニャンだ。頭が良い」


そう言って、ワルキュラは、金の延べ棒を『空気中』から取り出して、机の上に置いた。

純金製のとっても高い黄金だ。この量なら、家が建つ。


「これが一年分の給料だ。

換金の手間暇がかかるが、国が崩壊しても価値があって便利だぞ」


「あ、ありがとうございます!

これなら、私の生活費どころか、弟も学校に通わせる事ができます!」


「はははははは、安心するが良い。

空気から作ったから、製造コストはゼロコインだ。

部下達から市場が混乱するから黄金を作るなと言われたが、たまには良いだろう」


「もっふふ~」


死の支配者の発言を冗談だと判断したキーニャンは、とってもゆっくりとした気持ちになれた。

今までの会話で、ワルキュラが意外と話がわかる人かな?と思ったから――最大の疑問を聞いてみようと――


「あの、ワルキュラ様?

失礼かもしれませんが……どうして、この学校に転校なされたのですか……?」 


ふと、知的好奇心は、狐娘を殺すという諺が、彼女の脳裏に思い浮かぶ。

場の雰囲気がガラリッと変わった。空気は泥のように重く冷たくなって、彼女にのしかかってくる。


「うむ……俺が転校した理由か。

そんなに聞きたいというのか?」


「い、いえ、話したくないのなら、別に話さなくて良いで――」


「……あれは昨日の事だ。

俺は、可愛い嫁と……喧嘩したのだ」


「も、もっふぅ……!?」


宗主国最大の国家機密を聞かされている。そんな気持ちに、キーニャンはなった。

この場にいれば、もう後戻りできない。

他人にこの事を話せば、きっと、口を封じられると……一瞬で理解できてしまう


「喧嘩の理由、それは……パルメ・トンカツ定食に行ったときの事だ……。

そこは美味しいトンカツを出す事で有名で、常に行列ができる人気の店……。

だが、嫁は……嫁はっ……!トンカツから、大きな衣を外してから、中の豚肉だけを食べていたのだっ……!

俺はそれが許せなかったっ……!

トンカツは、カラッ!と揚げた衣と一緒に食べるから、トンカツなのであり、嫁の食べるトンカツはトンカツではない!

それが許せないから……俺はここに1年間、留学する事にしたんだ、キーニャン」


「も、もっふぅ……?」


骸骨なのに、食べ物を食べるの!?と、キーニャンは驚愕した。

内容は、とてもいい加減なネタだったが、恐怖たっぷりに聞いていた彼女には、国家が秘匿するべき、最高の秘密にしか見えない。

それ以前に、全く話に共感ができなかった。

トンカツの食べ方は、人それぞれだろ的な意味で。

確かに、トンカツの衣を外して、中身だけを食べるのは可笑しいかもしれないが、ダイエット中の女性なら、そういう事をする可能性がある。

衣はカロリーたっぷりだし。太るのは誰だって嫌だ。


(ワルキュラ様と価値観違い過ぎて、辛い……。

まだ、スケベーでエッチィ男の方がマシなような……?

やっぱり独裁者って、とんでもないキチガイ揃い……?

ワルキュラ様の世話とか、生理的に無理かも……)


たくさん金は貰えても、相手は大国の独裁者。しかも、アンデッド。

違う価値観と価値観は対立する点を考えると、キーニャンは明日が心配になる。

緊張する時間が長く続きすぎて、彼女の集中はこれ以上続きそうにない。

緊張の糸が、プッツンと切れて、脳みそが休むように訴えかけてくる。


(ね、ねむい……。

そういえばハゲ陛下に、4時間くらい説教されたっけ……?

もう、起きるの無理……)


そのまま、キーニャンは、部屋に置かれたベッドに倒れて眠ってしまった。


「もっふぅ」


~~~~~~~


ワルキュラは狐娘が寝た事にも、気づかずに、独り言を続けている。


「……もちろん、今言ったのは、嘘だ。

ジャパニーズジョークならぬ、ワルキュラ・ジョークだ。

俺は嫁とトンカツで喧嘩してないし、俺の嫁たちは、そんな変な食べ方をしないから安心してくれ。

俺が留学を決めたのは……悲惨な学生生活を送ったから、やり直してみたい……ただ、そう思っただけなんだ、うむ」


可愛い狐娘の返答がない事に気がついたワルキュラは、ベッドでスヤスヤ眠っているキーニャンを見た。

オッパイ、すげぇな、おい!と思った彼は、狐娘がどうして眠っているのか推測する。

①俺の話がつまらなかったから。そんなー

②貧困層は、いつも働いていて大変。

前者の推測を認めたくないワルキュラは、もちろん、後者を選択し、狐娘に激しく同情する。

きっと〈希望を給料代わりに払う〉とんでもないブラック企業に彼女は勤めていて、睡眠をほとんど取っていないのだろうと思った。


「くっ……属国の女の子がこんなにも苦しんでいるなんてっ……!

世界はなんて理不尽なんだっ……!」


狐娘はこの日、割のいいアルバイトを見つけた。

給料はたっぷり、ボーナスで黄金の延べ棒がついてくる。しかも、学費は免除。

その仕事の名は、『独裁者のお世話』

頑張れば側室の地位が自動的に舞い降りてくる。


「もっふぅ……可愛い狐が1匹、2匹……もっふふ」


机の上で、金の延べ棒が虚しく輝いていた。



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