後篇(シーン4〜6)

シーン4:

女の子の時代へとさかのぼってきた。この時代に果樹公園はなかったはずだが、目の前に桃の木はあった。この桃の木は公園がつくられる前からあったのか、知らなかった。

女の子の手を引いて、公園だった敷地…じゃなかった、公園になる予定の敷地から歩いて出ていく。

大坂(そもそもこの地名は大阪から移住してきた人々が多く住んだためにこの頃付けられたものだった)までの道程は歩いて行くには少々、いやかなりくたびれたが、それでも元気に歩く女の子の手前、疲れた様子を見せるわけにも行かず歩いた。

紆余曲折を経たものの、無事に送り届けた。床に伏せった女の子のお母さんに深々と頭を下げられた。家に上がるよう言われたが固辞した。

女の子の家にも桃の木があった。ここの桃の実を食べつくしてしまったから、果樹公園の方まで歩いて取りに来たのだろうか。いや、桃好きすぎだろう。

彼女の家を出て、さて自分の時代に帰ろうか、と思った矢先、背後で火の手が上がった。振り返ると出てきたばかりの家が燃えている。意味がわからない。


空を見上げると、女の子の家の天上だけに暗雲が垂れこめている。雷が落ちた。どうやら世界は彼女をなんとしても殺したいらしい。家に走り込む。母子はまだ生きている。よかった。

二人を家の外に連れ出し、走る、走る。しかし、暗雲はどんどん広がり、落雷は激しく続く。無関係な家まで燃えていた。

まいったな。もしかしたら魔術師としての自分の力を過ぎたお節介だったのかもしれない。

とは思いながらも女の子を助けたことに後悔はない。なぜなら僕は魔術師だからだ。それも悪い方の。自分の好きなことを好きなようにし、ほしい世界を我侭につかむ。


『へるべき命 猶予をあたえよ しばしの間』



シーン5:

さて、「しばしの間」というのがどれくらいの時間なのか、僕にはわからない。数時間かもしれないし、数十年かもしれない。まあ、僕の魔法は僕に都合のよいようにできているので、おそらく後者の線だろう。あとは女の子自身に委ねたい。先程の雷雲が幻だったかのように空は青く澄んでいる。

さて、後片付けをしなければならない。つまり、この母子を助けたことの調整をしてバランスを取らなければならない。おそらくこの母子を助けた影響で歴史が変わってしまう。世界が執拗にこの子を殺そうとしたということは、この子の運命力は大規模である可能性が高い。

ぐに元の時代に帰らず、しばらくこの時代に残って様子を見る必要がありそうだ。

女の子に聞こえないよう小さなため息をつく。ふと足元を見ると、いつの間にか僕をここに連れてきた猫が寝そべり、ごろごろと喉を鳴らしていた。目が合うとふんと鼻で笑った後、またついてこいというように歩き出した。

こいつ確信犯だったな、と思いつつ、ため息をもうひとつ。僕は僕の好きなことをしただけだから、まあいいんだけどね。

しかし、にやりと笑った猫の顔が少々気に入らなかったので、意地悪をすることにした。なぜなら僕は魔術師だからだ。それも悪い方の。


『だめねこの 口一杯に広がる 不味いえさ』



シーン6:

猫にひっかかれた頬の傷をさすりながら、母子に別れを告げる。図体の割に俊敏でジャンプ力のある猫だ。


「ほんま、おおきに」


女の子は満面の笑み。まあ、いいか。


さて、どこに行こうか、と少し迷い、とりあえずあたりを見渡そうと、猫と二人、いや一人と一匹で小高い丘へと歩いていく。

頂上からはまち全体が見渡せた。あの女の子の家にある桃の木は焼けてしまったが、まちのいたるところに桃の木が生えていることに気付いた。

桃子、桃子とあのお母さんが呼ぶ声がする。出会ったときから薄々感付いていたが、大変なおてんば娘のようだ。

ただまあ、名前からして、これから長いこと生き延びれば、あるいは桃の精にでもなるのかもしれないな、と思いながら、彼女の前途を祈って、僕はもうひとつだけ魔術を言祝いだ。


『咲きみだれ きせつはずれの もものはな』

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桃と猫と魔術師 戸田 佑也 @todayuya

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