桃と猫と魔術師
戸田 佑也
前篇(シーン1〜3)
シーン1:
6年前、旅に少し疲れていた僕は、第二の故郷と呼べるまちにある果樹公園で働きながら、ひとりでふらふらと暮らしていた。そこでは、桃、梨、ぶどう、キウイ、いちご、メロン…たくさんの果物を育てていた。
夏の終わりと秋の始まりが行き来する頃、いつものように草取りをしていると
どこかへ急ぐように歩く見たことのない猫と目があった。野良だろうか。何かを訴えかけるような目で僕を見ながらにゃーにゃーと鳴いている。なんだろう。
猫は僕の目をじっと見つめた後、くるりとまわって歩き出した。ついてこいということか。まあ、幸いなことに急ぎの仕事はなかった。
シーン2:
猫について歩いていくと、桃の木々が並ぶ場所に6歳くらいの女の子がひとりで座り込んでいた。どうやら猫はこの女の子を心配して僕を連れてきたらしい。まさかこんなところで迷子だろうかと思い、声をかける。
「桃の実、なんで一個もなってへんの?」
桃を取りに来たのだろうか。いや、だとしても勝手に取られては困るのだが。
この地域では桃の収穫期は6月の終わりから7月の中旬までだ。もう出荷されてから随分経つ。そのことを伝えると、女の子は静かに涙を流した。
「おかんの風邪がひどうて。おかん、桃好きやから食べさしたくて」
まいったな。頭をかきながらどうしたものか考える。
缶詰ならスーパーに行けば手に入りそうなものだが。でもお金も持っていなさそう。
女の子に聞こえないよう小さなため息を一つついた後、僕はこの春流行った魔法少女のアニメを真似して、クラスのみんなには内緒だよ、といったあとに言祝ぐ。
『ももの木よ いまいちどその 実をたまへ』
シーン3:
思いの外、たくさんの桃の実がなってしまった。桃の精も涙を流す女の子には甘いのか。
好きなだけ持っていっていいよ、と伝えたが、女の子は一つでいいと言う。
そういえば、この子どこから来たのだろう。魔術師として、いや大人として家まで送ってあげた方がよかろう。
家を尋ねると「大坂の方、うち元々大阪住んでてん」と言う。ずいぶん距離があるがまさか歩いてきたのだろうか。ん?というか、逃げてきた?
「空襲こわくてな、みんなで越してきてん」
それでようやく女の子に感じていた違和感の正体がわかった。この子はもう死んでいる。戦中か戦後間もない頃か。
2秒考える。お母さんのところに帰してあげるべきだろう、魔術師としては。おそらくこの子は母に桃を持って帰ることができずに死んでしまい、今も桃をさがし続けている。桃をお母さんに届けさせてあげたい。女の子の手をにぎり、僕はつぶやいた。
『へだたれた 彼女のむかしに われら誘へ』
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