第9話 三つ巴戦争

 気が付けば夏休みに入っていた。

 全員講義もなくてアルバイトもしていない事もあって、毎日マサヤくんとミナミさんと僕の三人で練習をしていた。今日は羽休めとして練習を早めに切り上げ、劇場版のアニメを見る約束だったのだ。


「いや~面白かったわ! 評判以上の出来ね!」


 女児向けアニメ『絶対王政ポポロちゃん』の劇場版。『王者の力』を競い合う聖キラメキ学園でのバトルコメディアニメで、劇場版ではなんと、突然他校の王者が現れた。『聖キラメキ学園』と『ミライのヒカリ女学院』の全面戦争。熱く可愛い女の子達の笑いと感動の戦いだ。ちなみに男は絶滅しているらしい。

 ミナミさんはポポロちゃんの大ファンなので二つ返事でついてきた。マサヤくんは恥ずかしがって頑なに拒否していたが、一週間毎日押し続けたら渋々ついてきてくれた。


「たまにはいいね。みんなで映画なんて」

「リクっち。誘ってくれてありがとね! 」

「こちらこそ、一人で映画館に入るのは抵抗があったから助かったよ。二人ともありがとう」

「ううん。また色々行きましょうね! ところで、あんたはいつまで泣いてんのよ」


 同行に難色を示していたマサヤくんは、映画の中盤からずっと泣いていた。誰よりも入り込んでいた彼を横で見ていた僕は、話の続きよりマサヤくんの涙腺が気になって仕方がなかった。


「ぅうっ、だってさ、可奈子ちゃんがさ......うぇ。友達との軽い約束であんなに頑張って戦ったんだぜ......ふぅぅ、あぁああ! かっこ良すぎだろ! マジで男だぜアイツ!」

「うんうん。あのシーンは涙腺破壊されたね。女の子だけど」

「俺もあんな男になる! 可奈子の意思は俺が継ぐぅぅあぁぁあ!」

「だから女だって!」


 ミナミさんのツッコミを無視しておんおん泣き出す彼に僕たちは軽く、そう軽くだけど、引いていた。


「そうだ。カフェで話そうよ。近くにいいお店あるから」

「賛成!」

「おぅ......」


 映画館の前で立ち話をしていても注目されるので(主にマサヤくんが)、近くの静かなカフェに入った。




 一時間は話していただろうか。作品に込められた想いや、一期の一番初めのオープニングをアレンジした制作の心意気。声優達の割り振りに関して、僕とミナミさんが熱く討論していたら、泣き止んだマサヤくんは戸惑いながら言った。


「な、なぁ」

「何?」

「お前らそんなことまで考えて見てたのかよ。もっとさ、何ていうか。シンプルに面白かったとかで終わらねぇの?」

「馬鹿ねマサやん。声優の演技とか、制作の意図とか踏まえて見るからより面白いんじゃない」


 あまりアニメを見ないマサヤくんにはハードルが高いかもしれないが、これには僕も同意する。もちろん、何も考えずに話に入り込む事が一番楽しめる人も多い。楽しみ方は人それぞれなのだ。


「わっかんねぇ」

「だからあなたはダメなのよ」

「そりゃ言い過ぎだろ......」

「まぁまぁ、号泣するほど入り込める人なんてそういないんだし、僕はマサヤくんの感性素敵だと思うな」


 一人だけ違う意見だと、無理矢理連れてこられたマサヤくんが可哀想だと思い、僕は助け舟を出すことにした。


「そうだろそうだろ? ミナミ聞いてたか? え?」

「甘やかすことなんてないわ。勉強して出直して来なさいポンコツ」

「く、この......っ」


 有無を言わさぬ勢いでマサヤくんを押さえ込んだミナミさんの発言に対し、彼は椅子を弾き飛ばすように立ち上がった。


「わかった。お前ら、今からゲーセン行くぞ」

「なんでよ」

「お前がいかに不毛な事を言っているか証明してやる。もちろん、逃げねぇよな?」

「本当に馬鹿ね。私が逃げるわけないでしょ」


 なんだか嫌な予感がしてきたぞ。

 不敵に笑うミナミさんと完全に臨戦態勢のマサヤくんは睨み合う。

 僕たちはお会計を済ませ、映画館と隣接した六階建てのゲームセンターに向かった。




 いくつゲームをしていたのだろう。対戦出来るゲームからUFOキャッチャーまで、あらゆるゲームで戦ったマサヤくんとミナミさんは(僕はずっと見学)今、エアホッケーを決着した。


「ま、負けた......」

「フハハハハッ!! どうだミナミ! 畑が違えばお前なんてそんなもんなのさ! これで俺の痛みがわかったか!」


 全てのゲームでほぼ完封したマサヤくんは、ミナミさんを見下ろして高らかに笑っている。これ以上無いほど敗北を連発した彼女は何も言えない。


「ぐぅ......」


 ぐぅの音は出るようだ。


「ゲーセンで俺に張り合おうなんて片腹痛いわぁ! 自分の愚かさを恥じて死ぬがいい!」


 マサヤくんはテンションが上がり過ぎて話し方まで変わってしまった。今のはロールプレイングゲームのキャラの台詞だろうか。おそらく悪役だろう。


「音ゲー......」

「あ? なんだって?」

「音ゲーで勝負してよ......」


 最後の力を振り絞るミナミさんに、マサヤくんは両の手のひらを天に掲げた。


「ふふん。もちろん受けて立つさ。ゲーセンでだけはヒーローの俺に死角はない!」


 なんて悲しい言葉なんだ。




 超有名音ゲー『パップンリズミカル』で再戦を終えた二人。結果は驚愕の一言だ。


「嘘だ......」

「んっふっふ~。えっとー、何だっけ? 死角が何だっけ?」

「てめぇ......隠してやがったな。パップンのランカーだったのか......」


 マサヤくんはハードモードの一つ上の『役に立たないプロ資格』モードを好成績でクリアした。これだけでも周りに観客が集まるほど凄いことなのだが......。

 ミナミさんはその上の『世紀末にオリンピックを企画して選手虐殺』モードを、なんとフルコンしてしまった。このモードは世界で数人しかクリア出来ないとテレビで特集していたのを見たことがある。観客も絶叫モノだった。


「あれれ? あなたゲーセンのヒーローのマサヤさん!? ごめーん弱過ぎて気付かなかったー」


 煽りに煽りを重ねてハンマーでボコボコにするような悪魔の顔をしたミナミさんに、とうとうマサヤくんがキレた。


「もう許さねぇぞ! 表出ろうんこ野郎!」

「上等よへっぽこヒーロー! 消し炭にしてやる!」

「うわぁ! やめてやめて! 二人共熱くなり過ぎだよ!」


 観客まで焚き付けてきてもう収集がつかない。複数の店員さんが遠くからやって来ているのに気付いた僕は、胸ぐらを掴み合っていた二人の手を引いてゲームセンターから飛び出た。


 あれからしばらく、子供のような語彙力の無い悪口を言い合っていた二人と仲裁に入っていた僕は、なんとかいがみ合いが収まったタイミングで帰ることにした。

 それから三分も経っていないのだが......。


「マサやん! 見てよあれ! エビフライが踊ってる!」

「おっ、本当だ! 一緒写真撮れるってよ! 三人で撮ろうぜ!」

「うん! エビフライ食べたい!」

「帰りにファミレス寄るかぁ。腹減ったー」


 二人はめっちゃ仲良く写真を撮っていた。


「はぁ、さっきのは何だったんだよ......」


 僕の気苦労は無駄だったようだ。まぁ、普段からよく争っているから二人なりに楽しんでいたのだろう。僕のすり減った精神を返してほしい。


「ほらリク! こっち来いよ! このエビフライモコモコだぞ!」

「リクっち早く! アンタが来ないと撮れないわ!」

「......はーい」


 でも、何だかんだこの感じがとても楽しい。これが友達ってヤツなのだろう。高校まで部屋に篭ってアニメを見ていただけの僕では知ることが出来なかった。

 これからも三人で、ずっと仲良くやっていける気がする。

 そう、今はこの胸を埋める幸福感に浸っていればいいんだ。

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