第8話 バトルって深い
それは、体育館でタックさんと練習をしていたある日のことだった。
基礎の練習をこなした後は流れで踊る練習だ。曲を聞きながら、僕は深呼吸をする。
「トップロック! インディアン!この二つだけを使って音を取る! 」
タックさんの指示に従ってトップロックを踏む。ちなみに、立ち踊りのことをトップロックと言うのに、基礎のステップもトップロックと呼ぶらしい(ツーステップとも言う)。インディアンもトップロックの一つだ。
「次のカウントでドロップ!」
「ひ~」
立っている状態からしゃがんだ状態になるのがドロップ。僕はドロップの技が上手く出来ないので普通しゃがんだ。
「『六歩』が雑! 一歩一歩丁寧に踏め! 最後は『チェア』!」
地面に手をついてステップを踏むのが『フットワーク』。六歩はその基礎技だ。フットワークの勢いに上手く身体を乗せ、左肘の上に身体を乗せる『チェア』に入ったが、上手く乗り切らず滑り落ちてしまった。
スピーカーの電源を落としたタックさんは、倒れている僕に手を差し伸べて起こした。
「よし、だいぶ形が良くなってきたな」
「本当ですか?」
「もう少しでチェアが出来そうだからな。家でもチェアの練習しておけよ。もちろん逆立ちも」
「はい!」
という感じで、あれからタックさんから教えてもらうことが増えた。彼が部活に来られない日でも練習出来るように基礎をいっぱい教わった。だけど、どれも全然出来なくて正直どうすればいいのかわからない。
休憩をするために一旦体育館を出た僕達は、踊り場で飲み物を買って、建物の入口を出たところにあるベンチに腰かけた。
「リク。もうすぐ夏休みだが、部活のショーケースには出るのか?」
「そう言えばありましたね。始めは悩んでたんですけど、やっぱり出てみようかな」
「出なくていい」
あっさり言い切ったタックさんに、僕は聞き間違えたのかと錯覚した。
「え? 何でですか?」
「お前は一年だから免除される。俺も出ないからな」
「タックさんは二年だから絶対出ないと駄目なんじゃ......」
「俺はいいんだ。外部のイベントに出場するから。堂守さんや顧問の先生にも話して許可ももらってる」
イベント。そう言えば、堂守部長が前に言っていた。タックさんはよく外部で活動していると。
「そうなんですか。何のイベントですか?」
「それはまた教えてやる。それより、お前はショーケースには出ずに俺の所で練習しろ。その時期にはもう少しついてやれるから」
「それは嬉しいんですが、やっぱり少し気が引けますね」
マサヤくんとミナミさんは出るつもりだと聞いた。いつも三人で練習しているのに僕だけ出ないのはどうなんだろう。
「まあ、いきなり言われたらそうなるよな」
タックさんは少し考えると、ペットボトルのスポーツドリンクを一気に飲み干した。
「バトル。興味あるだろ?」
「バトル......ですか。そうですね。ブレイクバトルを見たのがダンスを始めるきっかけなので、いつかは出てみたいと思います」
今でも思い出せる。あの時の会場の熱気。命を削るような激しいぶつかり合いを。
「運動が出来ないお前がここまでダンスに執着するほど惹かれたんだ。お前はバトルに向いてると思う」
「そ、そんなぁ」
タックさんに向いているなんて言われると照れてしまう。そんなに上手くなったのかな? 自信が持てそうだ。
「だけど、お前はまだヘボだ。下手くそにもほどがある」
「そ、そんな......」
自信なんてなかった。練習しよう。
「だからだ。夏のショーケースの後は何がある?」
「えっと、冬の大学対抗バトル......あっ!」
「そうだ。それに出場する。メンバーは選抜だが、一人は一年の中から選ばれるんだ。そして、その選抜トーナメントはショーケースのすぐ後。わかるよな?」
一年生は今年八人入部した。今のところ全員練習に来ているので、トーナメントと考えると三回も勝たなければならない。
「む、無理ですよ! つまり、一年生の中で優勝しろってことですよね? 僕なんてまだ一番下手なのに!」
「また、やる前に弱音か?」
「うっ......」
「お前らの中で一番上手いのは誰だ?」
「そんなに見てないのでわかりませんが、多分、マサヤくんです。よく褒められているのを聞きますし、実際踊っているのを見ても上手かったです。キレがあるって言うんでしょうか、他の人と動きが違う気がします」
マサヤくんの成長には目を見張るものがある。日に日に上手くなる彼に、何度嫉妬したことか。
「そいつが上手いと言っても初心者に違いはない。バトルは慣れだ。場の雰囲気、流れを自分のものに出来れば、多少の実力の差は埋まる。緊張で力が出ないことだって多いしな」
「慣れですか......」
「夏休みにバトルの練習をする。もちろん、何度か出場もしてもらうからな」
「ほ、本気ですか?」
聞かなくてもわかる。タックさんの目はいつも以上に真剣だ。
「本気だ。俺の下で練習したいなら、バトラーになれよ」
「は......はい」
僕が優勝。そんなこと考えるのもおこがましいのかもしれない。でも、それは許してもらえないらしい。タックさんは本気で僕を勝たせるつもりだ。
体育館に戻ってすぐ、事件は起きた。
「タック! お前来てたのか!」
「久しぶりだな錦野」
髪の毛をすべて上にあげた攻撃的なヘアスタイルに、細身で背の高い人がタック先輩に向かって走ってきた。
「勝手にサボりやがって! お前がサボってる間に俺はまた強くなったぞ! 今なら去年の選抜の借りを返せるくらいにな!」
「お前いつもそれ言ってるな。なら一回くらい勝ってみろ」
「何だとこの野郎!!」
不穏な空気に包まれ、一年生は全員萎縮してしまっていた。今にも殴り合いそうな空気を破ったのは、汗だくで筋肉が光っていた堂守部長だった。
「なんだなんだ。後輩が怯えてるじゃないか。タックとニシキか。飽きないなお前ら」
「部長! ジャッジしてください! 今日こそコイツの鼻っ柱ボッキリ折ってやる!」
「俺は構いませんよ」
「はぁ、いつもいつも。藤巻! あとミキ! お前らもジャッジしろ!」
どうやらバトルをするらしい。いきなり呼ばれた藤巻先輩は不機嫌そうに歩いてきた。
「え~、またニシキが絡んだの? いい加減にしなさいよ」
「まぁまぁ、二人のバトル面白いから~。私は好きだよ~」
ミキ先輩は相変わらずの様子で、この二人のやり取りはよくあることなんだとこの時に悟った。
「ルールは一人ツームーブ。ワンムーブ四十五秒だ。準備が出来たら手を上げろ」
「あ、あの、堂守部長」
「ん? なんだ須藤」
「あの怖い人って......」
「あぁ、錦野 新だ。普段お気楽で面白い奴なんだがな、タックに会う度に噛みついていくんだ。仲が悪い訳じゃない。入部した時からライバル視しているだけだ」
「そ、そうなんですか」
あんなに怖そうな人とずっと張り合ってきたのか。タックさんは大丈夫なんだろうか。
「ちなみに、ロックで一番上手いのはアイツだからな。大島の師匠は奴だぞ」
「え!?」
マサヤくんの顔を見た。苦そうな顔をして首を縦に振っているところを見ると、本当らしい。上達しなければシバかれそうなのによく下についたな。
「準備出来ました!」
「俺も」
二人は向かい合い、真ん中に少しだけスペースを作った。
「よし、バトルスタート!」
堂守部長の合図と共に、スピーカーから音楽が流れた。これは、ブレイクビーツだ。ということはタックさんに有利な曲だ。
しかし、二人とも動かない。タックさんはニシキ先輩を指差し、先に出るように促す。ニシキ先輩はそれを無視し、仁王立ちをしていた。
「何で二人とも出ないんですか?」
「バトルでは基本的に後攻が有利とされているんだ。相手がどの程度の力で踊るか見れるのに加え、曲の雰囲気も掴める。完全にランダムで曲が流れるバトルにおいて、かなり重要な事だ」
「でも、どっちも出ないと始まらないんじゃ」
「その時はこうする」
堂守部長は二人の間に入り、ペットボトルを回した。くるくる回るペットボトルが止まり、同時にニシキ先輩が腕組みを解いた。
「ボトルスピンって言ってな。キャップ側が止まった方がすぐに出なきゃいけない」
「ということは、ニシキ先輩?」
ニシキ先輩は軽くステップを踏む。真ん中まで行ったところで、急に動きが加速する。人差し指を突き出し(ポイント)、次の瞬間には身体を低く落として手を叩いた(クラップ)。腕をしならせ、ステップを組み込みながら音に合わせてコンビネーションを重ねた。
「すごい。あんなに早く動いてるのに音に合わせてバシバシ止められるなんて」
「......」
ミキ先輩が交代の合図を出し、タックさんが前に出た。慎重にトップロックで音を取り、流れるようにドロップ。基礎で教えてもらった六歩などのフットワークに、少しだけ見たこともない動きを加えて変形のチェアでキメた。
「あれ? タックさんあれだけですか?」
「お互い様子見だな」
曲が代わる。テンポの早いこの曲はハウスだ。ニシキ先輩は待っていましたとばかりに動きを加速させる。
「わっ、ニシキ先輩さっきより早い! カッコイイ!」
「マズイな......」
「え?」
拳を突き出し、入れ替えるようなポイント。シンバルの音に合わせて両腕を前にガチっと固める。
それと同時に、ミキ先輩がまた交代の合図を出そうとしたが、ニシキ先輩が後ろに下がりきる前にタックさんは滑り込んだ。
既にドロップした状態から身体を持ち上げ、勢いを殺したまま逆立ちから身体を放り投げた。
「あ、あれは! エアトラックス! タックさんパワームーブ出来たの!?」
「一気に持っていかれるぞ」
歓声が上がる。両手以外を宙に浮かせ、身体を回転させながら飛ぶ大技。それだけでも凄いのに、スピードを調整して音にしっかりハメていた。
「す、すごい。あそこまで自在に音に反応出来るなんて......」
ウインドミル、エアトラックス、トーマスフレア。様々なパワームーブを組み合わせて、最後の音ハメはハローバック(逆立ちから肩を前に出し、不安定なままピッタリ止まりキープするフリーズ)で合わせた。また歓声が上がる。
「......終了!」
曲が止み、タックさんは元の位置に戻る。二人とも睨み合い、先輩方の判定を待った。
「ジャッジに入る! スリー、ツー、ワン。ジャッジ!!」
ジャッジの三人は全員右手をあげた。そちらに立っていたのはタックさんだ。
「くっそぉおおおお!!!!」
「勝っちゃった。あんなに上手い人に」
タックさんは軽く拳を上げて勝利を収めた。膝を着いて悔しがるニシキ先輩の肩を叩き賞賛した。
「錦野。上手くなったな」
「うるせぇ!! お前何でそんな余裕何だよ!!」
「ペース配分が大事だ。だが、お前のその勢いはチームを組んだ時に大きな力になる。体力つければまた伸びると思うぞ」
「ち、ちくしょう」
言い返す言葉もないと言った様子で、ニシキ先輩はあぐらをかいた。そこへ堂守部長が声を掛けた。
「ニシキ。一応今回も聞くけど、ジャッジコメントどうする?」
「お、おなしゃす!」
ニシキ先輩は頭を下げ、それを見た藤巻先輩が手をあげる。
「まずあたしからね。単純に、流れを掴まれたね。ニシキはタックに抗っているって構図に持っていかれてた。タックは本当にバトル上手いね」
結構スッパリ言い切るんだ。
藤巻先輩がミキ先輩にアイコンタクトを送って終わりを告げる。ミキ先輩は言いにくそうに首を傾げた。
「えっとね。ニシキちゃんは勢い良かったんだけど、最後に少し減速したじゃない? それに対して、タックちゃんは最後にさらに大技を使って畳み掛けた。終わった後も余裕があったし、まだ何かあるんじゃないかなってタックちゃんに入れました」
最後に堂守部長が前に出て、腕を組んでニシキ先輩に向き直った。
「二人が言ったこと大きな敗因だな。だがニシキ。二曲目にスピードを意識しすぎて持ち味の音ハメが雑になった。もう少し自分をコントロールしろ。こう言うのも良くないが、大技の出来ない俺達が、ブレイカーに音ハメで負けてたら勝ち目は全く無くなるぞ」
「......ありがとうございました」
「コメントがツライ......」
三人からボロボロに言われたニシキ先輩は頭を落として落ち込んでしまった。それはそうだ。僕があそこまで言われたらしばらく立ち直れなくなりそうだ。
それにしても、みんなニシキ先輩に宛てたコメントばっかりだった。勝ったのはタックさんだけど、どちらかというとニシキ先輩の味方なのだろうか。
「タック! 次は負けねぇからな!」
余りにも早い立ち直りにニシキ先輩の強さを感じた。恒例行事のようになっているみたいだし、慣れているのだろう。
「いつでも相手になる。お前とのバトルは楽しいからな」
「う、うるせぇ!」
ニシキ先輩は早足にロックの人達が練習しているグループに入っていった。そこにいたマサヤくんと目が合う。いつか、僕たちも二人のように戦うのだろうか。
「リク。これがバトルだ」
「バトルって怖いな......」
「やってる分には楽しいさ。さて、チェアの練習でもするか」
「は、はい!」
タックさんのバトル姿を見たのは初めてで、カッコイイと思った。そして、怖いとも。
ただ音にハメれば勝てるわけじゃない。大技を使えば勝てるわけじゃない。流れを掴む。さっきタックさんが言っていた事が頭の中で反芻する。
僕は、本当にバトルが出来るのだろうか。わからない。でも、この汗を握りしめた拳が、その答えを見つけてくれる。そんな気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます