第7話 ブレイクって何から始めるの?
タックさんに無事弟子入りを果たした僕は、その足で部活にも復帰した。無断で休んでいたため部長には少し怒られたけど、タックさんが庇ってくれたお陰ですんなりと迎え入れてもらえた。ミナミさんはよほど心配してくれていたのか出会うなりめちゃくちゃ怒っていたけれど、事情を話すと。
「ふ~ん。そんな理由があったのね。じゃあいいわ! よく頑張ったわね!」
そう言って握手をしてくれた。タックさんに認められたことが相当珍しいみたいで、他の先輩方も物珍しそうに僕を見るようになった。
それは昨日の話で、いま僕は食堂で学食のラーメンを食べ終えたので、腹休めを兼ねて携帯を触っていた。
「あ、リク。飯食ってんのか? 横座るぜ」
「大島くん」
カツ丼の大盛りをトレーに乗せた大島くんは、横の席に腰掛けていただきますと言った。個人的に、どこでもいただきますを言える人は好きだ。なんとなくだけど、悪い人はいない気がするんだ。
「雅也でいいって。俺もリクって呼んでんだから。なんだ、調べ物してたのか?」
「う、うん。マサヤくん。ちょっとこれを調べてたんだ」
僕は携帯の画面をマサヤくんに見せた。
「『ブレイクダンス 基礎』? お前、ブレイカーのタックさんに会ったんだろ? 基礎、教えてもらえなかったのか」
「まだね。昨日はタックさんが用事で帰っちゃったから。その代わりに宿題を出されて、ブレイクダンスの基礎をネットで調べてこいって言われたよ。もうすぐイベントで忙しいみたいだから仕方ないよ」
「何だかな。せっかく何もない状態で会うって言ってたのに無駄になっちゃったな」
「なんの話?」
「ミナミさん!」
いつの間にかミナミさんは正面の席で持参のお弁当を食べていた。来たときに声をかけてくれればよかったのに。毎回ビックリさせられる人だ。ビックリついでに、練習以外でミナミさんを見るのも始めてなので、髪の毛をおろしている姿に驚いている。肩甲骨より下くらいだろうか。意外と長くて女の子らしい。喋らなければ。
「ブレイクダンスの基礎調べてるんだってよ。ミナミも来てるなら一言言ってくれよ。びっくりするだろ」
「びっくりさせたのよ。楽しそうね。わたしもいい?」
「もちろん!」
昨日はマサヤくんが講義で部活に来られなかったため、三人が揃うのは久しぶりだ。僕は嬉しくなって少し声が大きくなった。
三人共が食事を済ませると、携帯とにらめっこだ。それぞれで『それらしい』動画を見つけると報告をした。三十分くらい経ったところで。
「ん~、やっぱりこれじゃないかしら」
ミナミさんが僕らに携帯を渡した。
「『ウインドミルの練習法』。たしかに、これが一番多かったよな。」
「見てみたけど、難しそう……。ブレイクダンスってハードル高いのね」
三人で頭を抱えた。でも、僕が見たブレイクダンサーもほとんどこのウインドミルをしていた。おそらくこれが基礎で間違いない。
「リク。そろそろお腹落ち着いたろ? B校舎の屋上行って練習しようぜ!」
「屋上? 練習出来るの?」
たしかB校舎は芸術コースの人たちがたまに使う校舎だ。四階建てで、三階と四階はほとんど作品の保管場所になっているから屋上で動き回っても迷惑にはならないだろうけど。
「あぁ、踊るのにいいスペースがあるんだ。午後の講義ないんだろ? 行ってみようぜ! ミナミも来るか?」
「私も午前で終わりだから行くわ。でも先に行ってて。購買に寄ってから行くから」
そういうと、ミナミさんはお弁当をリュックの中にしまい、先に食堂から出ていった。
「よし、そうと決まれば出発だ!」
「うん!」
部活以外でもみんなで練習に行くなんてすごく楽しそうだ。はやる気持ちを抑えて、僕たちはB校舎を目指した。
食堂を裏手に回り、道なりに真っ直ぐ進むこと五分。ペンキ跡や散らばった画材で汚れているB校舎に入り、屋上に着いた。
「うわぁ、本当にちょうどいい広さだね!」
建物の形状から、段差になって屋上の半分も使えないが、三人が腕を広げて並んでも余るほどのスペースだ。まるで秘密基地のようで、僕は早く練習したくてたまらなかった。
「だろ? 他の生徒もあんまりこないんだ。ここを俺たちの練習場所にしようぜ!」
「そうだね!」
「そうだね!!!!」
「ぶわぁああああ!!!」
突然後ろから大声を出したミナミさんに驚き、マサヤくんは叫びながら前に転がって行った。
「へへっ、マサやんびっくりした?」
「ぁ……ぁ……」
声も出ないようだ。そりゃ、叫びながら前転するほど驚いたんだ。無理もない。
「戻ったんだねミナミさん。何を買って来たの?」
「電池よ。スピーカーの電池。練習するならいるでしょ?」
「本当だ。ありがとうね!」
「お、俺は音源あるから、これで……練習できるな……」
生き返ったマサヤくんは怒らなかった。たぶん、これ以上何かされるのを避けたのだろう。ミナミさんのペースに勝てないマサヤくんがだんだん不憫になってきた。
それから三人で動画を見ながら、あれやこれやと言い合ってウインドミルを解明していった。身体の前面と後面を繰り返し地面につけるこの動きだが、工程が思っていたより多い。
「まずこうだろ?」
マサヤくんが仰向けで寝転び足を振って背中で回ろうとする。
「お、今のどうだ!? 一周くらい背中でまわってたか!?」
「いや。半周くらいかも」
「うっそだろ……」
次に僕も寝転んだ。右足で勢いをつけて、一気に手足を身体の中心に集める。
「あ、今の出来てたんじゃない!?」
「半周ね」
「そんな……」
マサヤくんと同じくらいか。どうやら体感では余計に回っているように感じるだけらしい。
「次は私ね」
「気をつけてね」
ミナミさんも同じように寝転び、足を振る。遠心力を逃さないようにゆっくり身体を縮こませた。すると、徐々に早くなり。始めて周回をした。
「すげぇ!! ミナミ! 三回転くらいしたんじゃないか!!」
「うん! してた! すごいよミナミさん!」
ミナミさんは立ち上がって、喜ぶかと思いきや屋上の端の方に行ってしまった。どうしたのかと思った僕たちはミナミさんに駆け寄る。
「あの、ミナミさん……?」
「……ぃ、痛いぃ」
ミナミさんは涙目になっていた。おそらく薄着で回ったせいで背中が擦れたのだろう。僕とマサヤくんはあたふたしながらミナミさんを慰めた。
夕方になり、ずっと練習していてヘトヘトになった僕たち(ミナミさんは端っこで見学していた)は、部活に行くことにした。体育館でそれぞれ練習場所に別れ、入り口付近で音取りの練習をしていたら扉が開いた。なんとタックさんが来たのだ。
「タックさん!」
「リクか。どうだ? 調べ物できたか?」
タックさんに今日の三人での練習を細かく話した。すると、彼はいつもと違う呆れた顔になった。
「リク。ウインドミルはブレイクの基本じゃない。パワームーブの基本だ。それと、ミナミがやったのはバックスピンって技でウインドミルじゃない」
「パワームーブ?」
「パワームーブはブレイクの中で更に区分けされているジャンルみたいなもんだ。ブレイクの基礎の基礎が出来てからの分野だ」
では、今まで発展のような事をしていたのか。それは難しい訳だ。
「それにしても『LA』からの練習で良かったな。『NY』からのウインドミルを何も知らず練習していたら絶対に怪我してたぞ」
「えるえー? にゅーよーく?」
専門用語だ。まったくわからない。
「ウインドミルに入る初動みたいなもんだ。お前がそこまでいけばまた教えるさ。基礎はいまから教えるから、身体が出来ていない間はもう無茶するなよ」
「は、はい」
今日一日の練習は無駄になってしまったのか。やっぱり、勝手にするのは基礎をちゃんと習ってからにしよう。
この日始めて、本当のブレイクの基礎である『トップロック』『フットワーク』『フリーズ』を習った。この三つで構成されたダンスが、ブレイクダンスらしい。『パワームーブ』はそこに組み込むものなので、やっぱりまだまだ僕にはたどり着けないところであった。
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