第4話 出会い
体育館の見える中庭のベンチに腰掛け、僕は授業で削られた精神を回復していた。先程自販機で購入したいちごミルクを飲みながら、部活の開始時間を待っていたのだ。
「う、痛っててて。やっぱり筋肉痛か」
予想通り筋肉痛でふらふらになった僕は、少しでも楽になるように伸ばしたり揉んだりしていると、後ろから突然声をかけられた。
「ちょっといいか? 君、ダンス部に来てた人だよね?」
「えっと......」
「大島 雅也。体験入部に来てたんだけど、覚えてないか? 男子は俺と君の二人だけだったんだけどな」
そこに立っていた男は、昨日体験入部のときに見かけた大島くんだった。忘れまいとしていたのに、翌日にはすっかり忘れてしまっていた。
「あっ! 思い出した! 僕は須藤 陸。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
大島くんは柔らかい笑顔で応えてくれた。
二人で部活まで話すことにしたので、少し横に詰めて、座ってもらうよう促した。
大島くんは僕より少し高い、つまり平均ほどの身長だった。足も長く、顔も綺麗で、黒のジャケットをしっかり着こなしている。いわゆるイケメンに入るタイプの人だ。仕草も格好良く、僕のイメージでは、「紳士で品の良いお爺さんになるタイプ」だ。
「ところで、須藤くんはジャンル決めてるのか?」
「僕は初めからブレイクダンスをやるつもりだったから。でも、ブレイクダンサーが全然来ないんだよね」
「そう言ってたな。早く練習出来ればいいのに」
「大島くんは?」
「俺はまだ決めてない。けど、ロックダンスなんてカッコイイと思うな」
「ロックダンス......か」
昨日、堂守部長が説明していたジャンルの一つだ。ブレイクダンスは8ビートで踊るけど、ロックダンスはその倍のスピードの16ビートで踊るらしい。ビートがまだ理解しきれていないけど、速くてキレのある格好良いジャンルだ。
「須藤くんはどうしてダンスを?」
自然とこの話になるのは何を始めても同じなのだろう。特に隠すこともないので正直に話した。
「知り合いがブレイクダンサーなんだ。その人に憧れて始めようと思ったのさ」
「その人に教えてもらわないのか?」
「ん~、今は遠くにいるからね。一人で練習して、びっくりさせたいってのもあるから」
「お、いいなそれ! じゃあ一緒に練習してびっくりさせようぜ!」
大島くんは熱い性格なのかもしれない。彼は秘密特訓のようなシチュエーションに興奮を見せた。
「大島くんがダンス始めた理由も聞いていい?」
「いいぜ。俺も似たようなもんだけどな。妹がダンスやってんだ。だから、内緒で始めて驚かせてやりたいんだ。んで、上手くなったら一緒に踊ったり出来たらいいよな」
「あ、じゃあ僕と同じだね」
「そう、だから何か嬉しくってさ」
「そうだね。改めて、一緒に頑張ろうね」
「おう!」
僕らは、体育館の使用可能時間までそんな話しを重ねた。
一番乗りをした僕達の後は、割と早く人が集まってきた。昨日と同じく基礎を全員でやると、基礎を重点的に練習したい人たちに混ざって引き続き音取りをすることにした。ちなみに、大島くんはロックダンスの先輩の所に行って、すでにジャンルの基礎を学んでいるようだ。
「何となくわかってきたぞ」
「ねぇ!」
隣で音取りをしていた女の子に話しかけられたのだが、第一声が大き過ぎてびっくりしてしまった。
「な、何?」
「私は南 琴子って言うんだけど、あなた名前はなんて言うの?」
昨日のヒヤヒヤする子だ。とても元気で、とても可愛く、とても失礼なヤツだ。目も大きく整った顔立ちに、小さなポニーテールがとても可愛いと思うのだが性格がとても怖い。悪い子ではないと思うのだけれど、一言一言が直接的過ぎていちいちドキドキする。
「須藤 陸だよ」
「そう、リクくんは何でダンス部に入ったの? アニメとか好きそうだよね」
漫研にでも入れって言いたいのか。真意はわからないが当然良い気はしない。
「アニメ好きだけど、別にいいだろ......」
「あ、気を悪くした? ごめんごめん。私もアニメ好きだからさ、嗅覚って言うのかな? 絶対オタクだって思っただけだから」
「そうなの? 何のアニメが好きなの?」
思ったより話せる子なのかもしれない。
「だいたい好き」
「え?」
やっぱり違ったかも。
「だから、ほとんど好きなの。勧められたヤツはだいたい見てるし、テレビで一回見たら続けて見ないと気が済まないタチなの」
「嫌いなジャンルとかないの?」
「今のところないわ。ロリ系もホモ系も恋愛、グロ、シリアス、日常とにかく何でも見るから。あなたは何が好きなの?」
胡散臭い。適当に合わせにきてる感じがすごくする。好きなものをこれ以上適当に返されるのも嫌なので、少し離しにかかる。
「僕は今期だと、『花の博物館』かな。主人公の花ちゃんのビジュアルも秋田先生の色が出た柔らかいデザインですごく好みなんだ。物語もほのぼので好みだし。エンディングも声優さんが歌ってるのに凄くオシャレでセンスがあるよね」
南さんは驚いた顔をして固まった。一般の人には少し引かれてしまう程度には踏み込んだから、出来れば彼女にも引いてほしいんだけど。
固まっていた南さんはすぐに目を見開き、嬉しそうに口を開いた。
「そうそう、花ちゃん可愛いよね! 性格も前作の『魔法使いキツネ』の響ちゃん枠だよね! エンディングはびっくりしたよ! 普段ほとんど歌わない声優さんなのに、上手くてびっくりしちゃった。ずっと前に声優ラジオで歌ってたけど、その時より格段に上手くなってるし、努力したんだなって私泣きそうになっちゃって。オープニング歌ってる人知ってる? 無名だけど、花の声優さんの妹なんだって!」
有り得ないほど返されてしまった。オタク相手だってそこまでまくし立てると引かれるだろう。かくいう僕も逆に引かされてしまった。
「へ、へぇ〜。詳しいんだね」
「そう? ねぇ、またアニメの話ししましょうよ! 私の周り見てる人全然いなくって、こう、モヤモヤしてたの!」
「う、うん。僕でよければ......」
話せば話すほど彼女がわからなくなった気がする。やっぱりこの子は苦手だ。
部活も終わり、日もすっかり落ちてしまった。今日も手早く帰り支度を済ませて、校門まで来ていた。
「今日もほとんど音取りだけで終わっちゃった」
昨日と違う事は一つだけある。
「仕方ないわよ。ブレイクダンスの人サボってんでしょ? 来るまで待つしかないわ。ところで、あんたは誰よ」
「ひどい言い方だ。俺らが話してるところに入ってきたんだろ? そっちから名乗りなよ」
二人の友達が出来た。何故か良くない空気になっているけど。
「南 琴子。あなたは?」
「大島 雅也だよ」
「マサヤくんね。よろしく!」
「あ、あぁ。よろしく......」
大島くんも、南さんの切り返しに戸惑っているみたいだ。ちょっとテンションがわからないよね。でも、いい子だよ。
南さんは目をキラキラさせ、大島くんの前に立った。
「マサヤくんはアニメ見るの?」
「俺はゲーム派」
「なんだ。仲間じゃないのね」
「えっ!? それだけで仲間ハズレ!?」
一瞬で消えたキラキラに、もうよくわからなくなった大島くんは溜息しか出なかった。ダンス部に来たのにアニメの話しができないと冷たくされるのはさすがに理不尽だよ南さん。
こうして、二日目の練習が終わった。やっている事は昨日と同じだったけど、友達が二人も出来たのだ。筋肉痛で身体は重くなっていたが、心はとても軽く、久しぶりに楽しかった気がした。
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