一殺二次元三人称

澄岡京樹

一殺二次元三人称

 彼がその屋敷を訪れたのは、雨が降りしきる秋の夜だった。女心と秋の空とはよく言ったもので、夕飯を食べた後日課のジョギングに励んでいた彼は、突然の土砂降りに遭った。さらに間の悪いことに、彼は、今日に限って家から一キロ先にある山の麓までやって来てしまっていた。家は遠く、かといってこの雨量では雨宿りしていたら夜が明けてしまいそうで、それはそれで寒くて困る。途方にくれた彼は、結局、仕方なく近場に生えていた巨木の洞に入り込もうとした。

「む……?」

 そんな彼の視界に、明かりが現れた。屋敷だ。巨木の奥に、屋敷があったのだ。

「こんなところに屋敷があったのか」

 今まで注意深く周りを観察してこなかった己の愚かさ(今回の土砂降りを予測しなかったことも含めて)を反省しつつ、彼は屋敷に向かって歩き始めた。


 時刻は午後十時。人によっては既に眠っている者もいる時間である。残念ながら彼は、そんなことを考えてはいなかった。やはり観察が甘い。だが今回は、幸運にも明かりがついていることは初めから分かっていたので、仮に同行者がいたとしても指摘されることはなかっただろう。では別に観察が甘いなどと批判する必要もないように思われるが、そこはそれ。彼はやはり観察力がなかった。屋敷の門に備え付けられているインターホンを見事に見落とし、そのまま門を通り抜けてしまったのだ。そして、そもそも何故、門が開きっぱなしになっているのかさえ彼は不審に思うことはなかったのだった。

 屋敷は、レンガ造りの洋館で、もう百年はここに建っているのではないか――などと思わずにはいられない佇まいである。外灯だけではその全容を照らすことは叶わず、どことなくぼんやりとした……蜃気楼めいた存在感を放っている。

 彼はそんな屋敷の玄関まで歩いて行くと、勢いよくドアをノックし始めた。屋敷が大きいため、大きめの音でないと聞こえないと考えたのだ。

「すみませーん、雨宿りをしたいのですがー」

 用件を簡潔に繰り返し述べながら、彼はノックを続ける。しかし、反応は中々返ってこない。

「ふむ、もう寝てしまったのだろうか」

 今度こそ大樹の洞に寝そべろうかと内心諦めかけていた彼だったが、その耳はしっかりと屋敷の奥から聞こえてくる足音を拾った。

「お、屋敷の人が来てくれたのかな」

 彼の予想は見事的中し、遂に玄関の扉は開かれた。

「……誰だ、こんな夜更けに」

 扉から顔を出したのは、初老の男だった。顎鬚が妙に長いので、彼は心の中で『顎鬚』と名づけた。

「いやぁ、実はですね。雨宿りをしたいんです――ほら、こんな雨ですし」

 後ろを指差しながら、彼はそう言った。

「……悪いが、泊める事はできん。帰ってくれ」

 しかし顎鬚は、顔をしかめて彼をつっぱねた。外は土砂降り。中々に悲惨である。

「そんなこと言わないでくださいよぉ」

「今日はだめなんだ、今日は!」

 言い合いは明らかに彼の劣勢。このままでは彼は屋敷で一夜を明かすことはできないだろう。彼自身もその覚悟を決めようとした――その時であった。

「まあまあ、いいじゃあないか」

 玄関に一番近い部屋から物腰柔らかそうな紳士が現れた。年齢は四〇台前後に見える。予想通りならアラフォーというやつだ。

 紳士は顎鬚の前に立つと、彼に笑顔でこう言った。

「西館にゲストルームがある。そこから出ないというのなら、宿泊を認めようじゃないか」

「しかし旦那――様」

「いいんだ」

 どこかぎこちない物言いの顎鬚をひと睨みし、紳士は彼を西館まで連れていった。彼は、なんとなく不安になった。不安になったので、壁に掛けられていたここの現当主らしきおじいさんの写真に『ヘルプミー!』とテレパシーを送った。言うまでもないが、彼にテレパシー能力はない。




 ……その後彼はベッドに横たわったのだが、どうにも寝付けない。というより寝付くことなどできなかった。

「トイレ……どこですか」

 そう、尿意である。彼はうっかりトイレの位置を聞きそびれてしまっていたのだ。

 窓の外では、雨が弱まってきている。……その、ちょろちょろちょろ……という雨水の滴る音は、なにがとは言わないが決壊しそうになると彼は内心焦っていた。

「ああもう、ダメだ! どっかにあるだろ、トイレ!」

 叫ぶや否や、彼は部屋を飛び出す。走ったら危なそうだったのか、彼は早歩きでトイレを探した。



 ……トイレは、西館と東館を繋ぐ扉の前にあった。正確には、彼が気付けたトイレがそこしかなかっただけの話なのだが。

「まったく、何でトイレここにしかないんだ」

 これ以上指摘してはいけない。言っても仕方がないからだ。彼の観察の甘さはそう簡単に治るものではないのだから。そう、治る。直るではなく治る。ほぼ病気である。

……とにもかくにも、彼はトイレを済ませて部屋に戻ろうとする。……が、しかし。そうは問屋が卸さないのだ。


「――なんだアレ」


 彼は、窓の向こう――つまり外にて浮遊する、奇妙極まりない物体を目撃した。

 銀色の、全体的に丸みを帯びたシルエット。そして移動方向の不規則さ。

 それは、まごうことなきUFOだった。

「えぇ……」

 あまりの展開に、そして明らかに西館の方に着陸しようとしているUFOに恐れおののいた彼は、入るなとは言われたが仕方がない、と、東館に足を踏み入れた。――のだが。

「暗! シャンデリア消えてる⁉」

 東館は明かりを失っていた。実を言うと、既に西館も明かりが消えてしまっている。タイミングは同時。丁度、彼が東館に移動したタイミングであった。原因はUFOのが放出している謎電波。とにかく原理とか無視してブレーカーを落としてくる厄介者だ。都合がよすぎる。まるで今回の展開の為だけに用意されたかのような能力だ。

 だがそれでもあきらめずに暗闇を走る彼は、ドアノブが手に触れたことを確認すると、とっさに回した。大きな屋敷内をさまようよりも、比較的小さな部屋から脱出するための窓を探した方がいいと思ったからだ。

 そして彼は部屋に入る。――入ると、そこはやたらと外からの光に照らされていて明るかった。……なんと。庭に二つ目のUFOが着陸していたのだ。

 さらに驚くべきはそれだけではない。部屋にはこの屋敷の現当主らしきおじいさん――さっき写真で見た――が倒れていた。

「し、死んでる……」

 あまりの急展開。彼は冷や汗をかき始めた。さらに後ろからは二人の男。顎髭と紳士だ。

「我々ハ宇宙人ダ。ココノ人間ニ化ケテイタガ邪魔ガ入ッタ。――ソウ、ソレハオマエダ」

「なんやねんそれ!」

 たまらず彼は叫んだ。色々限界だったのだろう。だが、それは何も彼だけではない。

 こちらだってあまりの急展開に胃もたれを起こしそうだ。ちょっと休憩しよう。


 というワケで、私はいったん本を閉じた。

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一殺二次元三人称 澄岡京樹 @TapiokanotC

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