実験―Wonder―

 施設はボロボロでこそあるが、電気は生きている。それらはリュークにとっては何の変哲でもない事であるが、イビルにとっては明らかな違和感であるのは確かであった。

 お茶――コーヒーの席でイビルは、現状の深い理解を得るためにわざとらしい咳払いをして、真摯な目を白髪の二人に向ける。


「この施設は? 見てくれだと、廃棄されたように感じるのですけど」

「あぁ。私達も、詳しくは解らないが……恐らくは発電施設を有した、実験施設だったのだろう」

「実験? なんか、マッドな香りがぷんぷんするんだが」


 リュークがかつて見た、あるSFを思い出す。あれは人のパーツを組み合わせて、ある人物を蘇らせようと奮闘する科学者の物語であった。常人には理解しがたい狂気じみた行動――人体のパーツを得るために墓を掘って歓喜に笑む様は、今でもリュークは怖いと感じる。

 その結末は言うまでもなく破滅。科学者は蘇らせたそれによって殺された。なぜそれが科学者を殺したのか

、そういう疑問を解消する描写もなく映画は終了。リュークは、インパクトこそあるがオチが酷いと勝手に思っていた。

 実験と聞くと嫌な予感がするのは、そのオチの酷さゆえだ。リュークが明らかに嫌そうに眉間に皺を寄せると、ツクヨミは渇いた笑みを浮かべた。


「ハハハ……リュークさんの言いたい事はよく解る。私だって、あれが無ければ、この施設を拠点にするつもりは毛頭なかった」

「あれって?」

「そうだな……ミレイナ、持ってきてくれるか?」

「えぇ。少しばかりお待ちください」


 赤目のミレイナはそう言って立ち上がると、キッチンの方へとトトトっと歩いていく。小さな変化ながら、その歩み方は楽しさを表す子供のようだと、イビルは頭の片隅でそう思う。

 父と呼べる育て親に、初めての我儘――外で遊びたいという自分を知らない子供の夢――を認められた時の自分はあぁいう感じだったのだろうと、そう見える。背中の翼を使って木に登り、リュークと言う年上の異性に出会ったのはその時。初めての友達。初めて興味を抱いた人。初めて自分から声をかけた男性。

 その事を思い出すと、ちょこっと顔を赤らめてしまうのがイビルだ。後に意識する、自分は他人とは違うと言う種族的差異に躊躇わずに、彼は名を語った。それがどんなに優しい事か、当時のイビルは知らない。だが、今のイビルにとってそれは――


「どうした、イビル? いきなり頭を振り回したりして」

「な、なんでもない――なんでもないったら……」


 リュークの心配する言葉をかけられると、よくて十七歳のイビルの意識は興奮のあまりに沸騰して、その湧き上がる湯気を顔に出してしまう。なまじそれを意識できる程度には精神は発達しているので、それを見られまいと両手で顔を隠して俯く。耳が赤くなっている事までは互いに気が付いていない。

 朱鳳シュホウと繋がると多少はその羞恥心に抵抗は持てるが、それでも本質はイビルであり、休憩時間に自分が吐いた恥ずかしい誘惑にも等しい言葉に悶絶する時もある。リュークと操縦席が同じじゃない事を良い事に、マイクを切って絶叫する時もある。

 ようは、お年頃なのだ。


「はい、持ってきましたよ」


 ミレイナが何かを持ってくる。それはリュークも知っている物で、コーヒーメーカーと言うコーヒーを作り出せる機械だ。だがその上にあるべき豆は無く、見る限りではとてもじゃないがコーヒーを作り出す事は不可能だ。

 二人して不思議そうに見つめていると、ツクヨミが飲み終えたカップを差し出して、コーヒーメーカーのコーヒーが出てくるであろう穴の下にそれを置く。すると――ちょろちょろと黒い液体が落ちてくるではないか。


「えっ? えぇッ!?」

「豆がないのに……」

「双方、豊かな反応で良かったです。見ての通り、これは無から有を作り出すコーヒーメーカー――まぁ、コーヒーだけなんですけどね」


 ミレイナの説明におぉーと、二人して目を輝かせる。これがこの施設で行われていた実験の成果であるならば、凄い事だ。何せ、無から有を作り出せるなんて奇跡の所業。なんの消費も無く、なんの損も無い。旅をして消費をすると言う不便さと、生産性の無さを実感させられた二人からすれば、それは本当に奇跡の杯に見えてくるのだ。コーヒーメーカーだが。

 ツクヨミは年相応な二人の反応に満足しながら、淹れてもらったコーヒーを味わう。即ち、先程出してもらったコーヒーは、これから生まれた物なのだ。


「すげぇ……」

「うん……完全な嗜好品のためとはいえ、こんな事ができるだなんて」

「このように、この施設は無から有を作り出す事を研究していたようなのだ。これはその一端であると思われるがね」


 唾を飲むリュークと、その技術の素晴らしさに感嘆するイビルに対して、ツクヨミは実に楽しそうな笑みを浮かべる。ミレイナもそんなツクヨミを見ていると嬉しそうな笑みを溢す。

 ツクヨミの発言を聞き逃さなかったイビルは好奇心から問う。


「という事は、他にもこの手の物が?」

「探せばあるだろう。しかし、あくまで歴史的遺物だ。下手に触って壊れたり、爆発したら元も子もないのでね」

「そうですか……」


 あわよくば、食料を生産してくれる旅人必須アイテムが手に入ればと思っていたイビルであったが、そうは簡単には行かないようであった。

 だがリュークは、んじゃ、と深く考えずに出てきた疑問をツクヨミに問いかける。


「なんで、コーヒーメーカーは起動させたんだ? 普通、嗜好品よりも水か食べ物だろう?」


 人間として至極真っ当な意見に、ツクヨミとミレイナは一度虚を突かれるような顔をしたが、一度見つめ合って、そうしてツクヨミがまた渇いた笑みを浮かべた。


「誰だって、好物には手を出したくなるでしょう?」


 先程淹れられたコーヒーカップには、もう黒い液体は無かった。



――――――――Next――――――――



 ミレイナはまだ使える物はあるかもしれない、とイビルの願望に彼女はそう答えた。

 コーヒーメーカーが起動したのは単純な好奇心であり、それ以上を求めないようにしていた二人は結果的に、他の場所に散乱した実験機に触る事はしなかったという。

 だが、骨人コツジンから助けてもらった御礼もあるのか、イビルのご飯を獲得する事ができる発明品探しを彼女は許した。一応、ツクヨミにも確認を取っていたが、リュークと映画の話で機嫌がよくなっていたのか、背の低い白髪の少年は二つ返事で了承した。

 機械と言う文化はよく解らない。積み上げられたガラクタの山を見て、イビルは自身の在り方を想う。

 イビルは自分が聡明とは思った事がない。それは興味のある分野にしか勉強をしないからだ。ゆえに食材の保存法の知識にも疎いし、映画の知識もさして多くはない。彼女が一番知っているのは、姉妹と呼べる朱鳳の知識と、リュークが大好きな事だけ。彼と一緒にずっといたのも、彼を勉強するためだ――という事にしている。


「……見た事のある物は多いけど」


 四角い蓋を持つ鉄の箱、立体台形の箱、巨大な四角い箱など。中には金属製の球体に取っ手が付いたような物もあったが、残念ながら見た事があるだけで、それが何かをキッチンに入った事のないイビルが知る由も無かった。

 というわけで収穫のないイビルは、深い溜息を吐いて実験施設の奥から皆の場所に戻ろうとする――


「ん?」


 その僅かな違和感は、彼女の鳥人ゆえの本能なのか。彼女は確かにそれを感じていた。元来、鳥では感じる機会が少ないそれを。人であるから知っている、その揺れを。

 イビルの瞳の色が警戒色に染まる。もしかしたら、気づいていないのかも――とリュークを心配してその鳥の脚を使って彼の元へ戻ろうとした瞬間――尋常ではないほどの揺れが彼女を襲った。


「きゃあああぁぁぁッ!?」


 バランスを崩した彼女は盛大に転ぶ。そして大きな揺れは、アンバランスなガラクタの山に伝播し、そして――


「きゃーーーーッ!?」


 倒れ伏せたイビルに、それらは鉄の波となって襲いかかる。終いには、立ちつくしていた巨大な四角い箱でさえも落ちてきて――彼女の意識はそこで一度落ちる事となる。

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