第3話

 街は炎に包まれていた。街角の片隅、廃屋の中、談笑を繰り広げる広場。どこにも人影は見当たらず、残骸となって崩れ落ちた家々だけがそこかしこに転がっている。


 二人と別れた後、シェインはずっと救助隊の存在を探していた。


 しかし一向にめぼしい人物は見つからず、時間だけが無常に過ぎ去っていく。


 一般市民は平和の時間に訪れたこの騒動に逃げ惑うばかりで力には成り得なさそうだったし、それならば騎士に声を掛けようと城内に入ってみたものの、彼らは彼らでヴィランとの戦闘で忙しそうでこちらも力になりそうもない。


 さて、どうしたもんか。シェインは天井の壊れた城の中で、青い空を眺めていた。 


 ――あーあ。お腹が空きましたねー。


 不真面目なシェインは、お腹の鳴き声を余すところなく耳にする。


 空になにか、黒いシミが見える。


 ――あれ? あれは一体なんでしょう?


 だんだんと染みが大きくなっていく。


 ――黒ゴマでしょうか?


 だんだんと近づいてくる。


 ――嫌な予感がします。


 よーく見てみると、人影のようにも見える。


 ――人? ドレス? お姫様でしょうか? そんなことより、このままだとぶつかりますね。あ、ぶつかりました。


 ドレスを着た女性のお尻が、シェインの顔面を強打した。


「ご、ごめんなさい、大丈夫ですか?」


 ふわりと、ピンク色のドレスがシェインの視界を覆っていた。


「私は大丈夫です。とっても柔らかいです」


「ちょ、ちょっと! 私のお尻を触らないで」


「ぐへへ」


 シェインから逃げるように女性は飛び上がった。「あなたは誰?」と聞かれると、「そちらもどなた?」と尋ね返す。


「ごめんなさい、申し遅れました。この城の王女、ミハエルと申します」


「私はシェインです。波瀾万丈な出現の仕方は王女には到底思えませんが」


「ちょっと金の鞠を探しに出ていたら、うっかり」


「うっかりで空から落ちれるものなんですね、意外です」


「そんなことより早く!」


 ミハエルがシェインの腕を強く引っ張る。


「もうすぐここにカエルがやってきます」


「カエル?」


 シェインは小さなミドリガエルを想像して、飼ってみたいなあと了見する。アマガエルとか、ガマガエルとか、ウシガエルとか。


「ペットか何かで」


「いいえ、私のベッドに入ろうとする野蛮なカエルです。それも薄気味悪くて、べったべたの。歯はかけているし、ぐひぐひと鳴くし、いいところなんて一つも見つからないカエルです」 


 自ら築き上げた想像を一掃するシェイン。なるほど、化け物カエルかぁ。飼ってみたいなあ。猛獣野蛮ガエルとか、鳥みたいに鳴くカエルとか、人の形をしたカエルとか。


 刹那。


「うぎゃあああああ!!!!」


 遥か彼方から何者かの声。王女が「ヒッ!」と小さな呻き声を上げた。


「あ、また降ってきます。晴れのち王女ところどころ……あれは」

 王女がやってきた天井から、またもや物体が落ちてきた。それはとても小さく、淡い緑色を称えた、手足の長い――。


「カエル?」


 地面に、ずどん。


 シェインが近づいて確認すると、小さなアマガエルがゲエゲエとこれ以上ない枯れ具合で鳴いている。その顔は初めからか地面に衝突したせいなのか、不細工とい

う言葉を超越してひん曲がっていた。


「あ、あれが私を追いかけているカエルです。早く逃げましょう」


「あーれー」


 シェインは王女の成すがまま。か弱い手に引っ張られ、城内にある武器倉庫のような場所に隠れる。


「あああ……」


「シェインさん、一体どうしたの?」


「ロケットランチャーにTNT、こんなに過激な武器たちを見たのは初めてです。興奮です、絶賛興奮中です、私」


 王女はシェインの口を押さえつける。思わぬ力を発揮されてシェインは驚いてしまった。


「静かにして。カエルに気付かれます」


「フゴフゴフゴ」


「どこにいるのかなあ、ミハエル王女。ベッドに入らせてくださいよお、ぐひぐひ」


 ミハイル王女にも見劣りしない装飾を身にまとったカエル。頭には大きすぎて傾いた王冠が乗せられていて、歩くたびにそれが右に左に揺れている。


「ねえねえ、ミハエル王女ぉ。僕はあなたのことが大好きなんですぅ。だからお友達になりましょうよぉ」


 巨大な棚に並べられた武器を眺めながら、カエルがだんだんと近づいてくる。


「僕とお友達になってくれたら、もれなく僕の家来も付いてきますよぉ。ものすごく強いから、嫌いなやつが居れば簡単にやっつけてくれるんですぅ。いいでしょ?」


 だんだんと王女の感情が恐れから怒りに変わっていくのが分かる。何故なら彼女の貧乏ゆすりが、カエルの発言と共に大きくなっていくからだ。


「王女ぉ、僕みたいな男ってどう思い――」


「しつこい!」


 とうとう我慢しきれなくなったのか突然ミハエルが飛び出して、カエルの目の前に姿を現わす。カエルは自分の身長の何倍もあるミハエルを見上げると、さらに醜い顔を歪ませて大喜び。王女、王女、王女! と手を叩いて喜びの舞を踊っている。


 だが――。


 激昂しているミハエルはカエルを鷲掴みすると、メジャーリーガーのごとく大胆な投球フォームでもって遠くへ――。


「んんおんどりゃああああああああ!!!」


 投げる。


 カエルは遠く、飛んでいく。「あひゃあ」と情けない声で鳴いて、壁に衝突する直前で、何者かの手にすっぽりと収まって大惨事は避けられた。その手に、シェインは人知れず懐かしさを感じている。


 見上げるとそこには、ハインリヒがいた。


「貴様ぁ! 王子になんてことを!」


「お兄!」


 ハインリヒはシェインの呼びかけに目もくれず、ただただミハイルを睨みつけている。その腕が動いて槍を取り出したかと思うと、王女の鼻先に突きつける。


「許すまじ、許すまじ、許すまじ!」


 王女とハインリヒの間に割って入るシェイン。それはきっと、自分なら激昂する相手を抑えられるという過信が成せるものであったのだろうが、現実はそこまで甘くなった。


「シェイン、たとえあなたでも私の邪魔をすると命の保証はないぞ」


 矛先がシェインに向く。


「お願いだからお兄に体を返してください」


「この体は王子に捧げた身。そう易々とは渡せん」


「いいえ、違います。その体は私のお兄の体です。お兄の体を使って無害な一般市民を傷つけるのは、私が許しません」


「許さないなら、どうする?」


「逃げます」


 え、っとミハイル王女が聞き返す前に、シェインは彼女の手を取って走り出した。


「ちょ、ちょっと!」


「お話はあとです。とりあえず今は逃げることに専念します!」


「待て!」


 鎧の音が追いかけてくる。身軽な二人と鎧姿のハインリヒではスピードに大きな差が生じるかと思いきや、全速力で走らなければ今にも捕まりそうな勢いだ。


「私、先程から走ってばかりで、もう足が棒のようです、シェインさん」


「つべこべ言わない、です!」


 力強く王女の腕を引っ張る。


「どこに逃げるんじゃあ? お二人さん?」

 と、目の前に老婆の姿が現れる。逃げようとしてすぐの出来事にシェインはあっ

と驚きを隠せなかった。だがすぐに機転を利かせて、空白の書を取り出す。


 前方にはカオステラーの老婆、後方にはハインリヒとカエル。数も戦闘能力も何もかもが劣っている。普通に戦えば負けるのは目に見えていた。


 ――それなら。


 シェインからラーラに変身すると、すぐ腕を頭上に掲げる。イメージは野ばらに咲く一本桜。雨に打たれて風に吹かれても堂々と構え、根を張って生き続けている生命力もそえて。


 その強さを、自身の力に還元するよう力を開放してみる。


「目を瞑って!」


 ラーラが王女に叫ぶ。その直後、天井をまばゆい桜色の光が覆い、目を瞑っていてもその強力な光が瞼を通して伝わってくる。


 ラーラからシェインに戻ると、王女の腕を掴んで駆け出した。シェインも周囲がきちんと見えているわけではないので、光を放つ前に道順を覚えておかなければこの作戦も意味を成さなかったであろう。


「くそ!」


 光から抜け出す直前、ハインリヒの悔しそうな声と、「メガヴィラン! 早く王女を追うんじゃ!」というカオステラーのしわがれた罵倒がシェインの耳に入ってきた。

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