四話 邪教の神殿 アスタロトII
……呆けている時間はない。
僕は、我に返るとすぐにこの部屋から抜け出そうと行動する。
もし、ここが本当に『ルフェリア』で、僕がイナンナなのだとしたら。
アスタロトの『邪神の器』を高待遇で扱う場所なんて、一か所しか考えられなかった。
それは、アスタロトを祭る神殿の奥深く――。
つまりは邪教団の本拠地だ。
「……急がなきゃ」
幸い、外見が外見だ。
敵意を向けられることはないだろう。
でも、中身がバレてしまえば話は別。
生半可な相手に負ける気はしないけど、数で押されれば不利になるのはこっちに違いない。
それに、騙しきっても問題が生じる。
『邪神の器』である以上、イナンナは教団にとっての最重要人物。
護衛などをつけられて、身動きが取れなくなる可能性がある。
だから、僕は誰かに見つかるよりも早く逃げ出そうと考えた――はずなんだけど。
残念ながら、そうは問屋が卸さないらしい。
振り向けば、紫色の髪をした十歳ぐらいの女の子がいて、藍色の瞳で僕を見つめていた。
「お目覚めになったんですね! 巫女様!」
満面の笑みでの突然の抱擁(タックル)。
「うわっ!」
押し倒されそうになり、僕は心臓が飛び出しそうなほど驚いた。
だって、さっきまでこの部屋には僕以外誰もいなかったはずだ。
扉が開いた記憶もない。
……一体、何処から現れたのか。
それほどまでに呆けてしまっていたのかもしれないけど、完全に不意打ちだった。
それでも、動揺は極力表には出さず、改めて相手の容貌を確認する。
身長は120センチほど。
服装はメイド服に似たデザインで、もしかしたらここの下働きかなにかだろうか。
僕を『巫女様』と呼ぶあたり、正体は知ってそうだけど……。
少なくとも害はなさそうな相手で、僕は警戒のレベルを一段階下げた。
「お、おはよう?」
「おはようじゃないです! 十日もずっと眠っていらしたんですよ! どんなに心配したか……!」
おっかなびっくりの挨拶。
すると、女の子はむくっと膨れて、僕の寸前まで顔を近づけた。
年下といえど異性(・・)の接近に、少しだけ頬が熱を持つのを感じる。
「十日も……? それに、ここは何処?」
「お分かりにならないんですか? も、もしかして儀式の失敗の後遺症がっ?」
……儀式。
ちょっと嫌な予感がするワードだけど、都合がいい。
僕はこくりと頷くと、わざとらしいほど深刻な顔をして
「……うん。記憶が混濁しててね。自分のことは何とか思い出せるんだけど、それ以外自信がないんだ」
と答えた。
「そ、そうでしたか。わかりました! なら、不肖、巫女様の傍仕えであるシアが説明させていただきますっ!」
雑な嘘。
でも、シアという少女は無垢に信じ込んだようで……。
僕から離れ、ドンとない胸を叩くと、俄然張り切った様子で質問に答え始める。
それにしても、コロコロとよく表情の変わる、見ていて飽きない女の子だった。
◆
――シアに訊いてみたところ、この世界は『ルフェリア』で間違いなく、やはり、今いる場所はアスタロトを崇める神殿らしい。
明言されてしまえば疑う余地はない。
続けて、僕は
「儀式とは何か」
「何故眠り込んでしまっていたのか」
と質問を繰り返した。
おかげでわかったのは下記の経緯だ。
『邪神の器』としての役割を果たす為、イナンナは『神呼びの腕輪』を手に入れると、アスタロトを顕現させる儀式を行おうとしていた。
だけど、そこに現れたのは対抗組織のバイモン教団。
彼らは儀式のために警備が手薄になる隙を狙っていたのだ。
結果、儀式は失敗。
アスタロト教団は甚大な被害を受け、『神呼びの腕輪』を奪われる憂き目となる。
肝心のイナンナも儀式の失敗のせいか、それ以来、昏睡状態に陥ったままで――。
今では組織としての体を維持するのが精一杯らしかった。
「……成程。思い出してきたよ」
「本当ですかっ!? よかったです……!」
礼を言いながら頷く僕に、ほっと胸をなで下ろすシア。
だけど、これも嘘だ。
何故なら、僕は思い出したのではなく、この経緯を
女神様の説明の際、僕は『邪神の器』、『神呼びの腕輪』という単語に大きく反応した。
その理由は一つ。
これらは、イナンナに関して同様、今回のシナリオのために考えた設定なのだ。
つまり、今、『ルフェリア』で起きている異変は、大よそが僕の筋書き通りということになる。
『ルフェリア』があるだけならまだしも、僕の考えた設定が反映されている。
イナンナの姿になってしまった件といい、本当に想定外の事態だらけだった。
――でも、それらが全て不利益に働くわけじゃない。
開き直りかもしれないけど、僕はそう考えていた。
例えば、この身体。
『邪神の器』という討伐すべき目標ではあるものの、逆にすでに一つ見つけられたとも考える。
それに、戦力としては一騎当千。
他の『邪神の器』を破壊する戦いでは、必ず力になってくれることだろう。
シナリオ通りに進んでいる件についても同じ。
不可解極まりない事態だけど、おかげで僕は全容について把握できている。
何処で狂いが生じてもおかしくない以上、過信は出来ない。
とはいえ、行動の指針としては十二分に役立つはずだった。
『もし、一人でも欠ければ、俺たちは絶対に後悔する。……飛鳥は、俺たちに人間界で一生心残りを抱えたまま生きろっていうのか?』
フラッシュバックするのは、転移する直前の真一の言葉。
だから、僕は死なない。
そのためにも、最後の衝突より前に、僕が『邪神の器』である状況をなんとか打破する。
――まさか、自分の描いたシナリオを、自分の手でぶち壊すことになるなんて思いもしなかったけど。
立ち位置としては、ゲームマスターではなくプレイヤー――それも、随分と厄介な。
初めての経験に、思わず苦笑してしまいそうになる。
でも、やらなければならない。
「シア。『神呼びの腕輪』を取り戻すため、僕に案があるんだけどいいかな?」
僕は腹をくくるとシアへと呼びかける。
すると、彼女は一瞬だけ真顔になって――
「巫女様、それはよろしいんですけど……着替えてからにしましょ?」
「あ、うん。それもそうだね……」
未だ下着姿である僕のはしたない格好を指摘した。
ちょっと女神様! このNPC、ラスボスなんですけど! ぽち @teriyakiakira
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