二話 きみたちのためなら死ねる

「飛鳥……!? お前、何を」


 背後から肩を掴もうとする真一を手で静止し、僕は女神様を睨み付ける。


「あなたは、自分が何を言っているのかわかっているのですか?」

「はい。何度だって言います。その異世界とやらで生き返るのは、僕一人でいいって言ったんです」


 女神様は、愚か者と言わんばかりに僕を見る。

 でも、僕はそれを気にしない。


 全ては、僕の要求を通すために。


「代わりに、僕以外の三人は、元の世界――人間界で生き返らせてあげてください」

「……そんなことが可能だと思っているのですか?」

「異世界で生き返らせられるのだとしたら、人間界で無理な道理はないですよね? あなたが本当に僕たちの世界の神様なのだとしたら、可能だと思っています」


 一種、挑発ともいえる僕の言葉。

 だけど、女神様は顔色一つ変えずに次の言葉を待った。


「あなたは、自分をこの世界の神様みたいなものだと言った。だからこそ、疑問が生まれるんです。……何故蘇るのが、自分の管理していない異世界なんですか?」


 実のところ、僕は先ほどから一つの違和感を覚えていた。

 それは、蘇生先について。


「慈悲をかけるのだとしたら、自分の世界でやるのが一番簡単なはずだ。だって、咎める相手は何処にもいないんですから」


 恐らく、その異世界にも同じような管理者がいるはずで、勝手に送り込まれれば黙ってはいないだろう。

 無用な火種となりかねないのに、彼女は僕たちを異世界に送り込むのだという。


「そもそも、言ってしまえば、僕たちを生き返らせる理由すらわからない。そんなことをして、一体あなたに何のメリットがあるというんですか?」


 それに、同じ瞬間にでも、世界中で不幸に見舞われている人は数えきれないほどいるはずだ。

 それこそ、僕たちに拘る必要はないほどに。


 でも、彼女は僕たち四人を特別に生き返らせると言った。


 よって、考えられるのは一つ――。


「……あなたは、僕たちを異世界へ送り込んで『何か』をさせたい。そして、その『何か』は僕たちでなければ出来ないことだ。違いますか?」

「……ほう」


 女神様は、僕の推論に興味深げな反応を示す。

 読み間違えてはいないらしく、悪くない手ごたえだった。


「それが『何か』はわからない。でも、僕が確実に達成します。だから、真一や真紀ちゃん、健斗くんを元の世界に戻してあげてください」

「四人でなければ成し遂げられないことだとは思わないのですか?」

「それはないはずです。だって、あなたは先ほど、『四人とも連れて来られて幸運だった』と漏らした。全員揃っていなければ出来ないのなら、それは必須事項だ。『幸運』だなんて普通は言わないでしょう?」

「だとしても、一人で可能だとでも?」

「はい。僕にはその覚悟がある。死んでいる身でなんですけど、それこそ身命を賭すぐらいの覚悟が。……自分の世界の人間なんです。神様として、可能性ぐらい信じてください」


 ――睨み合いが続く。


 僕は信じてもらうために。

 一方、女神様は信用にたるかを値踏みするために。


 そして、その緊迫した空間を打ち破ったのは――


「馬鹿野郎、勝手に決めるな」


 背後からのチョップだった。





「いたた……。何するんだよ、真一」


 かなり容赦なくひっぱたかれたようで、涙が出そうだった。

 僕は頭を押さえながら口を尖らせる。


「誰がお前一人を犠牲にして生き返りたいって言ったんだ? 昔からお前は、俺たちに相談なく突っ走るから困る」

「だって、みんなには家族がいるんだよ? おじさんやおばさんも、一時でも子供が死んだって知ったら悲しむに決まってる。……僕は、それも嫌なんだよ」


 ……僕自身は、幼いころに家族と死に別れている。

 それきり親戚もおらず、ずっと一人きりで過ごしてきた。

 

 だから、もし一人で異世界へ行けと言われれば――親友たちと二度と会えないことを寂しく思いつつも――あっさり受け入れていたのだと思う。


 でも、目の前の友人たちは違う。

 彼らには、自分を待っていてくれるかけがえのない家族がいるのだ。


 真一たちが永遠の別離を悲しむのは勿論、残された家族にとっても同様のはずで……。

 僕がかつて覚えた感覚を、どちらにも味わわせたくなかった。


「……それじゃ、折角の誕生日パーティなのに主役がいなくなっちゃうよ」


 そんな僕に、真紀ちゃんが泣きそうになりながら言う。


「……誕生日? 僕の?」

「まさか、本当に今年も忘れていたんですか?」


 すると、健斗くんは眼鏡をくいっと上げてから、有り得ないと言わんとばかりにため息をつく。


「結構露骨なぐらい準備をしていたと思うんですが。当日にケーキを買いに行ったり……」


 そうか。

 今になって気づく。


 家に立ち寄る前に二人が買い物していたのも、真一が食事に誘ったのも……。

 全部、僕のためだったんだ。


「ごめん。どうしても一人暮らしだとうっかりしちゃって……。そっか、もう十六歳になったんだ」


 そんな僕に、みんなが次々に声をかけてくる。


「よく考えればお兄ちゃんと一緒だもん……。きっと寂しくないよ。だから、みんなで一緒に生き返らせてもらって、向こう側で今度こそパーティしよ?」

「どうせ、元の世界に戻っても、用意したケーキは潰れてるだろうしな。新しく買いなおすのは変わらない」

「もっとも、異世界とやらにケーキが売っているのかは疑問ですがね。作れるほど器用な人間もこの中にはいませんし」


 無理にでも笑う真紀ちゃん。

 健斗くんにツッコミを入れられ、真一は苦笑い。

 でも、すぐに真面目な表情を取り、僕を見つめた。


「というかだな。もし、一人でも欠ければ、俺たちは絶対に後悔する。……飛鳥は、俺たちに人間界で一生心残りを抱えたまま生きろっていうのか?」


 ある意味、それは決定打だった。

 僕は黙り込み、そして、女神が口を開く。


「三人が望んでいるのです。私の一存であなたの願いを叶えるわけにはいきませんね。とはいえ、飛鳥さんの推測が当たっているのも事実です。私には、あなた方に達成してもらいたい『何か』がある」


 『何か』。

 再びの言葉に、僕たちは続きを待った。


「だから、こうしましょうか。これから提示するのは、いわばクエストです。あなた方がクリアした暁には、報酬として、全員を人間界にて生き返らせるとお約束しましょう」

 

 ……彼女の提案は決して悪い話ではない。

 今すぐにではないものの、帰還を約束してくれたのだから。


 こくりと頷く。

 それは、他の三人も同じ。


「決まりのようですね。では、内容について説明していきましょう」


 それを見て、女神様は語り出す。

 自然と全員が気を引き締めた。


「今からあなた方が向かう世界では、邪神を崇め、復活を企てる者たちが暗躍しているのです」

「邪神、ですか?」

「ええ。……もし、それが成功してしまえば、人間界も被害を受ける可能性があります。だから、邪神の復活を阻止し、二度と蘇らないよう大元を絶って欲しいのです」

「それなら、向こうの世界の神様が対処してもいいような……?」

「いえ、あなた方が向かう世界には、本来の管理者が存在しないのです。その世界に愛想を尽かしたのか、それとも邪神との戦いで力尽きたのか。私にはわかりませんけどね」


 一端、ここで説明が途切れると、口を挟んだのは真一だった。


「そうは言うが、どうやってそんな連中と戦えばいいんだ? 俺たちは単なる高校生だ。正直、勝てる気がしないんだが」

「その点に関してはご安心を。あなた方が向こう側で使用する肉体は、非常に強靭なものです。いわば、並行世界のあなたたちともいえる存在。少なくとも後れを取ることはないでしょう」

「……ならいいんだが」

「とはいえ、万一にも向こう側の世界で命を落とした場合、私にはどうすることも出来ません。帰還できるのは生きている人間だけです。肝に銘じておいてくださいね?」


 曰く、彼女が管理外の世界で可能なのは、魂の簡易的な操作と移動ぐらいらしい。

 つまり、転移してしまえばそれ以降のサポートは期待できないということで。


 否応にも緊張が高まるのを感じていた。


「では、僕も質問させてください。何をすれば『大元を絶った』と認められるんですか? 流石に、画策している相手の一族郎党を……なんてのは勘弁したいんですが」


 次いで、健斗くんの質問。


「ああ、それを忘れていましたね。……邪神を蘇らせるには、『邪神の器』という邪神の魂を封じたアイテムと、『神呼びの腕輪』という顕現を為す神器の二つが必要なのです。裏を返せば、それらが揃わなければ復活は不可能になります。

 生憎と、『神呼びの腕輪』は私といえど破壊できません。そのため、現存する『邪神の器』全てを破壊したとき、クエストをクリアしたと認めましょう」

「……え?」


 話の腰を折るつもりはない。

 それでも声を上げてしまったのは、『邪神の器』、『神呼びの腕輪』、どちらの単語にも聞き覚えがあったからだった。


「説明したいことはまだまだあるのですが……。もう時間切れですね。あちら側――『ルフェリア』で、あなた方のキャラクター・・・・・が待っています。成功を祈りますよ」

「……ちょっと待って! 女神様! それってどういうことですか!?」


 更に僕の混乱は加速する。


 『ルフェリア』とは、あの・・『ルフェリア』なのか。

 それに、キャラクターとは――?


 説明を求め、必死に叫ぶ僕。 


 だけど、女神様はふふっと微笑むだけで、そのまま指をぱちんと響かせた。

 途端に、僕たちの足元に幾何学的な紋様が広がっていく。


 ――魔方陣。


 漫画やアニメなんかで見かける五芒星や六芒星のそれが、眩いばかりの緑光を放っていた。


 そのまま、此処に来るときと同様に僕の意識は暗転。

 結局、最後まで僕の声が女神様へと届くことはなく――。

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