一話 テーブルトーク物語 女神転生

「ん……ここは……?」


 僕が目を開くと、そこにはただただ真っ白な空間が広がっていた。

 どれだけ遠くを見渡しても、水平線が続くだけで全く変化はない。


 遠近感が狂ってしまいそうな光景は、何処か厳かな雰囲気すら漂っていて、到底現実のものとは思えなかった。

 そもそも、僕はほんの数分前まで友人たちとTRPGを楽しんでいたはずで……。


「……白昼夢でも見てるのかな」


 僕は、そう考えて自身の頬へと手を伸ばす。

 むんずと掴み、力を入れようとした瞬間。


「止めた方がいいぞ。……痛いだけだったからな」


 ――静止したのは、聞きなれた声だった。


 振り向けば、そこにいたのは真一だ。

 すぐ近くには、真紀ちゃんと健斗くんも。


 見知った顔に、僕はほっと胸をなで下ろす。


「じゃあ、夢じゃないってこと?」

「ええ。恐らくは。……といっても、信じられない光景ですが」


 僕の呟きに、健斗くんが答えた。


「ここ、何処なんだろうね?」


 だけど、次の問いには誰もが無言のまま。

 どうやら、三人は僕より先に目覚めていたみたいだけど、これといった情報は持ち合わせていないようだった。


「飛鳥が起きたのなら移動してみるか? ひたすら真っ直ぐ進んでいけば、いつかは突き当りに着くだろ」

「いえ、それは危険すぎると思います。このような目印のない空間――例えば砂漠では、まっすぐ進んでいるつもりでも方角がずれていくと聞きますから」


 真一の発案に、真っ向から反対する健斗くん。


「だが、ここに留まってる意味もないだろ。それなら手当たり次第でも動いた方がマシなはずだ」


 一方、真一も引くつもりはないようで反論を返す。


 正直、僕としては健斗くんに賛成だった。

 何せ、この得体のしれない空間のことだ。

 遭難してもおかしくはないし、危険な生き物がいる可能性もある。


 でも、その旨について僕が話すより早く。


「――お待たせしてしまって申し訳ありませんね」


 割り込んできたのは、おっとりとした女性の声だった。





 見知らぬ声に、僕たちはいっせいに振り向いた。


 この状況で、唯一の手がかりといっていい存在だ。

 普通なら質問攻めにしてもおかしくはないのだけど……。


 僕たちは呆気にとられたまま黙り込んでしまう。


「こんにちは」

「……こ、こんにちは?」


 それもそのはず。

 そこにいたのは、人間離れした美貌の持ち主だったのだから。


 後光が差しているとでもいうのだろうか。

 揺らめくプラチナブロンドは、周囲の光を吸い込む様に煌めいて。

 透き通るような肌に、調和した金色の瞳。


 白いヴェールに包まれたその姿は、すらりとしていながらも柔らかな曲線を描きだしていた。


 ――まるで、女神様みたいだ。


 僕は、お世辞ではなく、本心からそう思った。


「最初に自己紹介をしておきましょうか。私はこの世界――人間界の管理者です。女神みたいなものと考えてください」

「……あ、本当に女神様なんだ」

「ええ。管理者でも女神でも、ご自由にお呼びください」


 思わずつぶやきを漏らす僕を見て、くすくすと笑う女神様。

 意外なほどあどけない表情に、正直困惑してしまう。 


 彼女の雰囲気故だろうか。

 場の空気が少しだけ和らいだ気がした。


「さて。本題に入りましょうか。あまり無駄にしている時間もないですから。飛鳥さん、真一さん、真紀さん、健斗さん。落ち着いて聞いてくださいね?」


 だけど、それも次の瞬間まで。


「――今のあなた方は、肉体を有していない、魂だけの存在です。つまり、四人とも、ほんの数分ほど前に命を落としたんです」


 和やかだった空気は一瞬にして凍りつき、僕たちは当惑の渦へと突き落された。





「……何を言っているんですか?」

「なら、今ここにいる俺たちはなんだっていうんだ?」


 女神様の語った内容はあまりに突拍子がなさ過ぎた。

 僕を含め男子三人は、狼狽を隠そうともせずに疑問をぶつけていく。


 当然だ。

 だって、それが真実だとしたらここは死後の世界になってしまう。

 

 証拠もなしに受け入れられるはずがない情報だった。


 でも、僕たちの中で一人だけ――、先ほどから黙り込んでいる彼女だけは、反応が異なった。


「その人の言ってること、多分本当だよ……」

「え……?」


 全員の視線が真紀ちゃんへと集中する。


「あなたは、覚えているのですね?」

「…………」


 女神様の問いかけに、無言のままこくりと頷く真紀ちゃん。

 真一の陰に隠れていたから気づかなかったけど、彼女の顔色は今にも倒れそうなほど蒼白だった。

 普段の活発さからかけ離れたその姿は、女神様の話の信憑性を高めるには十分で――。


「覚えてない……? 地面が揺れたと思ったら、途端に家が砕けてきて……逃げる間もなく、あたしたちは潰されちゃったんだよ……?」


 内容も相まって、僕たちの動揺は更に大きくなった。


「そちらの方の仰る通りです。あなた方の死因は、落盤事故――及び、それに伴う建築物の崩壊です。……もっとも、記憶に残らないほど苦しみがなかったのだとしたら、それに越したことはないのかもしれませんが」


 返事は、ない。

 誰もが口を噤み、女神様の次の言葉を待った。


「ですが、安心してください。四人とも連れてこれたのは、ある意味幸運でした。あなた方には特別に、別の世界にて蘇る権利を差し上げます。私の管理外であるため、必ず幸せになれるというわけではありませんが……。死んでしまえばそれで終わりなのです。十分に救済であるといえるでしょう」





「本当なのか……?」

「確かに、それはありがたいのかもしれませんが……」


 逡巡の後、口を開く真一と健斗くん。


 どうやら、二人は訝しみつつも、今はそれに縋るしかないと考えているようだった。

 この空間において、頼りになるのは目の前の女神様だけ。

 それに加え、彼女の語る内容が全て真実なのだとしたら、決して悪い話ではないのだから。

 

 恐らくは、真紀ちゃんの証言も相まってのことなのだろう。


「でも、別の世界なら、お父さんとお母さんにはもう会えないのかな……?」

 

 だけど、彼女の呟きを受け、二人は苦々しい顔。


 それもそのはず。

 あまりに突然の別れだ。

 心の準備なんて出来ているはずがない。


 裏付けるように、三人の表情は明らかに未練を残したもので――。


 それを見た僕の心には、ある決意が生まれていた。


「先ほども言いましたが、時間がありません。……すぐにでも転移の準備を始めますよ?」


 急かすように差しのべられた女神様の手。

 三人はそれを受け入れようと近づいていく。


 ……僕はその間に割って入ると、払いのけ


「――いえ、その世界で生き返るのは僕だけで十分です」


 きっぱりとそう宣言した。

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