一話 テーブルトーク物語 女神転生
「ん……ここは……?」
僕が目を開くと、そこにはただただ真っ白な空間が広がっていた。
どれだけ遠くを見渡しても、水平線が続くだけで全く変化はない。
遠近感が狂ってしまいそうな光景は、何処か厳かな雰囲気すら漂っていて、到底現実のものとは思えなかった。
そもそも、僕はほんの数分前まで友人たちとTRPGを楽しんでいたはずで……。
「……白昼夢でも見てるのかな」
僕は、そう考えて自身の頬へと手を伸ばす。
むんずと掴み、力を入れようとした瞬間。
「止めた方がいいぞ。……痛いだけだったからな」
――静止したのは、聞きなれた声だった。
振り向けば、そこにいたのは真一だ。
すぐ近くには、真紀ちゃんと健斗くんも。
見知った顔に、僕はほっと胸をなで下ろす。
「じゃあ、夢じゃないってこと?」
「ええ。恐らくは。……といっても、信じられない光景ですが」
僕の呟きに、健斗くんが答えた。
「ここ、何処なんだろうね?」
だけど、次の問いには誰もが無言のまま。
どうやら、三人は僕より先に目覚めていたみたいだけど、これといった情報は持ち合わせていないようだった。
「飛鳥が起きたのなら移動してみるか? ひたすら真っ直ぐ進んでいけば、いつかは突き当りに着くだろ」
「いえ、それは危険すぎると思います。このような目印のない空間――例えば砂漠では、まっすぐ進んでいるつもりでも方角がずれていくと聞きますから」
真一の発案に、真っ向から反対する健斗くん。
「だが、ここに留まってる意味もないだろ。それなら手当たり次第でも動いた方がマシなはずだ」
一方、真一も引くつもりはないようで反論を返す。
正直、僕としては健斗くんに賛成だった。
何せ、この得体のしれない空間のことだ。
遭難してもおかしくはないし、危険な生き物がいる可能性もある。
でも、その旨について僕が話すより早く。
「――お待たせしてしまって申し訳ありませんね」
割り込んできたのは、おっとりとした女性の声だった。
◆
見知らぬ声に、僕たちはいっせいに振り向いた。
この状況で、唯一の手がかりといっていい存在だ。
普通なら質問攻めにしてもおかしくはないのだけど……。
僕たちは呆気にとられたまま黙り込んでしまう。
「こんにちは」
「……こ、こんにちは?」
それもそのはず。
そこにいたのは、人間離れした美貌の持ち主だったのだから。
後光が差しているとでもいうのだろうか。
揺らめくプラチナブロンドは、周囲の光を吸い込む様に煌めいて。
透き通るような肌に、調和した金色の瞳。
白いヴェールに包まれたその姿は、すらりとしていながらも柔らかな曲線を描きだしていた。
――まるで、女神様みたいだ。
僕は、お世辞ではなく、本心からそう思った。
「最初に自己紹介をしておきましょうか。私はこの世界――人間界の管理者です。女神みたいなものと考えてください」
「……あ、本当に女神様なんだ」
「ええ。管理者でも女神でも、ご自由にお呼びください」
思わずつぶやきを漏らす僕を見て、くすくすと笑う女神様。
意外なほどあどけない表情に、正直困惑してしまう。
彼女の雰囲気故だろうか。
場の空気が少しだけ和らいだ気がした。
「さて。本題に入りましょうか。あまり無駄にしている時間もないですから。飛鳥さん、真一さん、真紀さん、健斗さん。落ち着いて聞いてくださいね?」
だけど、それも次の瞬間まで。
「――今のあなた方は、肉体を有していない、魂だけの存在です。つまり、四人とも、ほんの数分ほど前に命を落としたんです」
和やかだった空気は一瞬にして凍りつき、僕たちは当惑の渦へと突き落された。
◆
「……何を言っているんですか?」
「なら、今ここにいる俺たちはなんだっていうんだ?」
女神様の語った内容はあまりに突拍子がなさ過ぎた。
僕を含め男子三人は、狼狽を隠そうともせずに疑問をぶつけていく。
当然だ。
だって、それが真実だとしたらここは死後の世界になってしまう。
証拠もなしに受け入れられるはずがない情報だった。
でも、僕たちの中で一人だけ――、先ほどから黙り込んでいる彼女だけは、反応が異なった。
「その人の言ってること、多分本当だよ……」
「え……?」
全員の視線が真紀ちゃんへと集中する。
「あなたは、覚えているのですね?」
「…………」
女神様の問いかけに、無言のままこくりと頷く真紀ちゃん。
真一の陰に隠れていたから気づかなかったけど、彼女の顔色は今にも倒れそうなほど蒼白だった。
普段の活発さからかけ離れたその姿は、女神様の話の信憑性を高めるには十分で――。
「覚えてない……? 地面が揺れたと思ったら、途端に家が砕けてきて……逃げる間もなく、あたしたちは潰されちゃったんだよ……?」
内容も相まって、僕たちの動揺は更に大きくなった。
「そちらの方の仰る通りです。あなた方の死因は、落盤事故――及び、それに伴う建築物の崩壊です。……もっとも、記憶に残らないほど苦しみがなかったのだとしたら、それに越したことはないのかもしれませんが」
返事は、ない。
誰もが口を噤み、女神様の次の言葉を待った。
「ですが、安心してください。四人とも連れてこれたのは、ある意味幸運でした。あなた方には特別に、別の世界にて蘇る権利を差し上げます。私の管理外であるため、必ず幸せになれるというわけではありませんが……。死んでしまえばそれで終わりなのです。十分に救済であるといえるでしょう」
◆
「本当なのか……?」
「確かに、それはありがたいのかもしれませんが……」
逡巡の後、口を開く真一と健斗くん。
どうやら、二人は訝しみつつも、今はそれに縋るしかないと考えているようだった。
この空間において、頼りになるのは目の前の女神様だけ。
それに加え、彼女の語る内容が全て真実なのだとしたら、決して悪い話ではないのだから。
恐らくは、真紀ちゃんの証言も相まってのことなのだろう。
「でも、別の世界なら、お父さんとお母さんにはもう会えないのかな……?」
だけど、彼女の呟きを受け、二人は苦々しい顔。
それもそのはず。
あまりに突然の別れだ。
心の準備なんて出来ているはずがない。
裏付けるように、三人の表情は明らかに未練を残したもので――。
それを見た僕の心には、ある決意が生まれていた。
「先ほども言いましたが、時間がありません。……すぐにでも転移の準備を始めますよ?」
急かすように差しのべられた女神様の手。
三人はそれを受け入れようと近づいていく。
……僕はその間に割って入ると、払いのけ
「――いえ、その世界で生き返るのは僕だけで十分です」
きっぱりとそう宣言した。
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