ちょっと女神様! このNPC、ラスボスなんですけど!
ぽち
プロローグ ブレードワールド
ある土曜日の昼下がり。
その日、僕――如月(きさらぎ) 飛鳥(あすか)は幼馴染三人と自宅で遊ぶ約束をしていたのだけど――
「……あれ? 真一(しんいち)だけ?」
玄関に向かってみれば、そこにいたのはたったの一人だけだった。
彼の名は樋山(ひやま) 真一(しんいち)。
身長170cmと僕よりも幾分背が高めの少年で、僕とは幼稚園からの付き合いになる。
「“だけ”ってのが引っかかるんだが……」
「あ、ごめんごめん。そういう意味じゃなくて、真紀(まき)ちゃんは一緒じゃなかったのかなって思って」
むっとした顔で睨み付ける真一に、弁解する僕。
そんな僕を見て彼はすぐに表情を崩し、
「わかってる、冗談だ。……真紀と健斗(けんと)はちょっと買い物に出かけてて遅れるらしい。事故で電車が止まったんだとか」
と付け加えた。
ちなみに、真紀ちゃんというのは真一の妹の名前。
彼とは双子であり、彼女も僕とは仲良くしてくれている。
「あ、そうなんだ。なら、二人の邪魔をしないためにも、別の日にした方がよかったかな?」
「いや、そういうのじゃないんだ。……だから前日に買っておけって言ったんだが」
「……?」
よくわからないことをぼやく真一に、思わず疑問符が浮かぶ。
だけど、彼はそれきり黙り込んでしまう。
どうやら、雰囲気からして何も答えてはくれなさそうだ。
長年の付き合いもあって僕はそう察すると、あえて触れはせずにリビングへと案内した。
◆
それから更に五分ほどが経過して、僕たちはリビングのテーブルで対面しながらノートを開いていた。
一応断っておくと、僕も真一も、友人を待つ間勉強をしようなんて殊勝な考えでいるわけじゃない。
これは、今から始める遊びの前準備なのだ。
サイコロを転がす音が時折聞こえてくるのがその何よりの証拠。
僕たちが本当に勉学に励むつもりなら、こんな小道具はテーブルに必要ないのだから。
「……準備できた?」
簡易的な衝立を取り出し、手元にあるノートを見えなくしてから声をかける。
「いや、もう少しだけ待ってくれ」
「了解、終わったら言ってね」
だけど、真一の返事はノートに視線を落としたまま。
途端に手持無沙汰になってしまう僕。
残り二人の訪問に備え、追加のお茶菓子でも用意しようかと考えていると、真一が声をかけてきた。
「あ、そうだ。お袋が今晩、久々に飯を食いに来ないかって言ってたぞ」
それは嬉しい申し出だった。
僕はある事情で一人暮らしをしているのだけど、それまでは何かと真一のお母さんにお世話になっていた。
いわば、第二の母親の味といえるもので、なんだか感慨深いものを覚えてしまう。
「本当? なら、お邪魔しようかな」
「了解。後で連絡しておく」
会話している間に真一は計算を終えたらしい。
「……っと、悪い、待たせたな。こっちもOKだ」
面を上げ、ペンを置きながら告げる。
「じゃあ、真一――シグルドの成長報告をお願い」
「シグルドは前回のクエストで聖騎士パラディンのレベルが9に上がった。ついにカンストが夢じゃなくなってきたな」
「へえ、ならガンガン強い敵出しても平気かな?」
「勘弁してくれよ……飛鳥が言うと洒落にならん」
――さて。
今から僕たちが始めようとしているのは、テーブル・トーク・ロールプレイングゲーム――略して、TRPGというゲームだ。
簡単に説明するなら、参加者がプレイヤーとゲームマスターの二手に分かれて行う即興の演劇のようなもの。
プレイヤーは、自分の分身たるキャラクターを作り、冒険者となってクエストに。
一方、ゲームマスターはNPCやモンスターを操り、プレイヤーを導きつつ試練を課していく。
テレビゲームと違うのは、ルールに沿ってさえいればシナリオが自由に作れるところか。
それどころか、ゲームが成り立てば――そして、周りに許可さえしてもられば――ある程度ルールを捻じ曲げても許されてしまうのだ。
テーブルでの演技ロールとサイコロでの判定が全てを支配するゲーム。
それがざっくばらんな、TRPGの説明になる。
ちなみに、タイトルは『ブレード・ファンタジー』。
剣と魔法の異世界『ルフェリア』で冒険者がクエストに挑むという、言ってしまえばありがちな世界観なんだけど、そのおかげか日本人受けはよく、一時期はTRPGといえばこれといった扱いを受けていたらしい。
もっとも、今では新シリーズが出版されていて、そちらに大半が移ってしまったみたいだけど……。
おかげで安くルールブックが手に入ったんだから、あながち悪いことばかりではないと思う。
「うーん、二人を待ってる間、どうしようか?」
メンバー間の内訳は、僕がゲームマスターで残りがプレイヤーサイド。
だから、その気になればこの二人でもゲームは始められる。
でも、全員そろってから始めた方がシナリオがわかりやすいはずだ。
そう思って言い出したんだけど、それは杞憂だったらしい。
「それなら心配ない。さっき連絡が来たんだが、もうすぐ到着するから、先に始めてくれて構わないってよ」
「あ、そうなんだ。じゃあ、そういう風に調整してセッション始めよっか。……連続シナリオの導入だからそれほど難易度は高くないけど、気は抜かないようにね?」
……こうして、僕は何度目かわからない『ブレード・ファンタジー』の開始を告げた。
◆
「さて、シグルドがいつもの様に酒場で管を撒いていると、一人の少女が現れるね。燃えるような赤毛が特徴の、身長150センチぐらいの少女だ。純白の衣に身を包んでいて、恐らくは神職だということが一目で窺える。彼女は店内に入ると開口一番こう言った――『あの、この酒場に『ヴェルダー』なる冒険者の方々がいらっしゃるとお聞きしたのですが』」
僕は、朗々と自作したテキストを読み上げる。
最後の台詞分だけは、少女ということもあり、ちょっと高めを意識して。
……少しだけ恥ずかしいけど、まあ、そのぐらいは我慢だ。
「管を撒いてるは余計だが……名指しの依頼か? まあ、確かに世界観的にはかなり名の売れた部類だとは思うが」
ちなみに『ヴェルダー』とは真一たちのパーティ名のこと。
三人の少年、少女で構成されていて、何十回もクエストに挑んだ結果、何時の間にやらカンスト寸前までいってしまった。
「うん。君たち以外眼中にない感じだね」
「ふぅん……。うちのパーティの神官(プリースト)は問題児だが、その繋がりか?」
「いや、少女――イナンナが仕えているのは、知名度の低い小神(マイナーゴッド)で、健斗くんのキャラと全く信仰対象が違う。彼女は自分がその宗教の巫女だと語るよ」
「了解。飛鳥、次にどういう依頼なのか教えてくれ」
「勿論」
プレイヤーとしては当然の疑問だと思う。
なので、回答も予め用意してあった。
僕は、掻い摘みながらも、
イナンナのいた神殿にはある神器が秘匿されていたこと。
だけど、数日前、それを使った儀式の最中に盗賊に襲撃されたこと。
という二点を強調して説明する。
「『神器は本来ならば門外不出の品のはず。どうして、彼らがその存在を知っていたのかはわかりません。ですが、何とかして取り返して頂きたいのです』」
「どういうアイテムなんだ? そのあたり、知らないと足取りも掴みづらいだろ」
「『……あなた方を信頼してお話しすると、ある条件において神の顕現を行うためのものです』」
「……は?」
ぽかんと大口を開ける真一に、思わず笑いがこみあげてきて、僕は必死で堪えた。
「『賊が邪神を崇める異教徒と通じているという噂もあり……。あなた方のような高名な冒険者に頼るほかないと考えたのです』」
「ちょ、ちょっと待て。邪神ってレベル10より上のチートモンスターだろ? 例えば『邪神アスタロト』とか……。そんなものを出されたらパーティ全員でも確実に押し負けるぞ」
彼の狼狽も当たり前。
何故なら、『ブレード・ファンタジー』では、プレイヤーと通常モンスターのレベルは10までだからだ。
だというのに、神クラスのモンスターは限界突破していて、特に最上位にはどう足掻いても刃が立たない。
例えば、さっきの話に出てきた『アスタロト』は最高位でレベル20とカンストしたプレイヤーの二倍で、スキルや習得魔法は反則級の物ばかり。
もし戦う展開になれば、一ターン持てばいい方だろう。
確実に、全滅する。
「『いえ、安心してください。私たちの調べによれば、彼らの崇めているのはバイモンと呼ばれる邪神です』」
「どっちにしろ、レベル15の邪神だろーが!」
熾烈なツッコミが飛ぶけれど、僕はあっさりスルー。
あくまでにこやかにシナリオを説明していく。
「要するに、復活を阻止する系のクエストだね」
「おい、鬼畜ゲームマスター。これ、阻止できなかったら容赦なく戦わせるつもりだろ……」
「うん、だから絶対に阻止すればいいんだよ」
……勘違いされがちだけど、ゲームマスターの役割はプレイヤーを倒すことじゃない。
あくまで、ゲームの一員となって物語を進めていくのが仕事。
だから、往々にしてゲームマスターは貧乏くじ扱いされやすいんだけど、僕自身はこの役職が嫌いじゃなかった。
むしろ、お気に入りといっていい。
ギリギリを見計らっての難易度調整。
プレイヤーとのひりつくような裏のかきあい。
あっと驚くどんでん返し。
緻密にプロットを組んでプレイヤーを罠に嵌めるのも、そのプロットを思いもよらない方法で破壊されるのも――。
どちらも、ゲームマスターの醍醐味なのだ。
ついでに言っておくと、厳しめの判定(マスタリング)を行っているのはわざと。
意識していないとつい甘めにしてしまうからこそ、僕が気を付けている部分だった。
「……僕だってそこまで鬼じゃない。救済策は幾つか用意してあって、そのうちの一つに、イナンナは依頼の間『ヴェルダー』の一員となって協力することを約束してくれるよ」
「ん? NPCの仲間化か。飛鳥にしては珍しいな」
「まあね。流石に君たちよりは何段階か弱く設定してあるけど。ほら、これがステータスだよ」
僕は、先ほど作っていたキャラクターシートを提示した。
それには筋力や知性、敏捷性といった冒険者に必要なステータスが書かれている。
イナンナ。
魔道騎士(ルーンナイト)レベル7。
結構時間をかけた一枚なのだけど
「……魔導騎士(ルーンナイト)って不遇上級職じゃなかったか?」
「まあ……そうでもないと目にする機会なさそうだし」
「それに、ステータスもあんまり高くないな」
返ってきたのは嘆息だった。
まあ、仕方のないことだと僕は納得する。
だって、自分の目で見ても残念感が漂っているのは否めないのだから。
そもそも、魔導騎士(ルーンナイト)自体が大して強くない。
剣術系のスキルは本職に比べ数段劣るし、魔法も低ランクのものしか使用できない。
一応特殊スキルもあるんだけど、それはそれで異常に燃費が悪いという有様だ。
その癖、クラスチェンジするためには下級職である剣士と魔道士の両方のレベルを上げなければならないという二重苦を背負っている。
一言で表すならば「器用貧乏の一発屋」。
最初にルールブックを回し読みしたときも、全員から外れ認定されていた記憶がある。
「っていうか、神職のくせに僧侶(プリースト)じゃないのか」
「そのあたりはバランス調整だよ。二人いても困るでしょ」
「うちの僧侶(プリースト)はサイコロ運悪いから二人いても困らないんだが……。まあ、別にいいけどな」
口ぶりに反して、露骨にがっかりした様子の真一に、思わず僕は苦笑い。
そんなやり取りをしていると、室内にチャイムの音が鳴り響いた。
「あ、二人が来たみたいだね」
「なら、俺が出る。飛鳥は待っててくれ」
「……? じゃあ、お願い」
なんで、僕の家なのに?
そんな疑問を挟む余地もなく、真一は玄関へと行ってしまった。
それから少しして、リビングに見慣れた二人がやって来る。
一人は天真爛漫な雰囲気の長髪の女の子。
もう一人は、理知的な印象の眼鏡の男の子で、どちらも僕にとっては見知った顔だった。
「お兄ちゃん、飛鳥、お待たせ~」
「待たせてしまってすみません。もう少し早めに出ようって警告はしたんですけど、どうにも真紀の腰が重くて……。一応、すぐにでも参加できるよう、電車の中でレベルアップの計算は済ませてきたんですが」
「ううん、今始めたところだよ。お疲れ、真紀ちゃん、健斗くん」
一体、そこまでして何を買って来たんだろう。
僕は少しだけ疑問を抱きつつも、二人に席に就くよう促した。
「じゃあ、全員そろったことだし……」
そうして、僕たちをゲームを再開しようとした瞬間。
――地面が、揺れた。
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