第72話  be conducted ぬくもり伝わる

 夜も更けた。

 僕らは、どちらともなく手を繋いで丘を降りた。

 奈美の足音は相変わらず。

 コツン…コツツン…コツ…コツン…と安定しない。

「相変わらずだね…奈美」

「ん?何が?」

「その…歩き方というか、足音が…」

「ちゃんと歩いてるよ!」

「うん…リズムがね…なんで安定しないのかなって…昔から不思議だったんだ」

「ん…変かな?」

「うん、変だよ…」


(繋いだ手は暖かく、僕の心を満たしていく)

(ユキの白い手から、失った思い出が伝わる様な気がする)

 2人が繋いだ手は、互いの心を埋めるように…求めるように、自然と硬く握られていく。


 丘を降り切って、公園の街灯の下ベンチに座る。

 ユキが自動販売機で買った、ホットレモンを奈美に差し出す。

「ありがと…好きなのコレ…あっ知ってるのか」

「うん…僕は、奈美が知らない奈美を知ってる…」

「少しだけ話して…入院してた頃の話を」

「聞きたいのなら…」

 奈美は黙って頷いた。


 ユキは、奈美の病気の経緯や衰弱していく奈美のこと、窓から視える景色が好きだったこと、その景色を視るために病室の移動を拒んだことなど、半年間のことを話した。

「私とユキは…その…恋人だったんだよね…」

 奈美がホットレモンをギュッと両手で握って、恥ずかしそうにユキに尋ねる。

「…うん…愛してた…今も愛してる…」

「覚えてないんだ…私、でも…きっとユキのこと愛してたんだよ…そう思う…」

 奈美がユキを見ると、ユキは月を見ていた。

 奈美の視線に気づいて2人の視線がフッと重なる…そして2人の唇が重なった。


「もう一度…僕を愛してくれないか…」

「いいの?…昔の記憶戻らないかも知れないんだよ…ユキが知ってる私じゃないかも知れないんだよ…」

「あぁ…だから…もう一度なんだ、僕を愛してほしい…奈美を愛させてほしい」


 2人は、ホットレモンが冷たくなるまで、抱き合い…キスを繰り返した。


 ……………

 奈美の部屋から見る、朝の丘は芝生が朝露に濡れて、朝日を反射して冷たく輝いている。

 目を覚ました奈美が、窓を眺めるユキの背中にキスをする。

「おはよう…ユキ」

「ん…おはよう」


 昨夜、月の下で誓った契は…今朝、太陽に祝福してくれている…ユキはそんなことを考えていた。

 産まれて初めて…自分の存在を陽の下に晒したような気持ちだ。

 恥ずかしくて…奈美のほうを見れない。

 手を握り…目を閉じてキスをした。


「2人で暮らさないか…僕が奪った半年間は戻せないけど…これからは奈美の隣で一緒に思い出をつくりたいんだ…」

「…私が忘れたユキより…今のユキを愛したい…ずっと…一緒にいて…もう私の前から消えないで…忘れたくないの…たとえ1秒でも…」


 止まってた刻は動き出す…凍った秒針を溶かしたものは…。

 失っても変わらぬ想い。

 消しても…なお残る想い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る