第70話 meet again 再会の夜

 奈美は丘へ向かった。

 病室の窓からも見ていた丘。

 コロッケを食べに来た丘。


 商店街でコロッケを買った…2個。

『ユキ』のぶんも…。

 冷めないように…コートの内側へ仕舞い込むように抱きかかえる。


「奈美ちゃん…コロッケ2個かい?」

「ふぅん」

「彼氏でも出来た?」

「ふふふ…内緒…」


 そんな肉屋の太った主人も…奈美の描いた絵に花となって描かれていた…大事な知り合いなのだ。

 この街で過ごして1年が経とうとしている。

 限られた場所で、いくつもの出会いから…ほんの少しだけ知り合いと呼べる人が出来た。

 それは、とても大切な繋がり。

 当たり前に起こる奇跡。

 奈美はそんなふうに考えている。

 良い出会いばかりではない…でも、きっと必要な出会い。


 それを忘れてしまった…。


 ユキは丘の上で奈美を待っていた。

 実は、1時間以上も前から、ここに居た。

 頭の中で色々な思いが駆け巡る。

 その大半は悪いイメージだ。


 ユキは商店街でコロッケを買った2個。

「アンタよく来るね」

「えっ?」

「いや…いつも1個だけじゃないか、ハムカツもメンチもさ…それが2個だったからね」

「あっ…いや、食べさせてあげたい人がいるんです…僕の好きなもの知ってもらいたくて」

「へぇ~ウチのコロッケでいいのかい…あれか、告白ってヤツか?クリスマス前だもんな~。でもコロッケで告白ってのは色気がないねぇ~」

「告白…そうかもしれないですね…うん…思いを話すって意味では告白ですかね」

「なんだ…深刻な顔だな…まぁ、なんにせよ、いくといいな、食い物だけにさ」


 少し寒くなってきた…。

 クリスマスまでは、まだ早いと思うが、まぁ、あの主人の言うとおりだ…。

 コロッケを差し出して、愛を語るヤツはいないだろう。

 いいんだ…僕が告白するのは、艶っぽい愛じゃない。

 歪んだ想いなんだから。


 冷めたコロッケを持って、ユキは思った。

「だから…僕はバカなんだ…1時間も前に買って、冷めた揚げ物を差し出す…」

 自分のこういうところが嫌いなんだ。


 辺りは暗くなっていた…風が冷たい。

 夏は終わり…めぐる季節の歯車は、秋を指している。

 ヒューッと吹く風が足元の落ち葉を向こうへ運び、あちらの落ち葉を足元へ連れてくる。

 僕なら戻せるのだろうか…あちら側へ…。


 幾度か、そんな秋風が足元の小さな景色を変化させた。

 そして、コツン…コツツン…コッツ…とリズムの悪いブーツの足音を運んでくる。


 ユキは下を向いたまま笑った…。

「相変わらず…リズムの悪い歩き方だね…奈美」


 再会は丘の上…。

 ユキの視線は、少し先から登ってくる奈美を見ている。


 今…ライトアップされ、紅葉美しい丘の上で視線が重なる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る