第69話 lead to bygone days

「奈美ちゃん…良く聞いて」


 舞華さんは、仕事の手を止めて奈美を呼んだ。

 そして…奈美を隣に座らせて、話し出した。

 私の叔母もね…記憶を無くしたの…そして結果、家族も失った。

 今は、実家で新しい生活を送っているの。

 それは…とても歪で幸せとは言い難い生活よ。

 叔母は、自分の子供の成長を見ることが出来なかった…。

 幼かった息子が、いきなり成長して目の前に現れた…そして、産んだ覚えのない女の子が自分を母親だと呼んだそうよ。

 叔母は入院していたの…長くね。

 容体が悪化して、持ち直した…けど、安心できる状態ではない…そんな状態だったのに、叔母は一晩で健康な身体に戻った。

 それだけではないの…叔母は、私より一回りも上なのよ…でも、その容姿は私と変わらない。

 一夜で…若返ったの、そう…時間を遡ったようにね。

 叔母は…離婚したは…でも、子供達とは会っている。

 産んだ覚えもない…育てた記憶もない…でも、解るのよ。

 自分の子供だってね。

 記憶は無い…それは、歪な光景かもしれない…けどね、法的に他人になっても想いは途切れないのよ。

 苦しんだわ…叔母も、その家族も…でもね…生きてるのよ…病気を治して…代償が…記憶であったのだとしても…歪な形に変わってもね、あの家族は、元に戻すことを諦めたけど…前を向いたの…それは、すべてを受け入れたから…斬っても…切っても…また結び直すの

 その糸はね…凸凹で真っ直ぐにならなくて…それでも伐れないのよ…決してね。


 舞華さんの目から頬に涙が伝う。


 記憶障害だって聞いて、他人ごとに思えなかった…。

 そして、琴音さんの話を聞いて…少し怖くなった…。


 琴音さんが引っ越すって聞いて…私は、ホッとしたの。

 ホントはね…。

 でも、琴音さんも、過去を振り返ることを止めて、自分の路を前へ歩くことにしたって、あの夜聞いてね、嬉しかった。

 この人も、時間は掛かったんだろうけど…でも受け入れたんだって思った。


 そして…奈美ちゃんもいつかって思ってたの…。

 でも奈美ちゃんは違う。

『ユキ』と逢おうとしている。


 あのね…甥から聞いたのよ…不思議な同級生が居たって。

 その子に治してもらったんだって…昔、聞いたんだけど…子供らしい妄想だって思ってたからね…それに、聞いたときは…叔母が退院するってことで皆、喜んでたからね。

 奈美ちゃんから、『ユキ』のこと聞いてるうちに思い出したの…。


 もし…同じ人ならば…そう思うと、少し怖い。


 舞華さんは、そう言うと、紅茶を淹れてくれた。

 奈美は、紅茶を、ひとくちすすり

「同じひと…そうかもしれない…悲しい人だと思うから」

「ん…悲しい人?」

「そう…この人は…『ユキ』は悲しい人…だから逢うの、私のために…ううん…たぶん自分の過去の全てを悔いているような気がするから…」

「怖くないの?」

 舞華さんが心配そうに奈美を見る。


「うん…ありがとうって言うの」

 奈美はニコリと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る