第68話 前夜の想い

 もう逃げない。


『毎日を丘で待つことはありません。日曜日の19時に丘で逢いましょう。

 私は…丘を知っています。覚えているのではありません。知っています。』


 奈美に逢って…謝ろうと思う。

 何もしてやれないのに…苦しんだだろうに。

 不安だったと思う。

 事実、奈美は入院前より…どこか不安定に感じた。

 なにかに寄り添ってないと立っていられない、そんな風に見えた。

 でも…僕はその何かになってやれない。


 それが酷く悔しい…。


 側に居るよ。

 そう一言伝えたいだけ…それは、今じゃない。

 ストーカーというヤツの気持ちが少し解る。

 行動に至る動機は様々だろうが、最初の1歩は不純なものじゃなかったのではないだろうか…。

 一方的だとは思うが…。


 ゾンビって、なんのために歩いているんだろう。

 腹がすくからだろうか…。

 誰かに逢いたいからかもしれない。


 死して、なお残る想いって…そんな想いを信じてみたい気持ちになる。

 生者を襲うのは…悲しいから…悔しいから…。

 彷徨うとは…ああいうことなんだろう。

 奈美に会うまでの僕は、ソレに近い。

 目的も無く…ただ歩く…前は視えてない…ただ歩く…触れるものを傷つける…そしてまた歩く。


 奈美からのメールを何度も読み返した。


 色々と考えた。

 奈美の記憶は戻ってない。

 それでも、僕に逢うと決めた…その理由をだ。


 あの丘を覚えているわけじゃない…とは、僕のことは知らないということだ。

 知っている…とは、やはり刻を戻してからも、あの丘への思いは残っていたのかもしれない。

 あの丘へ2人で行くと言っていた奈美の思いは、それほど強かったのだと信じたい。

 奈美は生きたいと願っていた…そのうえで死を享受していた。

 僕は…だから戻したのだろうか…。

 いや僕の一方的な感情だけで戻したのではないか。


 なにが正しかったのだろう…。


 奈美の生きたいという想いが、僕のために…だとしたら、僕のしたことは間違いではないのか?

 死を受け入れていたということは…僕に迷惑をかけたくないから。

 いや…僕だけじゃないだろう、両親や医者、看護婦に…そういう娘だ。


 一番いい方法は…奈美を看取って、僕から奈美の記憶を消すこと…。

 それが一番、奈美の願いに近かったのかもしれない。


 僕は、その奈美の想いを捻じ曲げた…自分のためだけに。


「間違っていた…そう言ってほしいのかもしれない」

 そう…僕の存在は…間違っている。


 明日…奈美に逢う。

「ごめん」と言おう。


 僕は、取り返しのつかない過ちを犯したのかもしれない。

 それでも…伝えよう。


「アナタを愛している…愛してしまって、そして愛されたいと願ったことを悔いている」

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