第67話 move on

『私の中に、アナタは残っています。それは形にならないけど…確かにその欠片に指先は触れるのです。アナタを知らない私でも、それでもアナタは私に逢ってくれますか?』


『あの丘を覚えてますか?あるいは覚えてないかも知れませんね。僕は毎日…19時から1時間だけ…丘の上で待ちます…アナタに逢えるまで…そして逢えたなら、全て話します』


「すべて話す…」

 それはつまり、すべて知っているということだ。

 奈美は少し『ユキ』という人間が解った気がした。


 全てを知りながら、ただ私を…記憶を無くした私を見ていた。

 それは、どれほど辛かったのだろう…。

 自分のことを忘れてしまった私を、想いつづけるって…。


 いっそ…お互い知らないまま、また、やり直せたら…うまくいくのかな。

『ユキ』は、今の私を…昔の私を比較しないのだろうか…。

 そもそも…変わったのかな、私は。

 自分を知らない恋人と逢う気持ち…私は、もしかしたら初対面かもしれないが、『ユキ』はずっと私を見ていた…想っていてくれた。

 そんな視線を…想いを…私は受け流し続けた。

 気づきもしなかった…。


 逢うべきなんだと思う。


『ユキ』だって、記憶の無い私に逢うということは何か…何かの想い、あるいは覚悟があるのだろう。

 軽い気持ちで逢いたいなどと口にする人ではないと思える。


 苦しいのだ…『ユキ』は…。

 その苦しみから、辛さから逃れようとはしなかった。

 きっと、その術は持っていたはずなのに…。


 聞かなければならない。

 私の事、『ユキ』の事。

 思い出す必要はない…。

 私は、ただ…『ユキ』の言葉に耳を傾ければいい…。


『毎日を丘で待つことはありません。日曜日の19時に丘で逢いましょう。

 私は…丘を知っています。覚えているのではありません。知っています。』

 ・

 ・

 ・

 ………………

「そう…逢うことにしたの?」

 舞華さんは、少し心配そうに奈美を見た。

 舞華さんにしてみれば、どこの誰かもよく解らない男に逢いに行かせたくない。

 そんな思いもあるのだ。

 いや、知り合いなんだな…とは思う。

 しかし…奈美にしても、琴音にしても記憶障害を患っている。

 その双方に『ユキ』という名が出てくる。

 出来すぎ…というか、互いの口から出た『ユキ』…おそらくは同一人物としか思えない。

 神がかり的な力、そんなものを信じてはいないが…奈美の腕時計の話、琴音の容姿、自分の周りで起きていた、にわかに信じがたい話は、その『ユキ』という男に繋がっている気がしてならない…。


「私の叔母も……ね……記憶を失ったままなのよ…奈美ちゃん」

「えっ?」

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