第18話 自惚れ

 稚拙な感情ほど、御し難いものだと思う。


 小学校の男の子なんて感情の反射でしか生きていない。

 少なくとも、あの頃の僕は…そうだった。

 あれから15年経って何か変わったのだろうか?


 あのときだって……。

 あれから、僕は、その子の気を惹きたくて、色んなものを手品のように直して見せた。


 そして…変なことに気づいたのだ。

 たとえば…飲み物や食べ物を直そうとすると、胃から逆流してくるのだ。

 そういえば…あのときの血も床から額へ戻って行った…。


 直すということは、そういうことか程度に理解していた。

 ただ元に戻す…だけ、そんな都合のいいことは無いのだ。


 子供は残酷なものだ…大人なら出来ないことを好奇心だけで乗り越えていく。

 昆虫の足や羽を、むしっては戻し…千切っては戻し…。


 昆虫から小動物へ…金魚からウサギ…猫…犬…僕たちは…毎日、毎日、血を浴びていた。


 それだけではない。


 他人の家のガラスを割って…怒鳴ってくる間に、直して…からかう。

「ガラス?どこのガラスですか~」

 あははははははっはははっはははあははははははあははははははははっははあははは……。


 面白かった…愉快だった…。

 馬鹿だった…。


「出来ないことなんか何もない」

 そんな万能感に酔っていた。


 ある日、クラスの女の子の飼い犬が死んだ。

 老衰だったようだ。

 その犬を直してほしいと頼まれたのだ。

 好きな子からもお願いされて…しょうがないな…と引き受けた。


 犬は庭に埋められていた、木の板に『ラブの墓』と書かれていた。

 僕の取り巻き達が、土を掘り返す。

 子分のように扱っていた。

 心の中では、「スネ夫」「のび太」とか呼んでいた連中だ。


 ムワッと腐臭が広がる…。

 みんな、口を押えたり鼻を手で覆う。

 正直、触るどころか…近づくのも嫌だ。

 飼い主だった子ですらオエッと嗚咽を漏らす。


 しょうがない…僕は犬の死体に手を伸ばす、ヒタッとした手触り…触れると解る。

『死』が伝わってくるようだ。

 怖い…『死』が手を通じて僕の身体に入ってくる。


 嫌だ…嫌だ…早く離したい…。

(直れ…直れ…治れ…治れ…ナオレ…ナオレ…直れ!治れ!ナ!オ!レ!)

 腐敗臭が消えていく…毛並みに艶が戻る。

 犬の身体が綺麗に治っていく……。

 でも…動かない。

 いつまでたっても動かない。

 まだ…足りないのかな?

 僕は、再び犬の死体に手をかざす。

(直れ…直れ…治れ…治れ…ナオレ…ナオレ…直れ!治れ!ナ!オ!レ!)

 犬の身体は徐々に縮み始める……。

(なんだ…コレ…)


 老犬は子犬になって…最終的に消えた……。


(なんだ…コレ…)


 どうなったんだ……犬が消えた……。

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