第17話 take pride
しつこいようだが…絵を描くことは好きだった。
とくに賞を獲ったという実績はまったくないのだが。
描くことは好きだ。
きっと今も好きなはずだ。
美術館で、すっかり触発されて帰ってきたのだ。
軽く、フンフンと鼻を鳴らしながら、ビニール袋に色とりどりの花びらを集めている。
「
「密封できる容器にシリカゲル入れとけばいいだけよ…」
「シリカゲル…ってなに?」
「おせんべとかに入ってる袋のアレ」
「ん?」
「うん…アタシの分けてあげるね…奈美ちゃん」
「ふぅん♪」
空気の抜けた返事をして、容器まで貰ってきた。
店先で容器に花びらを移し、シリカゲルを入れて密封する。
準備は整った。
あとは何を描くか?これが一番難しい。
『山下ナントカ』は、自身の心が動くままに、その土地々々で印象に残った風景や行事を、目に焼き付けて、自宅に戻ってから描いていたらしいのだ。
瞬間記憶という能力を持っていたのでは…という人もいるらしい。
奈美は『山下ナントカ』という人に、そんな難しい解釈はしていない。
きっと、そんな能力なかったんじゃないかな~。
ただ…行きたい場所へ…足が向いた方へ…歩き続けて…帰ってきて印象に残った絵を描いただけなんじゃないかな~と思っている。
「だって…好きになった瞬間だから、そのワンショットが記憶に焼き付いたんでしょ?」
「好きな一瞬だから、自分の好きなように表現したんでしょ♪」
感覚で生きている。
そういう意味で奈美も『山下ナントカ』も、きっと同類なのだろう。
バイトが終わると奈美は散策を始める。
とはいえ…描きたい場所を探しては意味が無い。
あくまで自然に、感じるままに、目に…記憶に…焼き付いたナニカでなければならないのだ。
自然にという部分に奈美はこだわっていた。
いや…こだわるという思いがすでに不自然なのだが…ソコには目をつぶることにした。
散策というか…普段と違う道で帰る程度の散策。
商店街の裏道を通ったりしてみる。
そんなご近所ぶらり旅が続いたある日……。
古い民家が立ち並ぶ通りを見つけた。
人が住んでいるのかな?と思わせるような木造の家が隙間なく立ち並び、雑居ビルがボコッ、ボコッと飛び出てるようなアンバランスでありながら、奇妙な同居を許しているような通り。
そこは、どこか奈美を拒絶するような圧力を放つ。
奈美は立ち入ることは無かった。
どこか、違う世界のような異質さが、60mほどの通りにはあった。
それから…なんどか、その通りを覗いては視るものの、踏み入る勇気はないのである。
店番をしていたある日、店を若い女性が訪ねてきた。
あまり化粧っ気のない、奈美と同じくらいの年齢の女性、23~24歳くらいだと思う。
「すいません…同じ職場の女性に贈るんだけど…適当に5,000円くらいで花束お願いできますか」
「はい…」
最近は手際も良くなって、花束くらいは作れるようになった奈美。
「こんな感じでどうですか?」
「いいわね、ありがとう」
「お祝いですか?いいですね…ウフフフ」
「お祝い?そうね…卒業式ね…確かに羨ましい」
「あっ♪結婚とか?」
「さぁ…お店から、あがれるのよ…」
「ん?」
「あぁ…アタシ、嬢だから…裏の通りの」
「裏の…あぁ古い通りの…嬢?」
「アハハハ…ソープ嬢よ…あなたには関係の無い場所…じゃあね、ありがと」
「あっ…ありがとうございました」
『風俗嬢』…奈美が初めて触れた…異質な存在だった。
それは、普通に隣にいて…でも自分とは交わらない存在。
あの通りと同じ…どことも馴染まない…でも普通にソコに在る。
ソコで生きる住人。
奈美の胸は、少しドキドキしていた。
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