第16話 つぎはぎ

 驚いた。

 振り返ったら奈美がいた。


 息を切らして、走ってきたのだろう。

 腕時計の話をし始めたときは驚いた。

 聞かれたらどうしようかと焦っていた。

「どうやって直したの?」

 うかつだったかもしれない…軽率だったと反省していたのだ。

 僕は、なにも成長していない…小学校の頃から…バカのままだ。


 でも…聞いてこなかった。

 奈美と一緒にいたい…いてはいけない…この思いが僕の頭で、せめぎ合う。

 もしかしたら…このまま、これをキッカケに再び、出会いからやり直せるのかも。

 そんなことを期待してしまう。

 でも、どうやって?

 いや実は…キミを治したの僕なんです。

 言えるはずがない…信じるはずもない…いくら時計を直して見せても、こんな話信じない。

 手品師さんですか?奈美ならそんな風に言うだろう。


 実際、トリックがないだけで見る側したら地味な手品でしかない。


 たこ焼きを食べた。

 懐かしかった…涙ぐんだのは、熱かったからじゃない…タコを残す奈美を変わってないと思い…嬉しく…悲しくなったんだ。


 驚いたよ……。

「いつも悪いねぇ~」

 独特の語尾を少し伸ばす喋り方……。

 僕の奈美が、その一瞬だけ、ソコにいた。


 僕は、あのときのように、奈美の残したタコを食べた。

 抱きしめたい……僕を知らない奈美でも…それでも…奈美を抱きしめたい。


 それ以上、奈美といることは出来ない。

 思わず口にしてしまいそうだよ。


 僕は、その場を離れた…ごめんね奈美…言えないよ。

 言えなかったよ……。


 でも…せめて側で生きていていいかい?


 奈美が幸せに暮らせることを確認したら、遠くに行くから…せめて…この街にいる間だけでも…。


 言わないから…。

 何も言えないから…。


 僕は、翌週の日曜日、美術館へ行った。

『山下清』興味はないが…。

 素直な絵だと思った…。

 こんな気持ちで奈美と向かい合えたら。


 奈美…キミも見たんだろうね、この切り絵、花火の切り絵。

 チグハグの色が幾重に重なり、一枚の絵となる。


 僕たちは…僕たちの思い出は、バラバラになってしまったね。


 お願いだよ…この絵のように、誰か繋いでよ…一枚の絵にしてくれよ…。

「アンタ…天才なんだろ…なぁ!」

 僕は、怒りに任せて拳を壁に叩きつけた…。

 そうさ…拳が砕けても…すぐ戻せるんだ……。


 いざとなれば…自分の時間を戻して、奈美を忘れる事だってできるんだ。


 僕は…いつでもやり直せるんだ。


 少し血の滲んだ拳を見ながら…僕は力なく笑って、そして泣いた。

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