第15話 an art gallery
山下清(画家)と山下達郎(シンガーソングライター)の区別が付いていない奈美。
無料チケットを2枚、ヒラヒラと窓から入る風に泳がせてみる。
「誰と行けっての……」
改めて、独りなのだと気づかされる、秋の午後。
「寂しくないもん…みんな優しいもん…」
小声で自分に言い聞かせるように呟く…。
日曜日、奈美は美術館へ向かった。
バスでの移動も慣れた。
美術館の『山下清展』、奈美が思っていたよりは客足が多いようだ。
(有名なのかな?)
奈美が知らないだけで有名なのだ…『裸の大将』は…おむすび貰いながら全国で絵を描いた人なんだな…うん。(ドラマでは)
美術館…静寂な空気が支配する異世界のように感じる。
少し肌寒い館内に色彩溢れる作品が並ぶ。
(花火好きだったのかな?)
花火の絵が多い…切り絵もあった。
そういえば、切り絵って作ったことが無い……。
そうだ…こんど、廃棄する花びらで何か作ってみよう♪
『山下清』の作品に感じるところは無かったのだが、素直に描きたいものを思うがままに描いたといった作品には…子供のような無邪気さだけは感じた。
上手く描きたいとか、計算したようなアングルという感じはまったく感じない。
ただ…気に入ったもの。描きたいものをそのまま描いた感じだ。
切り絵を見て、奈美の創作意欲に火が付いたようだ。
なんだか、無性に絵が描きたい。
そう思ったら、美術館でのんびりしている気にはなれない。
作品そのものは趣味ではないし。
スタスタと美術館を出た。
それにしても身体が冷えた…美術館の横の公園にたこ焼きの屋台があった。
(あっ…食べたいけど…)
とりあえず、公園のベンチに腰掛けて空を見る。
何を描こうか…。
ベンチから美術館を眺める。
ポツリ…ポツリと他人が入ったり、出たり…なんだか蟻みたい。
あっ…。
美術館の向こうを歩く…あのときの青年。
(あっ…時計の)
奈美が飛び跳ねるように、青年の後を追う。
奈美の走り寄る足音に気づき、くるっと振り返る青年。
目と目が合う…やっぱりだ…あのときの青年。
「あの…」
奈美を驚いたように見る青年。
「あの…腕時計…ありがとうございました。大切な…その…お守りというか…預かりものというか…よく覚えてないんですけど…きっと大切なものなんです…あ…いや…私の」
なんだか…言葉がまとまらない。
青年はニコリと笑って、
「そう…良かった…」
ポンッと奈美の頭を叩いて立ち去ろうとする。
「あの…その山下…達郎好きですか?」
「ん?」
「これ…無料券余ってるんですけど…良かったら…そのお礼に…どうぞ」
チケットを差し出す奈美。
「えっ?」
と受け取る青年。
チケットを繁々と眺める青年。
「山下清だね。達郎じゃなくて…」
「えっ?あっ…そうだ」
フヘッヘヘヘと笑う奈美。
「あの…その、それ貰い物だから…たこ焼き食べませんか、奢ります」
「うん」
ニコッと笑う青年。
公園のベンチで、ひとつのたこ焼きを食べる。
奈美はチビリ…チビリと食べている。
青年が3つ食べる頃、やっと1個食べ終わる奈美。
そしてタコは残す…苦手なのだ。
たこ焼きは好きだが…タコはダメ。
そんな奈美を見ている青年。
奈美は3個食べて、青年は5個食べた。
容器にタコの足が3つ、青年は竹串に3個焼き鳥のように差してパクッと食べた。
「いつも悪いねぇ~」
ボソッと奈美が呟く。
「えっ?」
青年が驚いた顔で奈美を見る。
「ん?」
(私…今…なんて言った?)
少し、変な空気になって…青年は
「ありがとう…見に行くよ…」
とチケットをヒラヒラさせて、立ち去った。
「聞けなかったな~」
ベンチで一人、空を眺めて呟いた奈美。
そう…聞きたかったのは、「なんで私の名前を知っていたの?」
聞けなかった…でも・・・今日は嬉しかった。
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