第10話 腕時計

 お見舞いに行った、ある日のこと。

「その腕時計貸して……」

「ん…」

 僕は時計を外して、彼女に手渡す。

「高いの?」

「いや…8000円くらいの安物だよ」

「でも…高そう…」

BVLGARIブルガリっぽい時計だろ…」

「っぽい?……ホントだ、ロゴがBVONOヴィボーノだって」

 クスクスと笑う奈美

BVONOボーノ…素晴らしいって意味らしいよ、イタリア語で」

「素晴らしい…ね…」

「そう…素晴らしい」

 しばらくカシャカシャと腕時計を眺めていた奈美

 自分の細い手首にはめて、僕に見せる。

 カシャンと手首からずり落ちる…。

(また痩せたのか…)


「ねぇ…この時計、私にちょうだい」

「いいけど…男物だよ…」

「いいの…鞄に入れとくのBVONOボーノ…素晴らしい、気に入ったわ」

 イタリア製の腕時計、ただでさえ大きいのに、奈美の腕にはバランスが悪い。

 シルバーと黒のシンプルなデザイン。


 若い女性には、ちょっと地味かもしれない。


「あげるけど…バンド詰めようか?」

 僕が聞くと

「ううん…このままでいい…ユキの腕にはまっていたままがいい…」

「そうかい…」

 僕は奈美の手をそっと握って…その左手に軽く口づけをした。

 冷たい手の感触が唇から伝わる。

 それは、とても…とても…哀しい冷たさだった……。


 電池式の時計…僕は奈美に気づかれないように、腕時計を買った時まで戻した。

 傷一つ無い腕時計を奈美の枕元に置いた。

 間違っても止まらないように……。


 ………………。

 そもそも、僕に時間など無意味なんだ。


 時間を戻せる能力を持っている僕には……。

 あるいは、不老不死だって可能なのかも知れない。

 誕生日も意味の無い日。


 万能ではないと気付いたのは、小学校の時だった。

 あの時以来、決めたんだ…人の時間を奪ってはいけないのだと……。


 それは傲慢な行いなのだと、僕は気づいたんだ。

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