第3話 Attend a hospital

 青年が立ち去って、すぐにバスが来た。

 運転手さんに、

「このバスは……病院に行きますか?」

 と聞く。

「えぇ、病院前に停車しますよ」

「そうですか、ありがとう」


 しばらくするとバスが発車する。

 驚いたのは都会のバスは料金一律、前払い制。

 なんだろう得した気がする。

 これだけで、嬉しく、幸せな気持ちになれるのは自分の長所だと思っている。


 しかし、バスが走り出しても、本当に目的地に行けるのか?という不安が拭い去れない。

 解りもしないのに窓の外を凝視して、見覚えのあるナニカを探す。


「あっ!」

 あれは知ってる…病室の窓から視えてた丘、あそこを歩きたい、部屋ではそう思いながら眺めていた丘、歩けなかった丘。

(誰と……)

(えっ…誰って……誰と……歩きたかったの…私…)


 病院前に立つと懐かしいような感慨に陥る。

 奈美の記憶では入院生活は二週間なのだが、どうも記憶障害という症状であるらしい。

 実際は半年以上、奈美はこの病院で過ごしているらしい。

 医師の話では、辛い治療が続いたため、意識がその記憶を遮断したのでは?とのことだが、そんなことは誰も解らない。

 当の奈美が解らないのだから。


 キオク ガ ナイコト ハ シアワセ ナノカモ シレナイ。


 知らないのだから…悲しいも、嬉しいもないのだから。


 ホント ニ ソウ?


 知らなければ感じることもできないんだよ…心は…。


 奈美がボーッと病院の前に突っ立っていると、看護婦さんが声を掛ける。

「どうされました?」

「……いえ……なんでもないんです……明日、また来ますから……今日は下見だけですから…では」

 奈美は深くお辞儀をして

「あっ…明日からよろしくお願いします」

「えっ?」

 看護婦さんが返事に困っている。

 新人が先輩にするような挨拶をされてもね。


 奈美は足早に病院を後にした。

 さて…あとはアパートの確認というか、今日から住むわけだ。

 大まかに、両親が用意はしてくれているらしい。

 短大以来の独り暮らし…少しだけ不安が残る。


 入院していたのは事実らしい。

 難病で死を覚悟し自らもソレを享受したほどらしいのだ。

 なぜ…覚えてないのか?

 そして、なぜ今、私はこんなに元気なのか?


 医師が完治したと判断を出来ないほどの奇跡。

 一夜にして完治した、そもそも、それまでは何だったのかと言いたくなるほどの完治。

 それが自分の身体に起きたというのだ。

 医師の勧めで、しばらくは通院するという条件つきで退院したのだ。

 もしも再発ということになれば、出来るだけ近くにいたほうがいい。

 もちろん通院だけではない、就職は未だ無理があるが、バイトくらいはしないと。


 明日は午後からバイトを探そう。

 それにしても…アパートはどこなんだろう?

 かれこれ、一時間はウロウロと歩いている奈美だった。




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