亡霊は魔王の娘と新入りを迎え入れる
ある日の早朝。
ベラナベル様は、いつもより早くお戻りになられた。
「お帰りなさいませ、ベラナベル様」
「ただいま」
早帰りの理由は、訪ねるまでもない。
「バルドス、新入りじゃ」
ベラナベル様の幼子のような体躯に隠れるようにして、恐る恐る我に目を向ける、ベラナベル様よりさらに小さな体が一つあった。
人間の子供ようなシルエットだが、これは平常時の、言うなれば仮の姿。
危険が迫ったとき、彼らは魔物としての、見開いた目と細い角、獣のような大きな尻尾を露にする。
それが『彼ら』の特徴だ。人と魔物の間に生まれた、人でもあり魔物でもある『彼ら』の。
「む、どうした? 若き子よ」
ベラナベル様の幼子のような背に、小さな体を隠して怯えている。
無理もない。我の容姿は、子供にはいささか刺激が強すぎる。
かつて人間の王より賜った純白の鎧は幾度となく返り血を浴び、時と共に霞んだ。輝きを失った鎧を着るのが、頭部はおろか実体があるかも定かでない、黒炎のような魂では。
ベラナベル様は我に美しく優しい笑みを向けると、大きく息を吸い込まれた。
「バルドス! 頭が高い!!」
仄暗い洞窟に、ベラナベル様の高貴な声が響き渡る。
「はっ! 申し訳ございませぬ、ベラナベル様!」
我は四つの手甲を岩につけ、鎧の膝に当たる部分を曲げる。所謂、土下座というものだ。
「それでよいのじゃ。では、わらわはこの子と共に奥に戻る。引き続き警備を任せたぞ」
「はっ! ベラナベル様の仰せの通りに!」
新入りはベラナベル様の背できょとんとしている。顔を下に向け地に額をつけるのが土下座の作法だが、我には頭も目玉もないゆえ、視線もない。自分でも理屈はわからないが、おかげで新入りの様子を伺える。
「どうじゃ? これで分かったじゃろう? こやつは我の言いなりなのじゃ。何も恐れることはないぞ」
ベラナベル様と我の茶番は、新入りを迎え入れる通過儀礼のようなものだ。
パフォーマンスとしては少しばかりオーバーではあるが、子供にはこれくらいが分かりやすい。
「くくく、怖いじゃろう? 強そうじゃろう? 安心せい。今日からは、この怖くて強いおじさんが、お主を守ってくれるからな」
「う……うん……」
ベラナベル様と新入りは、土下座の体勢を崩さぬ我の横を通り過ぎ。
「あ、あの……おじさん」
「はっ。どう致しました?」
小さな子は、我を見やる。寂しそうな、心配するような瞳で。
「おじさんも、ひとりぼっちなの?」
……全く。
どうしてここまで真っ直ぐな者ばかりが、醜い争いで割りを食わねばならないのだろうか。
「一人ではありませんよ。我も、あなたも」
唯一この体で不便なことは、表情が無いことだ。
「帰りなさい。あなたの新しい家へ。新たな家族たちの元へ」
「……うん。おじさん、ありがとう!」
新入りはようやく笑った。
隣に立つベラナベル様も、新入りに美しく頬笑みかける。
「わらわの言葉をバルドスに取られてしまったな。行くぞ。お主はもう、わらわたちの仲間じゃからな」
「うん!」
我はベラナベル様と新入りを見送る。
岩の足場に素足だが、二人とも、足の運びは軽かった。
さて。
今日からは、13人前の食事を作らねばならぬな。
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