一章

亡霊は魔王の娘を朝食の準備に呼ぶ

 ぺた、ぺた。しゃりん、しゃりん。


「お帰りなさいませ、ベラナベル様」


 日が昇らないうちに、ベラナベル様は青き入り江へと戻られた。両の手に、新鮮な野菜や果物の入った籠をお持ちである。


「ただいま。バルドス、今宵の戦果はいかほどじゃ?」

「下位の魔物が二体。取るに足らない相手です」

「そうか。くくっ、その身に余した力、振るえる相手がおらぬと退屈じゃろう?」


 ベラナベル様は我の腿を、否、本来腿を守るであろう箇所の、我の鎧を叩かれる。ベラナベル様の幼子のような体躯では、我の肩には手が届かない。届いたところで、我には肩もないのだが。


「警護の任は、暇に越したことはありません」

「相も変わらず真面目じゃのう」

「生前から変わらぬ性格なもので」


 ベラナベル様はご自身の今宵の戦果を我々の船へとお運びになる。我の嵐で難破させ、人間どもから勝ち取った船へと。


 青き入り江には、我のが何台も流れ着いている。我々はその中の比較的小さな一隻に乗り込む。小さいと言えど、元は積み荷を運搬する船であるから、造りはしっかりしている。

 目的は広く綺麗な厨房だ。非常時に船上で調理を行うための設備だが、人員亡き今、我らが有り難く使わせてもらっている。


「時にバルドスよ。人間どもがこの地をなんと呼ぶか、知っておるか?」

「最近の話ですか?いえ、存じ上げません」

「『船の墓場』だそうじゃ。通りかかる船を一つ残らず襲っていればそんな忌み名もつこうが、いかんせん面白みに欠けておる。そうは思わぬか?」

「人間どもにとっては、笑い事ではないのでしょう。海路は陸路と比べて何かと便利ですから。その分、危険も伴いますが」

「船を沈められる危険か」

「それもあります」


 他愛もない話をしながら、ベラナベル様は食材に傷をつけぬよう、ゆっくりとテーブルに降ろされる。十人は並んで座れるであろう、大きなテーブルにずらりと食材が並ぶ。

「どうじゃ? 足りるか? わらわを抜いて十一人じゃ」

「ベラナベル様も数に入れてください。釣った魚も足せば、十二人ならこれでおよそ三食分といったところでしょうか」

「一日半、か。なるほど。わかったのじゃ」


 食事は朝と夜の二回と決まっている。

 船の積み荷の中で食べられそうなものは既にあらかた消費し、残りは海水に浸かって駄目になっている。人間どもも流石に懲りたのか、ここしばらくは新しい船も通っていない。食料の確保は死活問題だ。贅沢は敵、とは、我が現役の兵士だった頃の標語だが。


 ふわあ、とベラナベル様が大きな欠伸をひとつ。

「そろそろお休みになられては?」

「そうじゃな。お言葉に甘えさせてもらうのじゃ」

 ベラナベル様はぺたぺたと厨房から出ていかれる。素直な所は美徳である。


「して、バルドスよ。今朝の料理は……」

「いつもの通り、お願いします。ベラナベル様の代わりはおられませんので」


 ベラナベル様は素直に、苦い顔をなされた。

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