友人のいとこのいとこの友人の話

 友人のいとこのいとこの友達は、ある日、仲間内で登山に出掛けたそうだ。


 仲間内、といっても、登山サークルである彼らは着々と進み、七合目まで来ていた。


 しかし、突然の吹雪に見舞われ、山小屋に避難したそうだ。


 その小屋は山小屋の中でも避難小屋と呼ばれる類のもので、ストーブすらなかったらしい。


 その割には、広々としており、持って行った料理用のストーブで暖をとるのは難しそうだった。


 数日分の水と食料はあるが、寒さがなんとも辛い。


 初めは皆で部屋の真ん中に固まっていたのだが、このまま吹雪が止むのを待つのは、耐えられそうになかった。


 そんな折、誰が言い出したのか、ちょっとした運動をすることになった。


 曰く、各人は部屋の四隅に散らばり、この運動の提案者をはじめとして壁伝いに匍匐前進で時計回りに見て、一つ隣の角を目指す。辿り着いたら、そこに待機している者に触れる。触れられたものは匍匐前進で次の角を目指す。これをひたすら繰り返すということらしい。


 単純かつ、体を温めるのに丁度良いとして満場一致で実行が決まった。


 この運動を提案した者を北側に向かわせ、彼らは動き始めた。


 吹雪はなかなか治まらず、三日目にはついに水も食料も尽きてしまった。携帯ストーブの燃料も底をつき、寒さが一段と一行を苛む。


 意識が朦朧とする中でも、彼らは動き続けた。


 小屋に籠りはじめてから十日目。ついに吹雪は治まり、次の日の夜には救助隊の迎えが来たそうだ。


 四人とも無事、健康状態に異常なし。救助隊は驚きつつ、よく頑張った、と彼らをねぎらった。その時、彼らは口々にこう語った。


『他の三人が居なければ、ああやって動き続けていなければ、俺は生きて帰ってくることはなかったと思います』


 救助隊員は彼らの行った『運動』の話を聞いて首を傾げたらしい。


 それは不可能だ、と。


 後に彼らは「四隅の怪」も知らないのか。と友人に笑われることになる。


 また、誰かが二人分動いて、自分の本来居るべき位置に戻って、を繰り返していたのだろう。という結論も出た。


 しかし、四人にはどうにも腑に落ちない結論だった。



 しばらくして、その山登りの時の写真が現像された。


 そこにはやはり、不可解な点があった。


 カメラ係の写っていない三人の写真が多いのだが、きちんと四人が写っているものもある。


 そこにカメラのタイマー機能を使った様子はない。


 極め付けに、五合目の休憩所でタイマーを使って撮った写真には、四人が何故か二人ずつに分かれて不自然な間を作って写っていた。


 まるで、間に見えない何かが居るかのように。


「四隅の怪」は有名な怪談である。登山部である彼らはもちろん、この話を知っていた。


 例の運動を「四人でやろう」など、ふざけていない限り、言い出すはずがない。


 まして遭難という状況下である。いったい誰が「やろう」と言い出したのか。


 自分以外の三人のうち、誰かであるというのはわかっている。しかし、誰も当てはまらない気がしてならない。



 その夜、四人は不思議な夢を見た。顔の見えない誰かが、自分の知っている他人が、必死に助けを求めている。両手を伸ばし、一生懸命に何かを訴えている。その言葉は聞こえるはずなのにその意味が理解できない。頭がその意味を理解しようとするのを避けているかのように。



 思えば、一週間もの間、人は飲まず食わずで生きられるのだろうか。暖房のないほぼ氷点下の山小屋で、彼らはどうやって水を確保したのだろう。夢に出てきた「彼」は誰だったのか。きっと一緒にいたはずの、そんな気がしてならない「彼」は一体、どうなったのか。



 たこ焼きの焼ける音が聞こえる。窓を叩く雨の音は不規則で、部屋は薄暗く陰鬱だ。目の前の彼は急に話を止め、急に聞いてきた。


「ところでお前ら、心の底からいただきますって言ったことはあるか」


 どこかで聞いたような質問だった。誰も答えようとしない。


 そして彼は答えを聞こうともせず、いつになく真剣な顔つきで、そろそろか、と呟くとピックを握りしめた。たこ焼きがくるくると、破れることなく裏返されていく。薄暗さをものともしない、その手際の良さに、プロかよ…、という呟きが漏れる。


 彼は一通り返し終わると、そもそも、と話を再開した。


「いただきます、って変な言葉だと思わないか。あんなことを言うのは日本くらいのものだろう」


 たこ焼きが再度、回り始める。だんだん形が整ってきた。


「俺が思うに、いただきますってのは罪を忘れる儀式だ。懺悔と言ってもいい。現にお前らだって、何を、いつ食べたか覚えてないだろう? 命を奪った、というのに」


 たこ焼きの表面に油が塗られる。


「だいたい、食材が言葉を理解するはずないし、その大半は既に死んでいるんだ。いったい、何に向かって、命を頂くなんて言う必要があるんだ? ただの自己満足だろう?」


 タコ焼き器のスイッチが切られる。湯気が蝋燭の光に照らされる。


「ただ……」


 そこで彼は手を止めた。


「もし、人の言葉を理解できる食材があるとすれば、それは……」

 彼は焼けあがったたこやきを皿に盛り、ソース、青のり、マヨネーズ、鰹節を順にかけた。


「これで友達のいとこのいとこの友人の話は終わりだ。それから、そいつは何を食べるにしても、『いただきます』って言えないらしい。目の前の食材が両手を伸ばして、食べないでって言いそうな気がするんだとさ」


 彼は僕らのことを見まわして、メシ食う前にする話じゃなかったな。と、申し訳なさそうな顔をした。



 そして両手を合わせ、口を開き、何かを言おうとして、泣きそうな顔になり、結局、何も言わずに口を閉じた。



 タコ焼き器にサラダ油が塗りなおされる。机の端の蝋燭が勝ち誇ったようにそれを照らしていた。


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