希望たちの末路
「ッ……のバカ野郎が! いい加減にしやがれェエエエエ――‼︎」
引きつった笑いと共に魔法使いが再び氷槍の豪雨を盗賊の脳天に降らせ。
その凶暴さを剥き出しにした最初の一本が死を悟り動けなくなった彼を貫く──その前に、術者である魔法使いを雷の衣を纏った大剣が襲った。
刃ではなく平面の部分だが、それでも尋常じゃない遠心力で繰り出された不意打ちに、魔法使いは瞬時に受け身を取ろうと盗賊を投げ捨て、防護壁を張ろうとしたが間に合わず、不意の攻撃を正面から受け壁に叩きつけられ、衝撃に耐え切れず崩れた壁もろとも隣室へと突っ込んだ。
パラパラと瓦礫が崩れ、煙が立ち上る。
「ッ……はあッ、おい、ジジイくそ、解放すんのが遅いんだよ」
最大出力で振りあげた大剣を床に突き刺し膝を折り、黒騎士は息を切れさせ、甲冑で隠した顔を背後に控えていた賢者に向け悪態をつく。
「文句を垂れるな。枷を解き、御主の刃に儂の最上位の魔法を付与させてやったんじゃ。むしろ感謝せい若造が。御主のペナルティは神官が死ぬまでは解けぬ。魔法付与の攻撃ならばよいが、そのまま大剣を振るえばダメージはそっくり御主に返還されるからのう、せいぜいうっかり物理攻撃をして死なぬことじゃ」
「忠告ありがとよクソ隠居」
「能書きはよい。御主とて正気を失った仲間を勢いに任せて抹殺するほど腐り果ててはいないのじゃろう。これ以上仲間を失う前に拘束するのじゃ」
賢者は魔法使いが消えた瓦礫まみれの隣室を睨みつけ、再度詠唱し、雷の魔法を大剣に絡ませる。
「御主のチンケな魔法だけでは太刀打ちできぬじゃろう、援護してやるとするかの」
「仕方ねえだろ専ら脳筋ステータスなんだよ、魔法なんてオマケ程度だ。おい、盗賊。動けるなら神官たちをガードしとけ! ものまね師! お前もこれ以上傍観者続けるならブッ叩くからな !」
しかし、黒騎士がこちらに振り返ったタイミングで瓦礫の山が崩れ、前方から灼熱の暴風が噴き出した。
すかさず賢者が防護壁を張り、
「余所見をするな!」
持ちこたえようとするが。
今度は黒騎士に向かって凶暴な氷の切っ先が放たれた。
「っぅう、グッ――‼︎」
不意を不意で返した魔法使いの次の攻めは、正気を失っていながらも
蘇生ができぬよう手始めに僧侶を消し、次に回復で優秀な神官を、そして手傷を負った盗賊よりも、体力のない年老いた賢者よりも、乱心して命を既に絶った戦士に次いで戦闘力の高い黒騎士を仕留める。
それを選択することで確実にパーティを全滅に追い込むことができる。
万能の魔法を操り知性に溢れた魔法使いだからこそ、この状況でも冷静に残酷な算段を思いつけるのだ。
だが。
人並み外れた知性に恵まれているのは、彼女だけではない。
「おい……嘘だろ……っ……ジジイッ――」
賢者は一瞬で魔法使いの次の一手を悟り、黒騎士の重厚な鎧すら貫通し、心臓を一突きにせんと仕向けられた氷の刃を、黒騎士の代わりに、身を挺して受け止めたのだ。
「賢者……‼︎」
「ジジイ、……おいッ――おい! なにやってんだ! なに庇ってんだよぉお⁉︎」
「うぐぅ――ふッ」
胸部を抉られ、賢者の口からごぼごぼと赤色が噴き出し、髭を、ローブを、全て染め上げていく。
「なにやってんだよ賢者のジジイ‼︎」
倒れた賢者を抱き起こし、狂ったように喚く黒騎士、盗賊も駆け寄り慌てて薬液を出すが、一撃は心の臓に届き、賢者はもはや虫の息だった。
「おっ……老いぼれが、生き残ったところで――まともに、立ち回れぬ、……かんちが、い、するな……命の、数で……判断した、までじゃ……ッ」
そう言って賢者は黒騎士の腕の中で動かなくなった。
「……ああ、仕留め損ねたわ……」
でもまあいいか。
ぼやきながら、自身に回復の魔法を浴びせ、魔法使いが巨大な氷の刃を引きずり、惨状へと舞い戻る。
「お前、こんな……こんなにッ、仲間を殺しといて、なんとも思わないのかよ」
涙を目に滲ませ、黒騎士は右肩と右目を負傷した魔法使いを見上げ、問う。
「な、あッ……だって俺たち、昨日まで一緒に飯食って、笑いあって……それなのに──ッ、ほんとになんとも思わねえのかよォッ……‼︎」
「思うよ、とっても悲しいよね」
魔法使いは血を滴らせ、機械のように応える。
「嘘だ……思ったら……こんなことしねえはずだ。お前が――魔王の手先、裏切り者なんだな⁉︎」
「ちがう。あたしは、お兄様も、勇者のことも、愛していた、裏切ったりなんかしない。守るべき者がいなくなったなら潔く幕を引くべきだっていうこと、それのなにがいけないの」
「わかんねえよ……微塵たりともその考えがわかんねえよ‼︎ ただ一つはっきりしてんのは、魔王が絡んでようが絡んでまいが、お前が異常ってことだけだ……‼︎ 俺は絶対に許さねえ……仲間を平気で次々と殺しやがって‼︎ もう手加減できねえから覚悟しろ――‼︎」
爆発した怒りに震え、咆哮した黒騎士は大剣を振り上げ魔法使いに躍りかかった。
氷の
「腕も脚も斬り落としてやらァ――‼︎」
まずは攻撃の手段を奪い取る、その後縛り上げ、神官にでも治療させればいい。
これで全てが終わるなら――。
「黒騎士、やめろォ‼︎」
魔法使いを倒す、
頭に血がのぼり、ただそれだけに全てを傾けた黒騎士には、背後から投げられた盗賊の制止の声にも、賢者が死亡し、大剣から雷の加護が剥がれたことにも気がつく余裕などなかった。
氷の刃を黒騎士目掛けて突き刺そうとする魔法使い目掛けて、黒騎士は振りかぶった大剣を、なにも纏っていない、そのままの刃を振り下ろす――
「黒騎士さん‼︎ いけません攻撃はァアッ──」
意識を取り戻し、現状を把握した神官は飛び起き、悲鳴じみた声で叫んだが、もう彼の手は止めることができなかった。
振り下ろした瞬間。自身のペナルティを思い出し、取り乱していたとはいえ一瞬でもその重大なハンデを忘却した己を呪い。
攻撃をやめるよう、魔法使いと彼との間に飛び込み、そして、黒騎士を殺そうとした魔法使いの攻撃を背後から受け串刺しにされた盗賊を――黒騎士は止まらぬ腕で斬り伏せた。
「は、は……ッ、あ、あ」
盗賊に放った全身全霊の斬撃は、魔術の理に反することなく一瞬にして黒騎士に跳ね返された。
肩から、脚の付け根にかけて激しい斬撃が走り、噴水のように舞う、血飛沫。
「こん――な、おわり、かたっ、なんて……」
馬鹿すぎる。
最期にぼそりと口にして、黒騎士が倒れ。
貫かれ、びくびくと体を震わせ呻いていた盗賊が、がくりと四肢を投げ出した。
「ああああ……ああああ〜、うあッ、ふぁああ〜ああああ……あああああ」
どさどさと床に堕ちていく死体に、恐怖で限界にまで引きしぼられた弓使いの精神は、遂に限界値を越え。
「うああッ――ああああ〜うぁあああああああああァッ――!」
彼女は絶叫し、呼吸を早め、弓を掴み、床に散った矢を指で引き寄せ。
弓に
「弓使いさ――」
神官が叫ぶ前に放った。
そして、矢が必ず急所に命中すると、避けることもせず、それでもただやられるよりかは――と最期に思ったか。
全ての魔力と引き換えに、即死を招く死の呪いを魔法使いは弓使いに放ち。
二人はその後、同時に息絶えた。
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