崩壊
「魔法使い……さん……いったい、な、なにを……」
弓使いが腰を抜かし、賢者、盗賊はあまりの衝撃に言葉を失くした。
黒騎士は尻餅をついたまま、眼前に広がる光景を受け入れられず、言葉にならぬ声を発している。
神官がやっとの思いで震え声を絞り出したが、その言葉の途中で、悲鳴のような高笑いが割り込んだ。
「っくくくく……あははあははははははッ‼︎」
とんがり帽子を被った彼女は狂ったように身を捩り、口からよだれを垂らしていた。
なにかに例えるまでもない、もう完全に狂っていた。
「なによみんな、その顏は……、ああそうね。僧侶殺されて、もう誰が死んでも蘇生できなくなっちゃったもんね。……いいじゃない別に、どーせみんな死んじゃうんだから、これから先、生きることできないんだから。勇者が死んで、意味なくなったんだから、今までの戦いも、七年の旅も、ぜーんぶ無駄になったんだから、もうおしまいなんだから、この世界は終わるんだから、みんな死ぬんだから、誰から死んだって、別に変わりないでしょ」
ひとしきり笑い、表情を無にした魔法使いは、箒を放り投げて、僧侶を瞬殺した氷の槍の一本を引き抜いて、黒騎士の喉元に突きつけた。
「あたしたちはしくじった。一番犯してはならない過ちを犯した。だからここで全員纏めて死ぬべきなのよ。でもその前に、誰が裏切ったか正直に言ってくれないかな……、それだけ知ってから勇者のところに行きたいの。ほら……真っ先に自害を選んだお兄様みたいにさあ、潔く白状しようよ、ねえ黒騎士――」
黒騎士はこめかみから汗を流し、魔法使いを睨みつける。
「狂ったふりして嘘ついてるのはお前じゃねえのかよ、魔法使い……」
「さあ、どうだかね……どうでもいい、どうでもいいわほんと。そう、いいんだよ、どうだって……それっぽい奴から消してけばいいだけだもんね――‼︎」
氷の槍を振り上げ、そのまま串刺しにしようとする魔法使いに、黒騎士は舌打ちをして、床を転がりその攻撃を回避した。
「おいジジイ! 今すぐ枷を解け! こいつマジで
「――まったく世話の焼ける……‼︎」
しかし賢者は黒騎士の枷を解放せず、杖から電撃を放つ。
「魔法使いさん落ち着いて下さい! これ以上無駄な血を流してはなりません!」
神官の訴えも届かず、魔法使いは神官の拘束の呪文を打ち消し、向かってきた電撃を片腕で操作し方向転換、無防備になった神官に浴びせた。
「神官くん──‼︎」
神官が叫びを上げ、その場に倒れる。
次に回復が可能な彼女を消した方が効率が良いと考えたか。魔法使いは倒れた神官に襲いかかったが、駆け寄った弓使いが
「やめて魔法使いくん!」
「バカ野郎無駄だ! 構えろ弓使い! 殺されるぞ‼︎」
「で――でも……‼︎」
弓使いが次の一撃を躊躇している間に、紅い魔法陣が、神官と弓使いの周辺に浮かび上がる。
「魔法使い……‼︎」
最上位の炎の陣。地獄の業火で焼き滅ぼす気だ。
黒騎士が叫ぼうと、魔法使いは詠唱をやめない。
僧侶を手に掛け、次に神官と弓使いまで、勇者さんの死が強烈なトリガーとなって完全にタガが外れてしまっている。
「見損なったぞお前――」
しかし彼女の詠唱を最後の一節で中断させたのは背後に回り込んだ盗賊だった。
パーティ内随一の瞬発力で投げられた飛び道具の嵐が容赦なく魔法使いに降り注ぐ。
だが彼女は魔法で岩石の壁を創り出しそれを防ぎ、壁ごと盗賊に投げ返した。
瞬発力はあっても防御力が他より劣る盗賊がそれに耐えきることはできず、力のベクトルに従い、そのまま壁まで吹き飛ばされてしまった。
勇者さんを除き、もっとも安定した接近戦のスキルと火力を持っていたのは間違いなく戦士だったが。魔法使いはその対極に位置する。
勇者さんすらも敵わない、絶大な魔力と圧倒的なセンスを持ち合わせている。
勇者さんでもパラメーターで引き離されているのだ。他のメンバーが付け焼き刃のような魔法をぶつけたとしても、勝負にもならない。よくて牽制程度だ。
そして、七年という旅で磨かれたのは魔術だけではない、ありとあらゆる戦術を彼女は厳しい環境のなかで確立してきた。
支援役でありながら戦闘に特化した彼女が、敵となって手強くないわけがない。
岩石の壁を正面から受け、建物の壁に打ちつけられた盗賊の首を掴み、魔法使いは独り言のように語りかける。
「黒騎士じゃないならお前だろ……勇者殺したの。あたし知ってんだよ、あんたが勇者の聖剣狙ってたの……ギルドのボスに盗ってこいって言われてたでしょう」
「ちがっ、そんな、話……昔に、断った、おれ……勇者、裏切らない、勇者、味方……ぁ」
「そんなの信じられるか。じゃあ誰が勇者を殺したんだよ」
「しら、ない……っ」
「とぼけんなよ……‼︎ お前みたいな盗むことしか能のないガキなんか! 初めからこのパーティにいる資格もなかったっていうのに! 勇者は……っ、勇者はあたしとお兄様だけで守ればよかった! あたしたち二人だけならこんなことにはならなかったっていうのに――‼︎ うっ、くッ――ゆうしゃ……ゆうしゃっ……勇者あああああああッ――‼︎」
泣きながら首を振り乱す盗賊に、魔法使いはさらなる発狂を重ね、先ほど同様、巨大な魔法陣と共に無数の氷の槍を盗賊の頭上に出現させた。
「悪い子は、頭ひやそっか」
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