第19話 爆風のシマパンダー(6)

 夕刻。

 岸司令からの緊急メールは読んだものの、ビロン姉妹のあまりの遅さに、入谷家の面々は其々の暇潰しに戻る。


 宿泊先を入谷恐子の部屋(入谷家二階)へと変更した旨を携帯電話で数寄都下樹美に連絡すると、黒鉄能代は下心と好奇心を魂のロータリーエンジンで混合燃焼させながら、お部屋を拝見しに行く。

 入ってすぐにタンスの下の段から点検を始めたので、恐子は大太刀の鞘で能代の後頭部をど突く。

「手を出すなであります」

「わかったー」

 能代は手を出さずに、影から黒骸骨(幽体)の手を出してタンスの下段を開ける。


 タンスの中に入っている下着は、三十六枚。

 総て、シマパンである。

 総て、シマパンである。


「素晴らしい…」


 能代は、深く深く息を吸う。


「筋の通った変態は、素晴らしく香しい」

「どうしてパンツをシマパンで揃えただけで、変態認定をされるでありますか?」

「シマパンの女神様にでも聞いて」


 続いて能代は、恐子のブラジャーも見聞する。

 ブラジャーは、縞模様ではない。

 ブラジャーは、縞模様ではない。


「96のGカップ。バケモノめ」

「よく言われるであります」

「JK時代は、さぞやオカズにされたであろう。南無」

「そうでありますね。よく拝まれたであります。妄想で揉んだとか吸ったとか挟んだとかブッカケたとか、要らぬ自己申告をした後で」

「斬り捨てた?」

「先生と警察と御自宅に報告したであります」

「いっそ斬ってあげようよ!?」

「セクハラ者に、情けは無用であります」


 見たいものをコンプリートした能代は、会話を切って部屋を見回す。

 壁には今年のスーパー戦隊のカレンダーが下がり、その横には入谷朝顔の代表作『スガヲノ忍者』のポスターが額縁入りで殿堂入りしている。

 熱烈なファンが勝手に描いて寄越したポスターには、主人公ユーシア・アイオライト(十七歳、金髪碧眼、少年忍者)が黒い忍者刀を構えて恋人リップ(十五歳、緑宝色の長髪、美少女吟遊詩人)を守っている様子が。


「これを描いてくれたサイクロンモンガーさんは、今ではラノベのイラストで活躍するプロであります」

「このポスターの時価は、ハウマッチ?」

「十五万円でも、売らないであります」

「なんだ、最低価格は、たった十五万円か」

「シマパンなら、一枚あげるであります」

「要らな…」


 良からぬアイデアが閃いた能代は、スマホを起動させるとネットオークションサイトで『シマパンダーのシマパン』の見積もりをお願いしてみる。



【 シマパンダーのシマパン

  見積もり金額 

  最低予想価格 二百万円

  最高予想価格 あっしにも分からねえ 】



 能代は、入谷恐子のスカートに頭を突っ込むと、シマパンの尻に頬擦りし始める。


「シマパンダー、愛ちてる!」

「欲望に素直過ぎるでありますな」

「黄金の股関節! 黄金の尻ィィィィ!!」

「礼節を取り戻すであります」


 能代の脳天に、入谷恐子の拳骨が炸裂する。 

 クールダウンした能代は、居住まいを正すと入谷恐子の下半身に正面から話しかける。


「ギブアンドテイクだ。何を持ってくれば、シマパン五枚とトレード成立?」

「五枚でありますか?」

「即売用に三枚、値が上がるのを待つ間の保存用に一枚、そしてワタシが愛でる為に一枚」

「愛でる?!」

「履いて良し。見せて良し。ズラしてハメるに良し。

 シマパンに余す所なしですぞ」

「恥じらいの一切ない変態道。むしろ賞賛するであります」

「さもありなん」


 毛色は違えど解り合ったバカ娘二人は、交渉の詰めの段階に入る。


「ユーシアに会いたいであります」

「ん? …朝顔先生に会わせたいではなく、シマパンダー自身が?」

「初恋の人であります」

「妹の書いた小説の主人公に惚れるって、どんだけ面倒臭い真似を」

「だって、かっこいいであります」


 モジモジする入谷恐子の様子を、ドアの隙間から朝顔と飛芽も覗いている。


「ゴールドスクリーマーの戦闘服を剥いで、連行してこいと?」


 入谷恐子は、ポスターのユーシアの顔を指しながら、困ったように微笑む。


「処女をあげてもいいであります」


 入谷恐子としては、能代のレベルに合わせたギャグであったが、家族の反応は激烈だった。


「お母さああああああああああんん」

 飛芽は、腰を抜かして泣きながら、這ってイリヤ母に助けを求めに行く。


「あの根性者が、逃げたぞ」

 能代は、窓際に逃れて騒動の悪化を嬉々と見物する。


 イリヤ母が、階段を早足で駆け上がってくる。

 いつものマイペースな顔は変わらないが、ドアを蹴り開けて、

「恐子。お父さんとは週一ペースだから、全部使っていいのよ」

 コンドームを箱ごと差し出す。


「いつも手遅れなお母さんが、予防措置でありますか?」

「いけない。処女だったわね。使い方を教えるわね。あなた、ちょっと来て」

 ちょっと来たイリヤ父は、イリヤ母の手からコンドームの箱を奪い取る。

「慌てるな、悦子。これは今晩、我々が全て使い切る」


 イリヤ父は、エア血涙を流しながら、見得を切る。


「恐子の竿役には、絶対に使わせない! 俺が使い切る!」

「いやん。死ぬ気ね、あなた」

「使う。果てても、使う。今から使う」

 イリヤ父はイリヤ母を『お姫様抱っこ』すると、コンドームの箱を口に咥えて自室へと向かう。

 何の解決にもなっていない。

 そして、朝顔は。



「姉様の」


 真正面から。


「姉様のっ」


 姉様の顔を、真正面から。


「バカちんが〜〜〜〜」


 プロデビューしていないJC作家が、シマパンダー・入谷恐子の顔面を、正拳突きで攻撃した。



 腹を抱えて笑っていた能代は、背後から…窓の向こうから、すんごい視線を感じた。

 振り向くと、隣家の二階の窓から、数寄都下樹美がジト目でガン見している。距離にして、五メートル。

 全身から脂汗を垂れ流す能代には構わず、樹美は金沢利家・ゴールドスクリーマー〜入谷家から見えないように五年間も隣家に住んでいるSS級忍者〜を挑発する。


「どうする〜? イリヤが、処女膜を破いて欲しいって、悶えているわよ〜?」


 金沢利家は、きっぱりとシリアスに、返答する。


「ユーシアというキャラは、金沢利家に転生した。

そう受け取ってもらわないと」


 樹美は、利家の頭を足裏で撫で回す。


「それでもイリヤが股を開いたら、躱せる?」


 利家は、樹美の脹脛を舐めながら、笑う。

 

「樹美ですら、未だ俺をユーシアとして扱うのか」



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