第16話 爆風のシマパンダー(3)

 飛芽は最近、あの夢を見る。

 この世界に出力され、セクハラ作者を神田川に投げ込んで途方に暮れていた時に、万世橋の上で声をかけてきた、あのサラリーマンの夢を。



「コスプレイヤーとマジ怪人の違いは、一目で分かる」


 蛇の様な目をした背広姿の男が近付いて来た時、飛芽は丸呑みにされると本気で信じた。

 遠目には普通のサラリーマンに見えようが、間近で目を合わせれば、その邪悪さが知れる。

 横に巫女風の衣装を着けた超絶美人が清涼な雰囲気を振り撒いても、その男の邪気は薄まりようがない。

 付近の警官が、その邪そうな男に職務質問をかけようとしたが、急発進したトラックが警官を撥ねて大騒ぎになり、周囲の注目は男から辛うじて離れる。


「秋葉原なら、出力された萌えキャラを歓迎する人間には事欠かないだろう。と言いたいが、余り気味かもしれない。保護してやるから、懐の中二病プリンターを渡しなさい」


 渡しなさいと言いながら、男は勝手に飛芽のポシェットに手を突っ込んで中二病プリンターを巻き上げた。

 怖くて身動きが取れない飛芽を、巫女衣装の超絶美人がハグして安心させようとする。


「大丈夫ですよ。この方は、無駄な殺戮はタマにしかやりません」


「それって、前科が有るけど気にするなって気休めだよね?」

 とも言えずに、飛芽は男の出方に受け身の一方。

 男は盗品を二秒で鑑定し、飛芽に返品した。


「フェーズ1止まりの中二病プリンターなど、私には不要だ。これを持って、民間戦隊と上手く取り引きすると良い」


 返された中二病プリンターの感触は、夏ミカンに似ている。

 秋葉原スミレ博士によれば、そういう感触を抱く人間には、中二病プリンターは反応しないという。

 知っていたら、その後のハッタリは言えなかっただろう。


「私はラブホテルで良いセックスを済ませたばかりで、機嫌が良いのだ」


 男の後頭部を、巫女衣装の超絶美人が拳骨で殴った。

 男はメゲずに、飛芽を誘導しようとする。

 この誘導の行方は、二〜三話を再読してちょ。


「例の場所を教えてやれ。取引にぴったりの場所を」

「どこで我輩を戦わせる気だ?!」


 飛芽が、ようやく持ち前の負けん気を発揮し、男を睨みつける。


「我輩に話しかけるな!!」


 怖がっているだけでは、殺される。

 抵抗しないと、食い尽くされる。

 飛芽は、まずはこの男と戦う道を選んだ。

 飛芽の夢は、そこで終わる。

 飛芽を面白がりつつ嬲る様な男の邪な目と、

 飛芽の無駄な反骨を憐れみつつ敵意の色を放出する、ミスドルシャドウの








「飛芽っ?!」


 朝顔に起こされて、飛芽は気絶から目を覚ます。

 居候してから三ヶ月で見慣れた入谷家の庭だ。

 戊辰戦争で討ち取った薩長兵の首塚を建立してある庭なんて、世界でも唯一。


 剣道の練習なのに、手加減をせずに刃引きした真剣で飛芽の頭を打った悪逆非道な入谷恐子は、新たなる犠牲者の腹わたを抉り出して…ごめん、介抱していました。作者の見間違いです。SNSで拡散しないで。


「しっかりするであります、旅のお方」

 無抵抗で胴体に一撃を喰らった様を見て、入谷恐子は能代を『隣家から投げ込まれた旅人』と認識を改めた。

 惜しい。

 何もかも。


 黒鉄能代は、四肢をだらんと伸ばして気絶したふりを続ける。

 正体を隠して被害者を演じ、オヤツと夕飯をゲットする皮算用なう。


「こいつが黒鉄能代だよ。昨日、我輩の体に憑依したり、スクリーマーロボ一号を操縦したブラックスクリーマー」

「どうして勝手に正体を暴露するのさ、このトマト頭! 恩知らず! 最弱レッド!」


 能代が起き上がって飛芽のアホ毛を掴んで上上下下左右左右に揺らし、飛芽は抵抗して能代の下乳を鷲掴みに。揉む。

 正体を知った入谷恐子は、芝生の上に正座して能代に礼を尽くす。


「昨日は妹を助けていただき、感謝の拡散粒子砲であります」

「分かっていただけると、この後のお礼も美味しくいただけます。まずは基本の特上寿司三人前」


 図々しくも集る路線変更に、入谷恐子は柔軟に応じる。


「承ったであります。注文が届くまで、先ほど入手した魚肉ソーセージを食べて寛ぐであります」

「いや、それで腹が膨れたら、せっかくの寿司が」

「寿司は別腹でありますよ」

「謎の理論武装が展開されたよ、アラバマのマミー」



 隣家から投げ込まれた生ゴミから賓客へとジョブチェンジした黒鉄能代は、入谷家の至宝・入谷朝顔を守った伝説の英雄として、最上級のオモテナシを受け始めた。


「飲みなされ、飲みなされ」

 イリヤ父の注いでくれたブドウジュースの杯を掲げ、能代はまず香りを堪能する。

「うむ、好い芳香のブドウ…ノンアルコール??」

「イエス、ノンアルコール」

「アイムのっとアンダースタンド」

「ユーアー、多分未成年」

「渋谷では十七歳でも飲酒可能な条例が…くうっ、渋谷の原住民には通じないか」

「いやそんな条例が存在する気がする」

 イリヤ父は、自分用の日本酒『うしく』を瓶ごと差し出す。

「姉様は、未だ飲まないの?」

 朝顔がハイボール缶を指差すが、恐子は首を横にブンブン振る。

「世間様のバッシングが怖いであります。未成年の飲酒には、知名度に比例して炎上度が増すであります」

「昨日、また変な暴れ方をしたばかりだしねえ」

 瞬間視聴率42%を叩き出した以上、知名度は全国区。中身が入谷恐子だとバレバレだし。

「でも、家の中なら、飲んでもバレないよ?」

「甘いであります!」

 入谷恐子は窓の外に視線を三往復させ、十三夜更紗の無表情顔が覗いていないかと再々確認する。

「シマパン教団の連中も、時々覗き込んでくるであります。あの極悪非道なレポーターなら、我が家の晩御飯を突撃レポートしに来てもおかしくないであります」

 それ来たら確実に手遅れだなあと、朝顔はイリヤ母を見る。

 この母なら、確実に更紗を招き入れた後で恐子に教える。

 そんな入谷姉妹の心配を遥かに上回る脅威が、渋谷に到着していた。



 渋谷中心街の騒音が薄らぐ程度の郊外。

 マウンテンテレビ本社。

 玄関ホールの真正面に備え付けられた受付で、ビロン兄弟…姉妹は、普通に普通に分かり易く用件を伝えた。


「十三夜更紗さんに面会したい。アポはないが、真心はある」

 

 図体の大きな牛鬼型女怪人バビ・ビロンを見上げながら、受付嬢・花園羅組は舌打ちを噛み殺して和かに応答する。


「芸能人への取り次ぎは一切行なっておりませんが、伝言だけでしたらリアルタイムで届けます」


「この匂いも、リアルタイムで届けられるかな?」


 カマキリ型女怪人ビバ・ビロンが、更紗への手土産に七輪でウナギの蒲焼を焼きながら、受付嬢・花園羅組にポンコツな質問をする。

 建物の玄関ロビーで食料を焼いていれば警備員が注意するが普通だが、相手は鬼強そうな怪人二人。

 警備員が手早く人払いを済ませてから、マウンテンテレビ専属の民間戦隊が登場する。


「地上波放送を守る、五つの光!」


 マウンテンテレビがプロにデザインを発注した、お洒落でスタリッシュな戦闘服のレッドが、右にブルーとグリーン、左にイエローとピンクを配置して、決めポーズを繰り出しながら登場の名乗りを始める。


「赤くなるまで拭き過ぎる戦士! グレートレッド!」

「青き流れで洗い流す清潔な戦士! グレートブルー!」

「緑で拭き取る自然の戦士! グレートグリーン!」

「黄色に輝く健康な戦士! グレートイエロー!」

「ピンクでピンクなピンクの戦士! グレートピンク!」


 ビロン兄弟…姉妹は、興味なさそうに待ってあげた。


「そびえ立つマウンテン戦隊グレートファイブ!!!!!」

 五人の戦士は、マスクの額に共通して飾られている黄金の入道雲をダブルピースで指差す。


 ビロン兄弟…姉妹は、特にリアクションを取らずに、待ってあげた。

 バビ・ビロンは腰の棍棒を手にしないし、ビバ・ビロンは両手の刃を収納したまま。

 戦闘態勢を、取っていない。


「…もう、待たなくていい、けど?」

 グレートレッドの問いに、バビ・ビロンは受付嬢・花園羅組を指差す。

「彼女の避難が、未だだ」


 余裕で気遣うバビ・ビロンに、受付嬢・花園羅組はキュンとトキめいた。


 



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