第15話 爆風のシマパンダー(2)
巨大ロボ化した東急ハンズ渋谷店を復旧させた黒鉄能代・ブラックスクリーマーは、スクリーマーロボ一号を『バトル・アンコウ』に収納するや、渋谷で有給休暇を開始した。
富士の樹海の秘密基地とその周辺でしか暇を潰せなかった反動で、ハイテンションで遊びまくり…
「…あれ?」
翌朝のホテルのベッド内で、財布に現金が六円しか残っていない現状に気付いた。
「あれれ?」
幾たび確認しようとも、五円玉一枚と一円玉一枚という現実は是正されない。
パンツの中に札束でも挟まっていないかと腰回りを確認するも、無駄。
「やべえ。何で浪費したのか、心当たりが…」
黒パンツ一丁で思案に暮れていると、シャワー室から朝帰りの準備を終えたヤングマンが、朗らかに能代にグッドモーニングを決める。
「おおう、おはよう! 朝からセクシーだね。俺はもう帰るけど。流石に残弾ないわ」
「あ〜(泥棒扱いはマズいな)ココ、先払いだっけ?」
「うん、部屋代は君の奢りだよ。今からでも折半にする?」
性的に満ち足りて仏のような顔のヤングマンは、能代の返事も待たずに革財布から万札二枚を取り出して、テレビの上に散らばる黒蝶ブラジャーの上に重ねる。
「本当はセフレにしたいけど…やめとく」
能代の優しそうな色香の乳首から視線を逸らし、ヤングマンは別れを告げる。
「うん、みんなそう云うね」
若者の財布の強奪を我慢して、能代は笑顔で別れる。
一夜の相手と穏便に別れつつ、能代はホテルの一階で朝食(ビュッフェでフランクフルト二本・とろろマグロ丼・野菜天ぷら140グラム・低温殺菌牛乳二杯)を済ませる。
黒い棺桶型バイク『マーブル・サターン』で道玄坂を下りながら、能代はマトモな金銭感覚を主軸に熟慮する。
「まずはホテル代を節約しないと。放蕩資金が浮かねえ」
能代の金銭感覚は、本社の仮眠室という選択は選ばずに、面白そうな方向へと流れるに任せる。
「うおっと、土産、土産」
コンビニで土産にビール缶半ダースとチーズを買ってから、渋谷の郊外、数寄都下樹美の御宅を訪問する。
リフォームしたばかりの二階建て民間住宅の玄関先で、能代はチャイムを二度鳴らす。
『はい、どちら様でしょう?』
「みんなの遺伝子貯蔵庫、黒鉄能代どえす」
『…あの娘は、富士山の樹海に入ったきり、戻ってこなかったのよ。形見に樹海で置き忘れた水玉模様の下駄を受け取ったわ。バーベキューの時に燃やした』
「姉さん、ボケないで。お土産にビールとツマミを買って来る程度の社会性は学習したから」
『もしもし警察ですか? リアル十七歳が大量の酒瓶を抱えて玄関先に。はい、ゴスロリの出で立ちで仁王立を』
樹美のエア通報にも退かず、能代は玄関を拳で軽くノックする。
「寝場所を貸してくれるだけでいいからさ〜。遊興費を浮かしたいだけだから〜」
玄関が開き、Tシャツにエプロン姿の樹美が能代の肩を抱えて招き入れ、土産を受け取る。
「暇だね? 能代ちゃん」
料理中の人妻の香りを振り撒きながら、樹美は早速ビール缶を一本開けて植木鉢に一気に注ぐ。
植木鉢に居候している雑草怪人ぺプラ(身長30センチ)が、一滴余さずにビールを飲み干し、幸せそうな顔で大の字に寝る。
この家の中に何人の怪人を居候させているのか、たぶん誰も把握していない。数寄都下樹美・ミントスクリーマーの懐の深さは、計り知れない。
能代は、この姉さんが自分よりも遥かにぶっ飛んでいる事を一年ぶりに思い出し、靴を脱ぐのを躊躇う。
「暇なのは良い事だよ、能代ちゃん。おいで。いくらでも寝泊まりおし。自衛隊が甲種合格者を歓迎するがごとく、歓迎するよ」
「あのう、何故に歓迎されているのでせう?」
人様に歓迎されるのは、ドSカフェのバイトでドM客に塩対応して以来なので、能代の警戒心は一般人並みに高まった。
樹美は能代の警戒を解こうと、肩を揉みながら二の腕を胸の谷間に挟んでホールドする。
「暇な奴隷が救世主として歓迎されるのは、当然だよ? 都合のいい奴隷、大好き。愛を注いであげたい」
「…これからこの家で、どんな惨劇が待っているのでせう?」
「これから、ティル《大先輩》をお招きして、飲み会を始めるの。手伝ってくれると、助か…」
「明日に向かって、トライ!」
音速で離脱しようとする黒鉄能代を、数寄都下樹美は羽交い締めにして台所に引き摺り込もうとする。
「大丈夫よ〜。客用の寝床は用意してあるから。ティル《初代レッド》と同じ布団で、明日の朝まで語り合って」
「勘弁してつかーさい、勘弁してつかーさい! 一年も同じ仕事場だったのに、休暇中も一緒とか、拷問でしょ姉さん」
「宴会奴隷。みんなでやれば、怖くない」
引き摺り込まれた台所で、能代は居酒屋を開店できそうな量の酒と肴を目撃する。
そして、酒宴の準備に駆り出された元喫茶系怪人たちを。
昨日、レッドスクリーマーと戦った傷が完治していないのに、嬉々として働いている。
「姉さん、脅かさないでよ。人手なんか足りているじゃないですか」
「節穴眼球め。給仕専用バニーガールを担える人材が、いないでしょ」
能代は、樹美のエロいボディを上下に視認する。
「元有名コスプレイヤーとしては、バニーガールスーツ程度の初級コスプレには興味がないと?」
「う〜ん。分かって欲しいな。この、もてなしはするけれど、ティル《恋敵》を55%以上の本気でサービスしたくない、微妙な心境を」
「恋敵って…姉さん、アンカーベビーは生産済みですやん」
能代は、背後から小さな手で尻をツンツン突かれた。
「黒いお姉さん。アンカーベビーって、なんですか?」
能代は、自分のガーターベルトをガン見している三歳児を見下ろす。
腰を屈めて視線を水平に合わせると、三歳男児は質問の答えを待ちながら、視認可能な能代のエロポイントを興味本位で見回す。
その生気がダダ漏れの瞳は、日本人離れをした碧眼。
「アンカーベビーというのはね…」
三歳児の真摯な質問に応えようとする能代は、樹美に両腕を関節技で固められて玄関外へと強制送還された。
「
「ありがとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…」
関節技からのジャイアントスイングで大きく放り投げられた黒鉄能代は、隣家の生垣を飛び越えて、庭で素振りをしていた鴉色の長髪をした少女へと落下する。
練習用の真剣で素振りをしていた入谷恐子は、隣家から生垣越しに投げられた能代を、『隣家から奇襲のボディプレスをしてきた不審人物』と瞬時に認識した。
「ぬうぅん!」
入谷恐子は、上空から迫る不審人物の胴体を、横一文字に迎撃した。
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