第13話 川の底 異露破(いろは)
【川底帝国】
中二病プリンターを悪用した一連の事件において、元凶と見做される謎の組織。
中二病プリンターは、川底帝国が異世界から輸入、もしくは製造していると目されており、本拠地の特定は全民間戦隊の悲願である。
他の悪の組織との大きな違いは、戦力の秘匿・保持に年月をかけて、大規模攻勢に出た事は一度もない事。
稀に存在が確認されるのは、提携した悪の組織に与力した時。五年間で七人の上級ヴィランが確認されており、八十四名の民間戦隊戦士が死傷。戦隊稼業から消えている。
十三話 川の底 異露破(いろは)
クモ男型怪人店長・大泉太平は、ダーク・アラシの曳く大八車の上で、完全に意識を失った。
川底帝国の支配領域に入る際の恒例行事なので、すんなり受け入れたのだが、目を覚ました場所に面食らう。
五つ星ホテル並みに広くて寛げる寝室で、触りたくなるほどに艶やかな黒い長髪を持つ美女が、皇帝の膝の上で幸せそうに甘えていた。
店長の視線を知るや、ミスドルシャドウは膝の上から退いて桃色ネグリジェを整える。主に下半身を。
川底帝国の皇帝は、恥じずに湿った花弁柄パジャマ姿で気さくに店長に話を振る。
「自分で書いたキャラにセクハラして、二度も殺されるなんて。でも首を回転式にして良かっただろう? 女子中学生の生足で天国に行くのも良い死に方だけど、私に恩を返さずに死んだらいかんよね。
それにしても、なかなかの大根足だったな、あのトマト娘。あれは売れるぞ、店長。殺そうとするのが欠点だけど」
「陛下みたいに、最初からベタ惚れの設定にしておけばよかった」
そこまで恥知らずな設定を自キャラに課せられるかどうかは、店長は自信がない。
そもそも自作のキャラを作者に惚れさせる意味が、わからない。
(奴隷しか求めていないのか、この御仁は)
店長は、複眼に映った皇帝の蛇顔を吟味する。
(求めていないな、奴隷しか)
店長の推測より遥かに酷い皇帝だと知るのは、三分後。
「陽が暮れているのに、謁見の間を整えさせるのが面倒でね。ダーク・アラシには、寝室に直接、君を運ばせた。コスパ良いよなあ、あのサイボーグ」
時間外労働への残業代を気にしているかのように、皇帝は場所選びの言い訳をしてみる。
「敗者の始末を、彼女にさせているのかと」
店長が、正装を整えたミスドルシャドウを盗み見ながら、冗談を口にする。
白と赤の巫女装束を着直したミスドルシャドウは、色気に満ちた爪に神銀の粉を化粧し始めている。
どんな効果を持つ爪なのか、店長は知らずに済む。
「ミスドルシャドウは、誰も殺した事はないよ。優しい設定だ。彼女の戦闘力は機械方面にだけ特化しているから、君はこの部屋で彼女に怯えなくていい」
安心させるような皇帝の物言いに、店長は裏を読む。
自分で手を下すつもりだ、と。
「今日は、君の戦いを見て、いい暇潰しが出来た。直接、労いたくてね」
気のせいかもしれないが。
皇帝は、なんとなく機嫌が良く見える。
「いや、労ってはいけないか。怪人三人が離反。巨大ロボを一機失い、俺好みのメイドロボ店員が沢山大破し、助力した戦闘機が十二機全て撃墜された。
許せないな、戦闘機を十二機も。あれは実際に高額で購入した戦力なのだぞ?!
君の貧弱な妄想から出力したキャラたちと違って、一機八十億円もしたのに!」
気のせいではなかった。
皇帝は、店長を責めたてて機嫌が良く見える。
「賠償して貰うよ。君の体で」
皇帝のベッドのシートが、店長の体を大蛇のように拘束する。
ベッドのシーツにしか見えなかった白い布地に、店長は第三の女のドヤ顔が浮かぶのを見る。
クモ型怪人としての能力全てを上回るハイペースで、店長は絡め取られた。
この寝室は寛ぎの場ではなく、狩場の機能を有している。
嬉々として手を伸ばしてくる皇帝に、店長は最後になるであろう問いを発する。
「入谷朝顔の確保を奨励しておきながら、戦略の不徹底。実は俺みたいなノベルワナビーを間引くためですか?」
「そうだよ。スクリーマーズと戦えば、たいていの者は負ける。負けると、処分してもクレームが発生しない」
敵も味方も利用して踏みつけて使い潰す、外道な皇帝の笑顔が、店長の複眼に焼きつく。
これはもう、絶対に関わりを避けるべき人だったなと、店長は手遅れながらも悟った。
皇帝が触ると、店長の腕は何の抵抗もなく、海蘊(もずく)のように崩れていく。
全てをかき消す超激痛で、店長の自我は壊れた。
寝室の外で控えていたメイドロボ店員一号&二号は、鋭敏な聴覚で店長の断末魔を拾った。
ドアを蹴破ろうと構える二人の目前で、ドアが掌一つ分だけ開かれる。
ドアの隙間からミスドルシャドウの爪が高速で伸び、メイドロボ店員一号&二号の口腔に突っ込まれる。
脳幹ユニットまで爪先を埋め込んで思考回路を瞬時に書き換えたミスドルシャドウは、ついでに一号のスカートに付いた極小追尾装置を取り除いてから、二人のメイドロボ店員に下着の洗濯を命じる。
「あげる」
極小追尾装置をダーク・アラシに投げ渡すと、ミスドルシャドウは私室でネットショッピングをしに向かおうとして、もう一声かける。
「なんか、買う?」
「座布団を」
「座布団?」
「君も買った方がいいかもしれないね」
冗談なのか揶揄われているのか軽いジャブなのか判断つかずに微妙な顔をしてしまうと、ダーク・アラシは寂しげに皇帝の寝室へと消えた。
皇帝は、ダーク・アラシの前で、無防備そうに手酌で白州を飲んでいる。
無防備に見せても、ダーク・アラシは寝室内に隠れた《二つ》の気配を感じ取った。
同業者を何よりも貪り食らう邪な皇帝の接客態度に、ダーク・アラシは屈折した愉悦を感じている。
「フェーズ3のノベルワナビーで中二病プリンターを作れると、嬉しくってね。このクラスだと、巨大ロボの出力も楽だ。レベル違いの物で出力すると、アホが生まれるから困るのだよ」
皇帝は、シーツの中央で息付く、大泉太平店長の成れの果てへと視線を誘う。
ダーク・アラシは、出来立てでヨダレを垂らしている中二病プリンターを見物する。
白いシーツの上で、それは未だ懐中時計への擬態をしてはおらず、ヒトデのように体を広げている。
「こういう幼体でしたか」
「川底帝国が中二病プリンターを景気よくばら撒いているのは、フェーズ3にまで成長したノベルワナビーを収穫する為だ。放流した鮭を獲るのと同じ」
皇帝は、有能な部下に理解を求める。
無差別に同胞を食らっている訳ではないという理解を。
「世界そのものが放牧地とは、コスパが良いですな」
川底帝国に参加したノベルワナビーの行方について、ダーク・アラシは少しも同情していない。
ヤクザに与したチンピラが辿る道筋に、同情の仕様がないのと同じに。
「作ってから二時間は出力しないから、慌てて保護ケースに入れなくて良い」
今日はヤケに情報を開示してくれるので、ダーク・アラシは皇帝が『もっと大きな用事を持ち出す』と察した。
「既に理解していると思うが、私は民間戦隊とは可能な限り接触を避けている。つまり、悪役としての世界征服は一切しない」
仕事をしないとは思っていたが本当にしないつもりだと言われて、ダーク・アラシはショックを更新する。
「しかし、手に入れられる戦力は、入手したい」
皇帝は、出来立ての中二病プリンターで小説作成用ノートパソコンをつんつくつんしながら、意思確認を取る。
「ダーク・アラシ。専用の巨大ロボに興味はあるかな?」
ダーク・アラシは、返答を吟味する。
この邪な皇帝は、ギブアンドテイクを悪用する天才である。
公平な要求よりは、8・2の2を取る方が、美味くいく。
「自分が原作で乗っていた機体を、二次創作で出力していただけますか、陛下?」
「勿論。他人の褌で小説を書く行為を恥じないからね、私は。で、筆が乗ると魔改造しちゃうけど、いいかな?」
「…原型の二割を留めていれば、結構です」
「うわ、この妥協上手! 先に妥協されると、優しくしちゃうじゃないか」
皇帝が早速、大喜びでダーク・アラシの登場するネット小説を読み始めたので、ダーク・アラシは一礼してから退室しようとする。
「ん? 私の読書感想をリアタイしないのかい?」
「逃げます」
皇帝への殺意が湧くリスクを避けるため、ダーク・アラシは長居をしない。
ミスドルシャドウは川底宮殿の自室に戻る50メートル手前で、部屋への侵入者を察知した。
正確には、主導権を更新したばかりのメイドロボ店員一号&二号が、室内の不穏な気配を察知して通報してきた。
脳内無線LANで部屋周辺の監視カメラ映像を閲覧。アホで名高いビロン兄弟が、浴衣姿でいそいそと部屋に不法侵入する様子を確認する。
これ以上は視認も想像もしたくないが、ミスドルシャドウは室内の様子を確認する。
ビロン兄弟は、ミスドルシャドウの使用済み座布団に顔を埋めて感動していた。
見られている事に気付き、フェチ没頭を中断して周囲を見渡す。
「この部屋が覗かれているね、兄さん。…弟だっけ?」
「美人の部屋を覗き見るなんて許せないな、弟よ。…兄さんだっけ?」
ミスドルシャドウが知る限り、体格のいい目つきの鋭い方が兄バビ・ビロン(牛鬼型怪人)、細身でビーム照射機能付きメガネをかけている方が弟ビバ・ビロン(カマキリ型怪人)である。
本人たちは、未だに迷っているが。
「何で見かけた時に止めてくれなかったの?」
無線LANでダーク・アラシに音声メールを送ると、素っ気無い返信が来る。
「あの二人を一度に相手にしては、俺でも危ない」
その戦力査定を聞いて、ミスドルシャドウは自力でのビロン兄弟粛清を思い止まる。
手持ちの戦力『八十四体のA級戦闘ロボ軍団』を投入すれば殺れる事はやれるが、彼女の皇帝はコスパの悪い行為にはイライラする御仁である。
ミスドルシャドウは、コスパの良い処刑方法を選択する。
十五分後。
ミスドルシャドウの私室で寛いでいた変態兄弟は、緊急勅命メールを同時に受信する。
その場で正座して拝読。
『ビロン姉妹へ。
シマパンダーの正体を突き止めて、奴の持つシマパンを全て奪って来い。
この命令を果たすまで、川底帝国の施設利用を一切禁じる。
川底帝国 初代皇帝ファディア一世より
ミジンコ二匹分相当の愛を込めて 』
「出番が来てしまったね、兄さん。…弟だっけ?」
「出番が来てしまったな、弟よ。…兄さんだっけ?」
悪事に邁進しないマイペースな『なんちゃって悪の組織』川底帝国の空気に完全に馴染んでいるビロン姉妹は、これが事実上の刑罰であると承知している。姉妹と兄弟を平気で間違えるほどにポンコツな姉妹だが、皇帝陛下はこういう遠回しで手が汚れない処刑方法を好む事は理解している。
アホなので、その部屋で性的に寛いでいる事への刑罰だとは理解していないが。
「シマパンダーの現住所って、タウンページに載っているかな、兄さん。…弟だっけ?」
「ワイドショーで見る限り、シマパンを食べて生きている変態ヒーローらしいぞ、弟よ。…兄さんだっけ?」
アホであろうとも、兄弟は思案を重ねる。
「タンスの下着段を開けて、全てのおパンツがシマパンの女性が、きっとシマパンダーだよ、兄さん。…弟だっけ?」
「う〜む。詳しそうなワイドショーのお姉さんに、ニュースソースを教えてもらうか、弟よ。…兄さんだっけ?」
「ワイドショーのお姉さん? マウンテンテレビの更紗さんに、直接頼むのかい、兄さん? …弟だっけ?」
「まさにまさに、勅命を果たす為であるから、更紗さんにジャンピング土下座をしながら接近せねば。これは芸能人へのストーカー行為ではなく、お仕事上の都合である。土下座をしながらの請願は、決して犯罪行為ではない。渋谷へ向かうぞ、弟よ。…兄さんだっけ?」
アホであろうとも、いや、アホだからこそ、ビロン兄弟は正解に近付きつつあった。
「出征する前に、お守りの毛を拾っておこうか、兄さん。…弟だっけ?」
「直に頼めば、憐れを催して目前で切って渡してくれるかもしれないぞ、弟よ。…兄さんだっけ?」
「早く出て行きなさいっっ!!」
部屋から出ていこうとしないアホ兄弟に業を煮やし、ミスドルシャドウが室内の殺虫機能を起動して追い出しにかかる。
アホ兄弟…姉妹が去り、メイドロボたちが室内の浄化をする間。
食堂で海鮮チャーハンとマンゴープリンを食べながらミスドルシャドウは、初めから殺虫機能を使えばコスパ良かったかもしれないという考えを忘れたくて仕様がなかった。
ホットココアを鯨飲しながら、必死に落ち着こうとする。
食堂に、ダーク・アラシが茶を飲みに入ってくる。
川底帝国で最もセクハラを受けている超絶美女に黙礼しつつ、ダーク・アラシは窓際の席に赴く。
テレビから、ハウス先生が「間違った答えをわざわざ口にしなくていいぞ」と弟子を馬鹿にするシーンが流れた。
視聴者二人は、その忠告を受け入れた。
次回予告
シマパンダーのシマパンを狙って、アホのビロン兄弟(…姉妹だっけ?)が更紗に迫る!!
たまにはシマパン以外も買えよ、シマパンダー!
次回「爆風のシマパンダー」を、善意の第三者と観よう!
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