第二部 大連戦編

第8話 アタック・ザ・キラー飛芽 A(アテンション)パート

【東急ハンズ渋谷店】

 面白そうな雑貨を豊富に揃える、総合雑貨店のトリックスター。

 特に渋谷店は、館内が段差のある三つのフロアに分かれているトリッキーな建築で名高い。

 散歩するには面白いけど、買い物するにはちとめんどいという、悩ましいスポット。




 八話 アタック・ザ・キラー飛芽 A《アテンション》パート


 ブルースクリーマーの停職が解けないまま、飛芽がレッドの戦闘服をもらっても本格的な出動がないまま、会社のカレンダーに紫陽花が映える頃に。

 伊藤飛芽に、初めての正式任務が言い渡された。


 朝顔と同じ中学校に通うのが初任務と聞いて、トマト怪人トメートゥ改め伊藤飛芽・レッドスクリーマー(仮)は、燃えた。


「はーはっはっはっはっは!! 今時のメインシナリオが、この我輩に! 運命の神は、戦隊レッドへの采配を心得ておられる!」


 入谷恐子は隣で、死んだマンボウのような目をしながら、持っていたリンゴにボールペンを突き刺した。何度も。何度も。何度も。

 そのまた隣の数寄都下樹美は、パイナップルも差し出す。


「…赤いパイナップルを刺したいであります」

「重症か!」


 岸司令は、すかさず勘違いを正す。


「極秘の護衛任務です。敵の怪人が出ない限り、変身は禁止。最優先は朝顔ちゃんの安全ですが、他の中学生も必ず守るように」

「分かりました。その他のモブ生徒も、義理で守ります。可能な限りー」


 理解の半端な返事に、岸司令は条件を詳しく説明する。


「守る意味を、狭く捉えないように。怪人が現れても、学校の授業を中断させたりしないように。速やかに学校の外に敵を誘導し、学校側の運営に負担をかけないように立ち回ってくれ。これが守れないと、学校側で朝顔ちゃんの受け入れを諦めてしまう可能性が高まる」


 妹の話題に、鬱々としていた入谷恐子の両眼に理性が戻る。


「学校側が朝顔の放逐に踏み切った場合は、関係者一同を一人ずつ…」

 取り戻しても、あまり役に立たない理性だった。

「そうなる前の段階で防戦しろという話だ」


 ゴールド金沢は、入谷恐子の肩を抑えて揉みながら着席させる。


「五年間、俺たちはそうして済ませてきた。イリヤも出来るようになれ。って、出来るよな? 出来なければ、他の適当な民間戦隊にトレードする」

「トレード?!」


 ゴールドなら本当にやりかねないので、入谷恐子は数寄都下樹美に縋り付く。


「トレードするなら、レッドで貰ってくれる民間戦隊に飛ばして欲しいであります」

「後ろ向きでも欲望に忠実なその姿勢、よしよし」

「肯定するな、面白がって。ティルの件だって、未だ済んでいない」


 ゴールドスクリーマー・金沢さんは、場を掻き回そうとする樹美に牽制を入れる。

 暇を持て余した樹美の行動は、先に止めておかないとロクでもない方向に転がる。

 本来のレッドスクリーマー(出張中)の戦闘服を勝手に飛芽に渡した件については、あくまでという説明で謝り倒し、今もゴールドによるご機嫌伺いが週二ペースで続いている。


「そんなに怖い人でありますか? ティルという御仁は?」


 入谷恐子の問いに、ゴールド金沢は分かり易くも誇張抜きで答える。


「例えば目の前に、セクハラ発言をする戦隊のフレンズがいるとしよう。俺やイリヤなら、そいつを直接殴り倒すだけで済ませる」

「イカにもであります」

大先輩ティルの場合なら、その戦隊の秘密基地に攻め込んで責任者にも土下座させた上で、見せしめに秘密基地を半壊させた上に、食堂の冷蔵庫からプリンを強奪する」


(これ、たとえ話ではなくて、実話でありますな?)

 入谷恐子は、ストレスで嫌な汗が出始めた。


「土下座しても半壊でありますか?」

「土下座すれば、半壊で済ませる」


 ゴールド金沢は、いい加減な笑顔で同意を求める。


「優しいだろ?」


 その会話以降、飛芽に対してジト目だった入谷恐子が優しくなった。

「ワッフルを食べるであります」

「不審げな優しさを発揮されても…」

「ハチミツをかけてあげるであります」

「いただきます!」


「なんとか二人の関係が修復できたな」

 岸司令の安堵に、ゴールドは自虐的に答える。

「どうせ大先輩ティルが帰ってきたら、みんなまとめてシバき倒される仲ですから」

「それだけで済むじゃないか」

 岸司令の慰め方も、大概だった。



 飛芽は中学校に入る準備を整えるべく、東急ハンズへ向かう。

 中学校で必要な道具を揃えるならばと、朝顔も同行。

 菫色のワンピース(ムームー)という肩&頸周りの露出多めの装備で横を歩く朝顔に、飛芽のテンションは上がった。


「ふっふっふ。レッドになった途端に、眼鏡っ娘女子中学生とデート。まさに我輩を中心に木星が回り始めた!」


 東急ハンズ渋谷店の鈍行エレベーターを待ちながら、朝顔は念の為に確認のツッコミを入れる。


「飛芽。ここは、地球」


 飛芽は、発言内容を五行遡って吟味し、己の地理知識を疑われている事実にプチ憤慨する。


「やだなあ、朝顔ちゃんはー。ボケに確認ツッコミ入れてー。ここが地球だって分かっているよー。太陽系第十三惑星だよー」

「…学校への編入試験には、地理や天文はないよね」


 朝顔は、飛芽の脂汗に満ちた顔を不憫に思い、些細な間違いには追撃をしない方針を決めた。


「まあ、いいか。最上階から順々に、各フロアをグルグル回って行こう。この建物は、そうやって見回ると楽しいの」

「ねえ、教えて、朝顔先生。地球は何番目ですか? 28号?」


 最上階から螺旋状にフロアを回りつつ、二人の女子中学生はワイワイとテンションを上げる。

「赤いホチキスが三種類あるよ?!」

「迷うなあ。全部買おう」

「無駄豪遊禁止!」

「選択肢が理不尽だ!」

「赤い筆箱が五種類あるよ?!」

「シャアザクな筆箱で決定! 反論する奴は前に出ろ!」

「出るよ!」

「出たよ?!」

「こっちにトマト模様の筆箱あるし」

「朝顔先生。シャアザク筆箱がいいです」

「真田丸の赤備え筆箱は?」

「攻めなさるのか?」

「ハウスのバーモンドカレー筆箱もあるでよ?」

「佞言、てんこ盛り!」 


 一日では終わらない気がした買い物が二時間で済むと、女子中学生二人は腹が減った。


「朝顔。我輩の顔を食べなよ」

「頚動脈を喰い千切るだけでいいです」

「ボケにグロで返さないで!」

「あ、三段パンケーキ」


 そこには、三つのフロアに外付けで継ぎ足されたかのような喫茶店が増設されており、ショーウインドウにはパンケーキやカレーの見本が展示されている。

 チープな看板、ソフトで落ち着きのある内装、手書きの丸文字メニューを外から覗き見た朝顔は、この店のコンセプトに琴線を弄られた。


「『スナックアマゾン』ですか。スナックサファリへのオマージュかな?」


 入谷朝顔は、スーパー戦隊を愛する者なら知らぬ者はいない店を想起しながら、入口を潜る。

 飛芽も、ほぼ同時に入店する。


「いらっしゃいませ、主人公様」


 やや変わった挨拶をするメイドロボ店員一号(ボブカット、能面ブリキ面、縫い目はリベット式)が、飛芽の矜持を『ぐわしっ!』と握った。


「いやあ、わかる〜〜?」


 照れる飛芽に、メイドロボ店員一号は和かに勘違いを正す。


「大根足のトマト怪人ではなく、眼鏡っ娘美少女の方に決まっているでしょ」


 メイドロボ店員の全身から、慇懃無礼のオーラが飛芽を撃つ。

 飛芽は両腕の人差し指をメイドロボ店員一号のブリキ面に向けて、迎撃の用意をする。


「お前、正式にクレーム付けて泣かしてやるから、店長を呼べ」

 

 一般のサービス業ならば致命的な飛芽の文言を受けて、メイドロボ店員一号は不敵に笑う。


「呼んで参りますので、お席でお待ちください。主人公様と、オマケのトマト怪人様」


 くっくっくっくっ、と含み笑いを残しながら、メイドロボ店員一号はバックステップで50センチずつ引っ込んだ。

 


「カレーだ、カレー! このアマゾンカレーを激辛で五皿持って来い! 戦隊レッドの本気を見せてやる!」

 客席で息巻く飛芽と違い、朝顔は店の雰囲気に寛いで注文を決める。

「んーとね。ブルーベリーソースの三段パンケーキと、キリマンジャロ。ミルク抜きで」

 注文を電子脳にメモったメイドロボ店員二号(ショートカット、泣きぼくろ付き美少女顔、縫い目は荒い手縫い)が、復唱する。

「ブルーベリーソースの三段パンケーキと、キリマンジャロ、ミルク抜き。アマゾンカレーをカツ抜きで激辛…五皿?」

「五皿」

「つまりファイブ?」

「紛う事なく、ファイブ」

「大戦隊ゴーグルファイブのファイブ?」

「くどいなあ。カレーを五皿注文するのは常識だよ、常識」

「ならば問題ないですね」


 えへへへ、と笑いながら、メイドロボ店員二号は空中を三回転半しながら引っ込んだ。


 この店は、ひょっとしたら尋常ではないかもしれないという懸念は、二人の女子中学生の頭には湧かない。


「いい店だねえ」

 朝顔は寛ぎ、

「店長がメイドロボ店員に土下座を仕込んでいるかどうか、すぐに判明するだわさ」

 飛芽は大根足呼ばわりで脳が煮えていた。



 スナックアマゾンの店長・大泉太平(三八歳、薄ら禿げ、料理人兼ノベルワナビー)は、メイドロボ店員一号からの報告を聞いて、固まった。

 メイドロボ店員一号が頭を平手でペシペシ叩くと、店長が再起動する。

「朝顔で間違いないのか? あの入谷朝顔がっ、ついに網にかかったのか?!」

「間違いないですよ? 川底帝国から最優先で確保するように言われているのに、誰も手を出せなかった、あの入谷朝顔です」

 大泉太平店長が再び固まったので、メイドロボ店員一号が再び頭を平手でビビビビと叩く。

「そうだ民間戦隊! 朝顔の周囲を護衛している民間戦隊は?!」

「一人です」

「え?」

「一人だけです」

「・・・いや、一人だけでも、助けを呼ばれたら、それまでだし・・・囲まれてボコボコにされるし・・・」


 チャンスでも腰が引けている店長に対し、メイドロボ店員一号は怨嗟のカードを見せる。


「そのたった一人は、裏切り者のトマト怪人トメイトゥです。今、のうのうとカレーを食べています。五皿も」


 その名を聞いて、大泉太平の空気が変わる。

 形相が変わる。

 体型が膨れる。

 シェフの衣装から漆黒のマントが飛び出し、川底帝国にクモ型の中ボス怪人へと改造された体を隠す。


「東急ハンズ渋谷店には迷惑をかけるが・・・喰らうぞ、この天佑」


 メイドロボ店員一号は、拍手をしながら同僚たちに招集をかける。

 休憩中や非番のメイドロボ店員たちに。

 店長が中二病プリンターで呼び出して各地に潜伏させている怪人たちに。

 川底帝国が前から約束してくれた派遣戦力に。



次回予告

 ついに登場した中ボス!

 ついに名前だけ登場した敵の秘密組織!

 カレーを五皿も食べている事態じゃないぞ、伊藤飛芽!

 だけど食べながら戦うのが戦隊ヒーローだ!

 次回「アタック・ザ・キラー飛芽 Bパート」を、みんなで見よう!

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