第4話 あ〜ららら女神様
【渋谷スクランブル交差点】
渋谷駅ハチ公前に広がる、スクランブル形式の交差点。
一回の青信号で約三千人が通行する壮観な光景は、海外からの観光ツアーにも組まれる程に有名。
ハロウィンや大規模な祝事が起きた際には、発作的に群衆が集中する面倒な場所でもある。
映画「バイオハザードⅣ アフターライフ」にも、日本でゾンビ感染が大量発生する場所として登場している。
四話 あ〜ららら女神様
四月中旬。
初めての給料日(明日)を、入谷恐子は戦々恐々と待ち侘びた。
停職中なので給料は支払われないのだが、岸司令がこっそりと「前借りって形で、払っておくから。温順しくしていてね、温順しく(←ここ重要)」とは言ってくれた。
ただし、働いたのは二週間だけである。
半額は確実な上に、減俸も加わる。
初給料は、十万円を切るだろう。
月に四万円は家に入れると約束しているので、更に目減りして五万円。
携帯電話の契約料金と定期購読している雑誌代とスマホゲームへの課金を引いて、三万円。
三万円。
女子高校生だった先月までなら大喜びの金額であるが、社会人としては切ない。
縁側で青空を見上げて呆けていると、庭で10kg鉄アレイを持ったままラジオ体操をしているトマト怪人トメイトゥ改め、
「賞金、分けてあげるから、受け取りなよ」
一回しか使用されていない上物の中二病プリンターを持参して投降した飛芽に対し、国際特殊警備会社ブルーストライプは、賞金を弾んだ。
「百万円あるから、十万円くらいなら恵んであげるよ?」
「大事にとっておくであります。飛芽は、無職の居候でありますよ」
「身分証が発行され次第、働くよ。スクリーマーズのレッドが、空いているし」
「ふううん」
あまりに大胆な『戦隊のレッドになる宣言』だったので、入谷恐子の脳みそで一度に対処できる情報量を、超えた。
入道雲が発生して視界から消えるほどの時間が経ってから、入谷恐子はシャワーを浴びに行った飛芽を追撃する。
「風雲が急を告げているであります」
「ドアを閉めろ。これがアニメだったら、我輩の体は湯気で不自然に覆われているシーンだ」
「敗れたり、トマト怪人。シャワー要員が、レッドに採用されたりはしないであります」
いつになく常軌を逸しているイリヤに、飛芽は勘付く。
「イリヤ。ひょっとして、レッド希望だった?」
「戦隊に憧れて、レッドを目指さない人間はいないであります」
「いいから、閉めろ」
三十秒遅れで失礼に気付いた入谷恐子は、飛芽がトマト下着とトマト・ワンピースとトマト・ニーソを着直して現れるまで、居間でプリンを食しながら気を落ち着かせた。
二週間で元居た投稿小説と現実世界のギャップを学んだ飛芽は、コーヒー牛乳を飲み干してから気合を込めて天然主人公に向き合う。
「話の続きだ、イリヤ」
「承知であります」
「吾輩の特技はトマト栽培・トマト加工食品製造ではあるが…ぶっちゃけ、食品産業は雇ってくれない」
飛芽は、苦虫を噛み殺した顔で現状を語る。
「食品系の怪人は、食べさせた相手を支配化におけるタイプが多い。吾輩には全くない能力だが、風評を恐れて、企業は及び腰だ。吾輩と同じ境遇の納豆怪人や鮒寿司怪人も苦戦している。熊鍋怪人だけはバカ売れしているけど、あれは例外とする」
入谷恐子は神妙に話を聞きながら、二個目のプリンを断念して飛芽に渡す。
「吾輩が萌えキャラでイロモノキャラだという設定を活かし、メイド喫茶や娯楽施設からの好条件を待っていたが、この方面は先達たちが好評過ぎて、既に飽和状態だと朝顔から教わった」
飛芽はスプーンを使わずにプリンをカップごと口の中に一息に放り込むと、噛み砕いてカップの破片だけを器用に吐き出した。
「やはり最適にしてベストの選択は、民間戦隊に就職して、正義の味方として命がけで戦う姿を見せて名を上げる事だと断じた」
「他の民間戦隊は、検討した上での決断でありますか?」
ライバルを減らそうとする入谷恐子の下心は、飛芽に一蹴される。
「朝顔と相談し、岸司令とも面談した上での話だよ。吾輩も、世話になっている戦隊で働きたいし」
まともに吟味された意見に、入谷恐子は反論の糸口を一つしか見出せなかった。
「レッドスクリーマーではなく、トマトスクリーマーで、どうでありますか?」
「(舌打ち)これだからシマパンダーは」
ぎゃーすかと騒がしく不毛な喧嘩をしていると、イリヤ母が客の来訪を告げる。
「名指しでお客様が来たわよ、シマパンダー…居留守を使った方が、よかったカシラ?」
帽子から頭の髪型、ビクトリア・ブラウス、バレル・スカート、ニーソに至るまで、黒白のシマシマ模様。
ゴールドやミントと出会う前の入谷恐子であれば、気圧されていたであろう、強気視線の二十代前半美女。
お洒落で粋な麗人は、一部の隙も揺らぎもなく、通された居間で入谷恐子をガン見したまま挨拶を始める。
「チョココロネ怪人チョコーネ改め、黒縞智代子。
宗教団体シマシマドリルの神官を務めております。
本日は、交渉役として参りました」
名刺を受け取りながら、入谷恐子は愚考する。
「チョコマンとお呼びするのが妥当でありますな」
「妥当の意味が分かっとんのか、この…智代子とお呼びくださいませ」
入谷恐子のアホさに言及する行為を強制停止し、黒縞智代子は交渉を始める。
「えー、おほん。当教団は、シマパンを崇め、シマパンを穿く事で、シマパンの力を得ようというユニークな教義の宗教団体で…」
「馬鹿でありますね」
率直すぎる入谷恐子の発言に、飛芽は宗教団体との戦争勃発を懸念したが、事前情報を把握している黒縞智代子は動じない。
「私自身、チョココロネの力で渡世をしのいでおります。シマパンにも、同様の『力』がっても、おかしくはないのですよ」
「おかしいであります」
入谷恐子の『マトモな人間が江戸しぐさ信者を見るような視線』にも、黒縞智代子は動じない。
「常日頃、様々な一品から力を引き出して戦う怪人たちと戦っておられるではありませんか。シマパンだけ除外する方がおかしいのです」
「確かにおかしいであります」
入谷恐子のチョロさに、横で観戦している飛芽が仰け反って頭を抱える。
「是非、シマパンダー様にも、この力を実感して頂きたい。そして、教団に加わって下さい。時給は…」
「シマパンダーと呼ぶな」
言うより早く、入谷恐子の水平チョップ型ツッコミが黒縞智代子の顔に放たれる。
だが、入谷恐子の攻撃が当たっても、黒縞智代子は鼻血しか出さなかった。
「通じませんよ、シマパンダー様。そう。私の力は、原典の小説よりも、二倍以上に増幅されています。何故か、もうお分かりでしょう」
「いえ、そもそも軽いツッコミであります」
鼻血を抑えながら、黒縞智代子はスカートを捲って黒白のシマパンを見せる。
「チョココロネの力に、シマパンの力を上乗せしているからです!」
「見せなくていいであります」
横で観戦する飛芽は、この痴女をイリヤが始末してしまう可能性が高まったので、清掃用具を用意し始める。
「他にも、チョココロネ百二十個分の威力を誇る必殺技が、二百五十五分の威力と成りました。素晴らしい力が加算されるのですよ、シマパンは」
「別にシマパンに限定しなくても、シマパン以外の品でもよろしいのでは?」
黒縞智代子は、待っていましたとばかりに入谷恐子の手を握って本調子に入る。
「シマパンは特別なのです。シマパン教団シマシマドリルの公式聖典によれば、銀河の生成に関わった大宇宙の女神グレートレミア様の脱ぎ捨てたシマパンが地球になったのです。地球は、シマパンそのものなのです。シマパンこそが地球なのです。シマパンを穿く事で、生命は地球と一体化して膨大なパワーを得られるのです。シマパンダー様は、ずっとシマパンだけを穿いていらしたから、穿いていない時のデメリットが分からないのですわ。どうでしょう? 試しにノーパンの状態で私と戦ってみませんか? シマパン抜きでは力が出せないと証明して差し上げます、わっ」
入谷恐子がマジで放った手刀を、黒縞智代子は身を屈めて躱そうとする。髪の房が一部斬られ、中からチョコクリームが垂れてくる。
「この威力!? 今日もシマパンを穿いておられますね?」
入谷恐子は、床に伏せた黒縞智代子を見下ろしたまま、無言でシマパンを脱ぐ。
脱いで飛芽に預ける。
「貴様らの宗教は全て、
黒縞智代子は髪からの出チョコクリームを応急処置で止めながら、畏敬の視線を入谷恐子に向ける。
「明日の正午、渋谷スクランブル交差点で。私のシマパンを奪えれば、シマパンダー様の勝ち。私がシマパンダー様のブラジャーを奪えれば、私の勝ち。
私が勝ったら、シマパン教団シマシマドリルの女神として雇用されて下さい」
「女、女神?」
聞きなれぬ職業名に、入谷恐子は戦闘モードが解ける。
「はい、女神です。教団の顔です。看板です。エースです。アイドルです。マドンナです。カードキャプターさくらです。日曜日のミサ配信では、下半身をシマパン一丁にしてお言葉を与えて下さい。ゴーストライターも完備しております」
そのセリフを聞いて、入谷恐子は勝った時に要求する内容を『スクランブル交差点で一分土下座』から大幅に上げる。
「自分が勝てば、シマパン教団シマシマドリルは二度と自分に話しかけないと約束するであります!」
「子供か」
呆れつつも、黒縞智代子から畏敬の視線は衰えない。
「シマパン教団シマシマドリルの神官として預言しましょう。明日の正午三分過ぎには、シマパンダー様は教団の女神として、時給三万円で雇われる身になっておられるであろうと!」
入谷恐子は時給三万円という単語に固まり、高笑いをしながら入谷家を後にする黒縞智代子に対して何のリアクションも示せなかった。
固まったまま動かない入谷恐子にシマパンを穿かせ、飛芽は確認をとる。
「和解して、転職する?」
「ば、ばかを言うなであります」
「時給三万円だよ?」
「金に釣られて、変態宗教の走狗と化すような戦士に見えるのでありますか?」
「時給三万円だよ?」
「・・・コスパよりも、やり甲斐であります」
「時給三万円だよ?」
「朝顔に相談するであります」
入谷恐子は心が折れそうなので、入谷家で唯一真っ当な人物に相談を決める。
中学に入って文芸部でのラノベ駄弁りに精を出す入谷朝顔は、午後五時を過ぎてから帰宅した。
姉様から事の次第を聞くと、即忠告。
「姉様。ノーパンで戦うなら、ズボンを穿きなさい。ベルトもしっかり締めて」
「おお、これはしたり」
ノーパンなのにスカートで戦う気だったイリヤに、飛芽は目眩を感じた。
姉様よりも姉様を理解している朝顔は、更に忠告する。
「場所が危険よ。人が多過ぎて、伏兵が紛れていても、全く分からない。見分けも困難。ブルースクリーマーに変身してから戦って。あれなら、通行人の方で避けてくれる」
「いや、停職中でありますから…」
「緊急時は、停職中でも変身してもいいって、マニュアルに書いてあった」
「そうでありましたか」
飛芽は、『それって覗き読みしちゃいけないし、覗き読みさせてもいけないマニュアルじゃね?』とツッコミを入れかけたが、控えた。
朝顔だけは敵に回してはいけないと、飛芽の怪人としての勘が告げている。
「朝顔。時給三万円の話は、どう思う?」
モジモジと尋ねる姉様に、朝顔はキッパリと断言する。
「戦士にパン見せ女神をヤらせようとするバカどもなんか、相手にしないで!」
燃える眼鏡っ娘は、親指を下に向けて『やっちまえ』と姉様を鼓舞する。
後に、飛芽は回想する。
入谷家で一番イかれているのは、朝顔であったと。
それが分かっていない事が、入谷恐子の最大の弱点であると。
次回予告
他人の迷惑を顧みず、遂に始まる下着争奪デスマッチ。
降るか渋谷に恥の雨が。
どちらが勝っても、ビジュアル的にアウトゥ!
次回『シマパンダー・タイフーン』を、不特定多数で見よう!
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