第2話 ウルトラマンの制限時間三分は、世間の誤解から生まれた(前編)
【まんだらけ渋谷店】
ありとあらゆるジャンルのオタク商品を扱う古本漫画店の渋谷支店。コスプレ店員のレベルが最も高く、人気投票は熾烈を極める(最下位は問答無用で解雇)。
サブカルちっくなビルの地下二階という環境から、素人は絶対に紛れ込まない魔窟である。
二話 ウルトラマンの制限時間三分は、世間の誤解から生まれた(前編)
岸モリー司令が芸術的な根回しを発揮して渋谷の地下に支部を獲得したという話を聞いても、入谷恐子はピンと来なかった。
そもそも渋谷の地下に、地下商店街より大きな空間が在るという自覚が全くなかった。
渋谷駅の地下十三階〜二十八階を日本政府から借りた国際特殊警備会社ブルーストライプに就職して二週間目にして、入谷恐子は一度も迷わずに戦闘警備課のある階層に辿り着けた。
早めに着けば変身する前のゴールドスクリーマーの私服が見られると期待していたのだが、仕事前のミーティングの時点で、彼女は完全武装だった。
「なんだ露骨に失望しおって。着替え中のガーターベルトでも瞼に焼き付けたかったのか?」
フェイスガードは外しているので、拷問に使えるほどに美しい金髪ツインテールの碧眼が直接、入谷恐子の裸眼に突き刺さる。
後輩の好奇心に、容赦がない。
「痛っ、目が! 目が〜〜!?」
入谷恐子は、古典的ボケで場を流そうと励む。
「要らん芸風を増やしおって。司令が来るまでに、着席しろ」
「もう来ているよ」
会議室の上座に、ドアの開閉を全く察知させずに、初老・痩身の男が立っている。
穏やかな声が発せられてようやく、室内の全員が岸モリー司令に気付いた。
ベテランから新人までギョッとさせた男は、爽やかに和かに朗らかに、会議を始める。
「とある古本漫画店に、中二病プリンターの存在が確認された。潜入し、極秘のうちに、作動前に回収したい」
入谷恐子に視線を向けた岸モリー司令は、新人にも分かり易いように説明を加える。
「他の民間戦隊と違い、我々の目的は中二病プリンターの確保・解析だ。根源を突き止めて叩かないと、戦いが終わらないからね」
柔らかい物言いだが、忘れる事を許されない内容だとは、ズレている入谷恐子でもすんなりと理解した。
「悪用される前に回収する仕事は初めてだね? 今回は大太刀を振るえない環境での極秘行動だ。先輩たちと行動方針を再確認するように」
岸モリー指令は、そこまで話すと速やかに退室する。
会議は平均して十分から十五分で終わる。
入谷恐子が父にその話をしたら、『うわっ、くっっそ、優良企業じゃねえか! 俺の会社なんか、トイレの標識一つで二時間揉めたのに』と微妙なリスペクトをされた。
会議室にいた各部署の面々も退室を始め、室内は戦隊メンバーの三人だけになる。
ゴールドスクリーマーは、若干目の圧力を弱めながら、入谷恐子に口を開く。
「で、イリヤは渋谷っ子だろ。この店に行った経験は?」
「妹の付き添いで、週に一度は行っているであります」
「過保護だな。付近に交番もあるのに」
「荷物持ちであります」
「・・・」
「主従関係?!」
呆れて開いた口が塞がらないゴールドに代わり、私服のミントスクリーマー・数寄都下樹美がツッコむ。
「無骨な自分と違い、華奢な文系少女であります。荷物の持ち過ぎは、生死に関わるであります」
「仲良いんだね」
数寄都下樹美の笑顔は、戦闘時以外は人懐こい甘みがある。
数寄都下樹美は社交性のオメガ高い女性で、ゴールドのように先輩風を吹かせないし、名前も素顔も私服姿も入谷恐子に惜しまない。
ファッションセンスも抜群で、今日は胸にハートマークの胸当てが付いた緑色のキャバルリーシャツと橙色のラップキュロット・スカートで決めている。
そして、発言が一番、予測が付かない。
「ねえ、ゴールド。今回は、イリヤに仕切らせようよ」
「自殺の趣味はない」
無慈悲に却下したゴールドに、樹美は目を半眼にして首に人差し指を当てる。
「金沢く〜ん」
「言うなよ」
ゴールドの本名が日本名らしいので、入谷恐子は二ミリ転けた。
「いい加減にイリヤへの態度を改めないと、イリヤに全部バラして巻き込んじゃうぞ?」
この先輩二人が何を極秘にしているのか勘繰る前に、ゴールドは前言を撤回する。
「よし、仕切れイリヤ。馴染みの店なのだろう? 壊さないように、ガンバってもらおう」
ゴールド金沢さんの隙のない営業スマイルを見て、笑顔は顔の筋肉に過ぎないと思い知る、社会人二週間目の入谷恐子だった。
変身したまま目的地に着くと、極秘戦隊スクリーマーズはエレベーターで地下二階に降りる。
ゴールド金沢さんは、入り口前の自販機付近で出入りを監視する。店内で不測の事態が起きた場合、封鎖もする。というか、変身を解除しようとしないゴールド金沢さんは、店内には入れない。
「ゴールドの出番は、ないでありますよ」
「そうありたいね。つーか、そうであれ」
無許可でゴールドスクリーマーの姿を撮影しようとする一般客をデコピンで泣かしながら、ゴールド金沢さんは入谷恐子の豪語をスルーする。
数寄都下樹美と入谷恐子は、極秘戦隊スクリーマーズのコスプレをした客を装う為に、マスクは外して入り口前のロッカーに預ける。
「万引きや強盗防止のため、マスクや手荷物は入り口前のロッカーに預ける決まりであります」
「合点承知!」
数寄都下樹美はマスクのみならず、ドラムスティックにトランペット、エレキギターに和太鼓までロッカーに入れる。
どこに持っていたのだろうという疑問を、入谷恐子は遠慮する。
「イリヤの刀は?」
「会社に置いてきたであります」
間抜けで知られる入谷恐子でも、大太刀を持って地下の店に行こうとはしない。
「あらまあ、びっくり。てっきり、日本刀から五分以上離れると死んじゃう病気かと」
「奇っ怪な説でありますな」
軽いボケをこなして、ようやく入店する寸前。
入り口前に設置された、コスプレ店員の人気投票ブースに張り出されている写真の一覧を見て、入谷恐子はフリーズする。
どう見てもブルースクリーマーのコスプレをした店員が、写真の中でコスチュームの上にシマパンを重ね着している。
大声をあげながら暴れ出そうとした入谷恐子を、数寄都下樹美が口を塞ぎながらコブラツイストで身動きを封じる。
「もんがああ…もぐぉ(許せん! 斬るであります!)」
「仕事中だよ、イリヤちゃ〜ん?」
「もんがあっんんんんううぐぅ(悪質なデマが、ここで結実しているであります! 無礼討ちにするであります!)」
「それに、これはシマパンダーのコスプレであって、ブルースクリーマーじゃないよ? ドナルド・ダックとダック・ザ・ハワードくらい違うキャラだよ?」
「もんがごおこもがもがもごご(世間から同じキャラだと認識されているから問題なのであります)」
「んー、そうか。じゃあ、二人で並んだ写真を、ネットに流そう。バカでも違いが一目で分かるよ」
「もがごっど!(良案であります!)」
適当に言い包められた入谷恐子は、入店すると仕事を忘れてシマパンダーのコスプレ店員を探し始める。
その様子を見ながら、樹美はゴールド金沢に極秘回線で呟く。
「あー、一人で探すわ」
『変身を解いて、極秘で合流しようか?』
「過保護ね」
『俺が確実に中二病プリンターを確保したいだけだ』
「イリヤちゃんが金沢くんの正体に気付く方に、晩御飯代賭ける」
『気付かないだろ』
「待機していて。今日はイリヤちゃんに任せて」
『怖い。あいつ、バカすぎる』
先輩二人の心配を他所に、入谷恐子の事態は勿論悪化する。
手塚治虫全集(二百冊オーバー)の初版本ケースの前で、自分のコスプレをしている店員に、入谷恐子は遭遇する。
生で見るブルースクリーマー、いやさシマパンダーのコスプレ店員に、入谷恐子の顔からレッドな炎が出る。
コスプレ店員の肩を掴んで振り向かせると、頭(仕事の邪魔なので、マスクは被っていない)をガシッと両手で掴んで厳命する。
「今直ぐに、そのシマパンを脱ぐであります」
「被るでありますか?」
入谷恐子と同じ「あります口調」で、コスプレ店員は問い返す。
「そんな破廉恥な格好を、否定するであります!」
「…え? なんで同じシマパンダーのレイヤーから、ディスられるでありますか?」
コスプレ店員・西園ジョアンナ(二十一歳、西園流コスプレ道師範代)は、入谷恐子を『客』ではなく『痛い客』として認識する。
本人だとは、全然認識していなかった。
「破廉恥路線でいいなら、ゴールドやミントのコスプレでシマパンを履けばいいではありませぬか?」
後ろで二人のツーショットを撮ろうと許可待ちのミント本人が、ツッコミを入れずに微妙な表情でアホな後輩を見守る。
「仕様がないであります。ゴールドとミントは美人過ぎるので、自分が真似るとクレームが付くであります」
西園ジョアンナ(客観的に見て十人並みのビジュアル)は、正直さで客の痛さに牽制を加える。
「正直さのフルスイングでありますな」
残念な無念に震えつつ、入谷恐子は当初の(仕事以外の)目的を思い出す。
「ツーショット写真をよろしいでありますか? 一般ピープルに、青く清浄なブルースクリーマーと、あざとく悪辣なシマパンダーとの違いを知らしめるであります」
「…お客さん、ディープでありますね」
西園ジョアンナは親指を挙げて許可すると、二人で並んでミントに撮らせようと…
「きゃあああああああああ?! 本物のミントスクリーマーですね?」
…した段階で、ミントが本人だと気が付いてミーハーと化す。
「いやああんん、綺麗だわ! 私、今月はミントスクリーマーのコスプレにしようと思っていたけど、素顔の落差が埋められなくて妥協したんですううう〜〜」
入谷恐子は、悲しくなってきたので、考えるのをヤメタ。
「挑め挑め〜。私は一向に構わん」
ミントは、ドヤ顔でコスプレを推奨する。
感動の面持ちの西園ジョアンナに、第三の客が横槍を入れる。
「ふん。戦隊グリーンのコスプレなんて、魂の自殺よ」
無礼な極論に、全員の視線が発言者に集まる。
全身ペットボトルをモチーフにしたデザインの女怪人が、自信ありげな笑みを浮かべてモデル歩きして来た。
ペットボトルにはH2の文字が描かれているので、相当に残念な怪人である。
「上から読んでも水素水。下から読んでも水素水。水素水怪人アヤマダ・チウ。この店に眠る中二病プリンターを貰いに来たわ。とっとと出しなさい」
西園ジョアンナは、失礼にも成らないように、相手に確認を取る。
「あのう、お客様? 当店では、コスプレであろうとマスクを被ったままの入店は、お断りしております」
「あら? 許可は得たわよ」
水素水怪人アヤマダ・チウが指先から水素水の飛沫を振りかけると、西園ジョアンナの額に「H2」の文字が浮かんだ。
「何か問題?」
「いいえ〜。ジーク水素水!」
入谷恐子が周囲を見渡すと、既に額に「H2」と描かれた店員や客が店内に満ちている。
水素水怪人の恐るべき洗脳技は、既に店内に多くの水素水奴隷を生み出していた。
「うふふふふ。ラッキーだわ。仲間を増やす前に、戦隊のメンバーを奴隷に出来る。幹部に昇格間違いなしよ」
水素水怪人アヤマダ・チウの攻撃が、ミントに集中する。
降りかかる水素水を、ミントは指パッチンで発生させた音符で弾く。
十字に空を打つ指パッチンは、絶対的な音符の防壁を紡ぎ続け、水素水を寄せ付けない。
「くっ、流石は本物の戦隊メンバー。武器なしで此の戦闘力とは」
「場所を変えようよ。手塚先生の初版本に被害が及んだら、田中圭一が泣いちゃう」
「それを言うなら、手塚ルミさんの方でしょ?!」
水素水怪人アヤマダ・チウは、ツッコミながらも休戦に同意する。
「いいでしょう。では、最寄りの採掘場か後楽園遊園地で決着よ」
そう言うと水素水怪人アヤマダ・チウは、店から一歩外に出た段階で、現実的な事に気付く。
「あ、ここは現実世界だったわ。敵も味方も、お茶の間に配慮をしたお約束を守る必要がない世界だったわ。今のなし! 店内で奴隷をけしかけて皆殺し…」
水素水怪人アヤマダ・チウの体が、入り口で控えていたゴールドスクリーマーの戦扇で滅多打ちにされて戦闘不能に陥る。
気絶した水素水怪人アヤマダ・チウの体に、電撃鞭を拘束具として用いて身動きを奪いながら、ゴールドスクリーマーは苦笑する。
「いやあ、ぬかった。まさか、本物の怪人だったとは」
囚われの水素水怪人アヤマダ・チウを解放しようと群がる人々に、ゴールドスクリーマーは獅子のような咆哮を浴びせる。
「惑わされるな! 水素水に、人を洗脳する性能はない!」
その声を聞いた人々は、『あ、そう云えばそうだ』と納得して正気に戻る。
掛ける方も掛かる方も大概な洗脳技だった。
「…脆いなあ、現実」
ちょっと嘆息しながら、ゴールドスクリーマーは店内の同僚たちの無事を確認する。
「おーい。父ちゃんの入れ歯、見付かった?」
ゴールドスクリーマーの巫山戯た物言いに、ミントとブルーはあんまり余裕のない返答をする。
『戦況は刻一刻と悪化しているであります』
『ラウンド2〜』
ミントの口先三寸で店外へと誘導されて破れた水素水怪人アヤマダ・チウと入れ替わりに、次の敵が懐中時計型中二病プリンターを手に姿を見せた。
「動くな。出方次第で、この中二病プリンターを作動させるぞ」
水素水怪人アヤマダ・チウが戦隊とかち合って退場するのを待っていたトマト怪人トメイトゥは、外見だけを見るとトマトの着ぐるみを着たアホ娘にも見える。
「ちなみにトメイトゥの作者は、手篭めにしようと襲いかかって来たので返り討ちにした。正当防衛だからな。勘違いするなよ? 簀巻きにして神田川に流したから、きっと無事だ」
間違いなく残念な頭の怪人娘の手に中二病プリンターが握られているので、ブルーとミントは困った。
チョロかった水素水怪人アヤマダ・チウよりも、残念過ぎる怪人娘の方が始末に困る。
「よしよし。話を聞こう」
はぐれ怪人娘に、ミントは優しいお姉さんの態度で接する。
手塚治虫全集(二百冊オーバー)の初版本ケースの前で胡座をかくと、トマト怪人トメイトゥにも対座を勧める。
中二病プリンターで出力された敵キャラの反応は、大抵はオリジナルに殉じようとする。
しかし、お笑いというか和み担当の敵キャラは、寄る辺き組織がない状態では戦隊に保護を頼む場合が多い。
ミントスクリーマーは、既に十人以上の敵キャラを保護した実績を持つ、凄腕の交渉人でもある。
トマト怪人トメイトゥは、ミントと対座して語らいながら、三分も経たずに笑顔で寛ぎ始めた。五分後には、中二病プリンターを引き渡した。
ブルースクリーマーの背後に隠れながら様子を覗き見ていたコスプレ店員・西園ジョアンナは、素朴な質問をしてみる。
「ひょっとして、あの娘さんが…レッドになる展開?」
「いや、まさか。赤けりゃいいモノではないであります」
否定しつつも、入谷恐子は少々不安を感じてしまった。
次回予告
敵は一度に一人だと、いつから錯覚していた?
戦隊にレッドが付き物だと、いつから思い込んだ?
お約束を下駄で転がすこの作品も、いよいよ本格始動!?
次回、『ウルトラマンの制限時間三分は、世間の誤解から生まれた(後編)』を、みんなで見よう!
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