ま性戦隊シマパンダー
九情承太郎
第一部 大誤解編
第1話 ダーティペアの正式名はラブリーエンジェルだけど、誰も全く気にしていない。
【渋谷】
日本で最もナウなヤングが集う街の一つであり、世界的に見てもココまでゴチャゴチャと人が集まる街は珍しいとされる。
宗教団体の基地の数もダントツで、世界一宗教に寛容な街とも云える。
自覚は全く、ないけれど。
一話 ダーティペアの正式名はラブリーエンジェルだけど、誰も全く気にしていない。
その日のニュース速報は、春休みの明るさに反比例して生臭かった。
『只今、渋谷道玄坂に、不審な黒ずくめの寿司戦闘員が出現しています。通行人に寿司を勧めていますが、決して口にしないで下さい。口にすると、止まらなくなってしまいます。また、渋谷道玄坂からは避難して下さい。強引に食べさせようとする寿司戦闘員も確認されています。決して近寄らないで下さい。
寄るな、あっち行け!
しっしっ!
誰だ、あの物騒な少女を入れたのは?!』
「
鴉色の長髪をした少女は、職務質問をしてきた二人の警官に対して、大真面目に返答する。
高校を卒業して三日経ったばかりの地味目の少女は、今、渋谷の道玄坂前・109付近で一番悪目立ちしている。
道玄坂の上方を占拠して交通を遮断し続ける寿司武装集団を報道しに来たマスコミ報道陣や野次馬の携帯電話での撮影対象も、人一人分の身長に匹敵する長さの日本刀を持ったまま道玄坂を登ろうとする少女に向けられる。
警察の張った封鎖線の向こう岸で蠢く全身黒尽くめのイミフで迷惑な寿司戦闘員の集団よりも、十代後半の大型日本刀装備娘を撮る方が、マシだし。
スカイブルー系統の春服(クレリックシャツ&パネル・スカート)でキメる少女は、誤解を招かないように丁寧な説明を続ける。
「騎馬武者が戦う時に、リーチを得るために長い刀が必要だった時代の産物です。足軽が集団でポコポコ戦う戦国時代には、生産数が減りました。この大太刀は、菊一文字の包丁職人さんに特注して製作した一品であります」
彼女が心配するべき誤解の種類が、ズレている。
根っから真面目そうな顔で話すので聞いてしまったが、警官二人は後悔した。
警官のうち、三十路は確実に越している男性警官の方が、茫然自失から醒めて突っ込む。
「コスプレの道具じゃなくて、本物の日本刀かよ!?」
そして、もう一人の女性警官が拳銃を向けて安全装置を外したので、更に倍。
「刀を地面に置いて、両腕を頭の後ろに回して座りなさい!」
そこまで警戒されて、ようやく入谷は『坂の上を占拠する武装集団の一味と勘違いされている』事に考え至る。
覆面の戦闘員集団とは、ビジュアル的にも真逆の存在なのに。
女子高校生を辞めて三日しか経っていないのに。
(まさか日本刀差別?)
と、入谷は重ねて勘違いしそうになったが、客観的に考えて、紛争が起きそうな場所で日本刀を持った人物は、怪しい。
(コミュニケーションをとって、誤解を正さねば)
間抜けでも反省点を正す努力を惜しまない、入谷恐子だった。
「身分証が、大太刀の携帯許可証を兼ねているであります。取り出しますから、自分に斬られるような動きをしないで下さい」
警官の投降勧告に、入谷恐子は『親切』に忠告する。
少女は本気で、警官に撃たれる心配より、反撃で斬ってしまう心配をしている。
銃を向けている方は、『なめている』と解釈しかけたが、少女の顔は凪いでいる。
歳に似合わぬ、剣客の貫禄が漂っている。かもしれない。
入谷恐子は刀から一切手を離さずに、片手で胸ポケットから群青色の財布を取り出して、差し込んだ身分証を見せる。
『国際特殊警備会社ブルーストライプ
戦闘警備課
極秘戦隊スクリーマーズ所属
入谷恐子』
裏面には、国連や日本政府が武器の携帯と使用を認可する文面が記載されている。
警官が端末でデータ照合すると、本当に正式に許可されている。
ついでに無線で、此の生真面目そうな少女を通すように指示が入る。
警視庁は武装集団の排除に、特殊部隊でも機動隊でもなく、民間戦隊への委託を選んだ。
最近は、珍しくない。
「ああ、任せちゃったんだ。民間に。楽でいいや」
「分かってもらえて嬉しいであります」
「で、どこが極秘戦隊なの?」
男性警官のツッコミに、入谷恐子は顔を背ける。
今更、変身してから接近すれば極秘のままだった、とは言えない。
109を目にしたら浮かれてフラフラと最前線まで歩いてしまったとか、言えない。
そんな入谷恐子よりも確実に怪しくて目立つ人物が、バイクで現れて速攻で容赦無く尻を蹴り飛ばしながら説教する。
「だから、変身してから現場に来いと言うたろうが、元女子高生!」
黒地に金色の豪華なピッチリスーツ型戦闘服を着込んだ美少女(鼻から顎先まで見える範囲で)は、マスコミと野次馬の注目が向けられるや、フェイスガードを完全に締めて、ふわふわの柔らかい金髪ツインテール以外の露出を抑える。
「露出が多いと、地味子にもストーカーが付く。私生活を守りたいなら、配慮しろ」
女帝とでも呼びたくなる気品溢れる意匠の黄金マスクから、背筋が凛とする声音で説教が吐かれる。
蹴られた尻を抑えながら、入谷恐子は偉そうに説教する同僚に抗議する。
「今の御時世に、正体を極秘にとか無理であります」
「泣き言も言い訳も要らん。フェーズ2発生まで五分切った。早く変身しろ、ブルー」
金色の戦姫ゴールドスクリーマーは、右手に電撃鞭、左手に金色の戦扇を装備すると、周囲でカメラを向けるマスコミも野次馬も気にせずに、道玄坂の上辺へと疾駆する。
常人を遥かに凌ぐ速度と跳躍力で警察の封鎖線を飛び越すと、寿司戦闘員の列へと攻め掛かる。
軍隊蟻のように群がっていた寿司戦闘員たちが、ダース単位で薙ぎ倒されていく。
ブルーを待つ気を一切見せない、無双ぶりだった。
渋谷の青空を見て深呼吸をしてから、入谷恐子は仕事に集中する。
マスコミの質問も、野次馬の野次も、警官からの生温かい視線も意識から遮断して、入谷恐子は戦闘服の装着を開始する。
「『結城』装着!」
大太刀『結城』の鞘が花弁のように大きく広がり、主人の身体を隙間なく覆い尽くす。
鞘だった金属帯が、暖かく爽快な青色系のピッチリスーツ型戦闘服へと変化し終えた時。
戦闘服が肌から神経接続し、筋力・反射神経・耐久力・硬度・善玉コレステロール値を数十倍に増加する。大幅に戦闘力を爆上げして昂ぶる
変身した時に、高揚感から絶叫してしまうのでスクリーマーと命名されたという説明をする程に間抜けでもないので、入谷恐子・青の戦姫ブルースクリーマーは、そのままゴールドスクリーマーに続いて道玄坂を駆け上がる。
飛び越す自信がないのか性格の差か、封鎖線のテープは丁寧に潜った。
残されたマスコミと野次馬の目は、二人の戦隊メンバーのうち、ガードの甘いブルースクリーマーへと集中する。
注目を浴びておきながら説明を一切しなかったばかりに、マスコミと野次馬はブルースクリーマーの極一部分のみを偏向報道し始めた。
大手マスコミで真っ先に食いついたのは、下品なニュースでも恥じずに垂れ流すマウンテンテレビだった。
「えー、渋谷道玄坂の事件で、動きが有りました。民間警備会社の戦隊が、突入を開始しました。いつものように、強制的に排除する模様です」
ドローンに搭載したカメラで撮影しているライブ映像に、中継車の中から無表情で名高いレポーター・
「民間警備会社ブルーストライプの戦隊は、確認できる限りでは、二名です。凄まじい戦闘力で、寿司戦闘員を薙ぎ倒しております。今回出現した戦闘員は、死ぬとその場でマッチのように燃え尽きるだけですので、モザイクは必要なしです。編集さん、楽できますね。
あ、やべえ、道端に寿司を喉に詰まらせて殺された民間人の死体が映りました。
視聴可能年齢のレートが上がりましたので、未成年や心臓の弱い方は気をつけて下さい」
無表情に実況しながら、更紗はスタッフ達に確認する。
「怪人とか幹部は、見えない? 美形悪役は、出る気配ない? 大破した美少女は見えなイカ?」
「見受けられません」
「残念」
「残念です」
若い男性スタッフが他局の放送もチェクしながら、ブルースクリーマーの変身シーンを手早く個人の携帯電話にコピーする。
「暇だね、敵が大根戦闘員ばかりで。つーか、何でコピーしてんの? 変身シーンでパンチラでも見えた?」
更紗が見咎めてスロー再生させると、スカートが一瞬だけ捲れて、入谷恐子の下着の種類が確認できた。
更紗は無表情ながらも、ニヤリとする。
「えー、只今、新しい情報を確認しました」
ブルースクリーマーの変身シーンが、パンチラに焦点を合わせてライブ映像の合間にリプレイされる。
「先ほどのブルーな日本刀少女の情報です。
戦闘服装着の時に一瞬、スカートが捲れて、中身がチラリと見えていました。真実を伝える報道者として、敢えて伝えましょう」
更紗のやり方にドン引きしながらも、スタッフは止めずに好きにやらせる。
「彼女の下着は、青と白のシマパンです」
他局はマウンテンテレビの下品さに追従するのを控えたが、品性ゼロ領域に寛容なSNSでは、遠慮なく盛り上がってしまう。
【〜とあるネットの片隅で〜】
「魔法少女の変身パンチラ来た〜!!!!」
「魔法少女じゃねえよ!(笑)」
「科学の力で変身しても、魔法少女のカテゴリーでは?」
「はあ? カテゴリーは戦隊モノだろ?」
「戦隊モノだ。そう名乗っているし、そのように戦っている」
「0年代から、そのジャンル分けは壊れたよ」
「『リリカルなのは』で壊れたね」
「初代プリキュアで壊れたよ」
「いやいや、そもそも『好き! 好き!! 魔女先生』で既に」
「お前ら、リアルで変身シーンのパンチラを見られたのに、狭義のジャンル分けで揉めるのかw」
「あのう、このシマパンブルーの正式名称って、なんでせう?」
「知らぬ!」
「存ぜぬ!」
「省みぬ!」
「シマパンブルーで、よくね?」
「公式発表だと、極秘戦隊スクリーマーズ」
「あれ? 隊名しか公表してない? 隊員のコードネームまで伏せるって、怪しくないのか?」
「五人揃ってからじゃね?」
「三人でも可」
「出し惜しみか未整理か?」
「じゃあ、もうシマパンブルーで、いいな」
「極秘の部分が多いな。スリーサイズまで公表する戦隊もいるのに」
「実家の八百屋のステマをする戦隊もいるのに、徹底している」
「スクリーマーズって、和訳すると…」
「ギャートルズ?(笑)」
「うる星やつら?(笑)」
「絶叫する人々…親しみは放棄しているな」
「呼びにくいな」
「シマパンジャーは?」
「シマパンダーは?」
「シマシマンで行こう」
「いや待て、一人しか縞パンを確認していないし」
「ゴールドも、どうせシマパンだよ」
「大破しないと、確認できない」
「無理だ、楽勝っぽい」
「隙が無さそうだし」
実際、ゴールドスクリーマーは余裕だった。
「ほら見ろ、ブルー。隙の無さというものは、誰が見ても感じ取れるものだ」
寿司戦闘員を電撃鞭で払い倒しながら、ネットの実況を覗き読む余裕すらある。
スマホではなく、ピッチリスーツ型戦闘服のゴーグル内で隠れ見ているため、そこまで余裕をかましているとは外野には見抜かれない。
「フェーズ2の発生まで、時間が無いはずでは?」
大太刀で寿司戦闘員を一度に数人ずつ倒しながら、入谷恐子・ブルースクリーマーはゴールドが流して寄越した情報を脇に置く。
仕事中に世間話をする癖はないブルーだった。
「一分前にミントが先着したから、大丈夫だ。たぶん」
ゴールドは最後の寿司戦闘員を金色戦扇で扇ぎ倒すと、彼らが守っていた道玄坂の回転寿司屋の暖簾を潜る。
店内では、寿司を駒に使った将棋対決が繰り広げられていた。
ドラゴンの意匠を施したマスクを脇に置いて、快緑のピッチリスーツ型戦闘服の女性が、回転寿司怪人を相手に。
「王手」
緑宝石色の髪のおさげでファンファーレを吹く仕草をしながら、ドヤ顔で勝利を告げた。
勝ってナメているというより、『ほうら、こっちはいつでもリベンジいいぜ? 掛かって来いや』という挑発行為だと、肉食系の目力が語っている。ていうか、かなりのハイレベルなオリエンタル美人なのに、目力がヤバ過ぎて、近寄り難い。
エビの頭部を持つ回転寿司怪人は、むきぃ〜と憤激しつつ、約束通りに人質にしていた店員たちを解放する。店内で大太刀を振り回しかねていたブルースクリーマーが、率先して安全な方向への誘導役を買って外へ。
店内に民間人がいなくなったタイミングで、ミントスクリーマーはマスクを被り直す。
「約束を守ってくれてありがとう。で、投降して中二病プリンターを差し出す? ノベルワナビーを庇って、最後まで足掻く?」
「戦うに決まっているだろ」
回転寿司怪人が、見得を切る。
回転寿司怪人の全身から、海鮮と回転のパワーが放出される。
回転寿司屋が、店舗ごと宙に30センチほど浮いて回転し始める。
これが本当の回転寿司屋。
「やめなよ、店の持ち主が泣いちゃうよ〜?」
ミントスクリーマーは、辛うじてバランスを崩さずに踏み留まり、両手にスティックを構える。
店のテーブルをドラムのようにスティックで連打すると、細かい音符が実体化して回転寿司怪人に打つかっていく。
音符の打撃で動きが鈍ったところへ、ゴールドスクリーマーが回転寿司怪人の両腕に電撃鞭を巻き付けて動きを封じる。
両手を縛られても、電撃を流されても、回転寿司怪人は手にした懐中時計のような道具(中二病プリンター)を強く握り締めて作動させ続ける。
中二病プリンターに入力された投稿小説『外食戦隊ファミレスジャー』(作・久野平治)のオリジナル原稿データから、回転寿司怪人の仲間たちが現実世界へと出力されていく。
中二病プリンターという魔性のオーパーツから走馬灯のように溢れる敵怪人たちの影絵の乱舞に、ゴールドとミントはフェーズ2での激戦を覚悟する。
道玄坂の風景全体が、セピア色に変色する。
空間そのものが、二次元から三次元への強引な出力に震える。
フェーズ1(戦闘怪人一体、及び戦闘員百人未満の出現)と違い、フェーズ2(戦闘怪人五体以上、及び幹部クラスの悪役出現)は戦隊一個では全滅もあり得る。
回転寿司怪人は、見知った同僚たちの影絵が現実化しつつある光景を見て、エビ握り頭に涙を浮かべる。
彼を呼び出した神である小説家・久野平治は、ぶっちゃけ投稿小説サイトに凡作を投稿しているだけの民間人である。
ただのノベルワナビー(小説家志望)である。
寿司を無尽蔵に食いたくて、偶々(?)入手した中二病プリンターで回転寿司怪人を呼び出しただけである。
回転寿司怪人の行く末については、これっぽっちも考えていなかった。自分で書いた投稿小説の設定なのに、目先の食欲しか考えていなかった。
一人だけ現実世界に呼び出された戦闘怪人が、己の立ち位置を鑑みて、如何に行動するかを。
「仲間に、仲間に会わせろーー!!」
ライバルの高級寿司怪人にすら、彼は直に会いたかった。
麻婆豆腐怪人の呼び出しには躊躇しないでもなかったが、回転寿司怪人は仲間を全て呼び出すと決意した。
「俺の仲間達が揃えば、この渋谷区だって征服出来る!
外食産業の力を武力に変えて戦う悪の秘密組織『進撃食堂』の恐ろしさを、たっぷり賞味するがいい!」
仲間達との再会を間近に、彼はゴールドとミントが壁際に退がっている意味を汲めなかった。
「それは全部、
店の外からブルースクリーマーの凛とした声が、回転寿司怪人を貫く。
同時に、大太刀『結城』が大きく振り回され、回転寿司怪人を店ごとV字に斬る。
店の外側から、回転する店舗ごと敵を斬り裂く攻撃だが、同僚二人には傷一つ付けない精緻かつ豪快な剣技。
「無念」
回転寿司怪人は、仲間達の影を瞼に焼き付けながら、倒れる。
戦闘怪人の遺体は、雑魚戦闘員のように燃え尽きたりせずに床に伏した。
ゴールドスクリーマーは遺体から中二病プリンターを取ると、手慣れた手つきで停止させた。
「いい初陣だ、ブルー」
ブルーの殺傷能力を、ゴールドは無心で褒めた。
回転寿司怪人の絶命に、店の回転が止まる。
店の位置は偶然にも回転前の位置に戻ったが、V字に斬られた壁は倒れる。
大太刀『結城』に付いた山葵みたいな血を蒼穹に翳して拭いながら、ブルースクリーマーは息を整える。
「勝利であります」
「まだだ、ばかもん」
感慨深げに大太刀を仕舞おう(変身解除)とするブルースクリーマーに、ゴールドスクリーマーが注意をする。
倒れた回転寿司怪人のエビ握り頭から、幽閉されていた一人の中年男性が吐き出される。
この怪人が出る小説を書いた作者・久野平治である。
ゴールドスクリーマーは、一切の容赦なしに、電撃鞭で身柄を拘束する。
「この中二病プリンターの入手方法を答えろ」
警察には引き渡さず、時間も置かず、ゴールドスクリーマーは尋問を開始する。
「…部屋に、いつのまにか置いてあった」
長年のコンビニバイトで身に付いた『怒らせると平気で無法な行いをする輩』への防衛本能が、久野平治の口を素直に開かせる。
見下ろす金色のマスクの向こうから、久野平治は自作の怪人など及びもつかない冷徹で強固な意思を備えた視線を感じた。
「他に、この件で話せる情報は無いのか?」
ゴールドスクリーマーはフェイスガードを外し、久野平治と至近距離で直に目を合わせる。
ゴールドスクリーマーの超絶美形顔は、見る者に安らぎを与えない。美しく整った顔の中央で鈍く輝く碧眼は、目を合わせた者の神経を舐るように視線を這わせる。
その不気味な碧眼の圧力に、久野平治は金髪ツインテールキャラがトラウマになった。
「お前の投稿小説から出力されたキャラの所為で、民間人が二名死んだ。無罪放免はない」
己の食い意地が発端の惨事に、久野平治の血の気が引く。こういう件では、数年の懲役刑や莫大な賠償金が科せられる可能性しかない。
「減刑の取引に使えそうな、美味い情報は無いのか?」
ゴールドスクリーマーの凄みのある笑顔に照射され、久野平治は記憶の海から提供可能な情報を漁る。
何も無いので、久野平治は絶望的な気分に拍車がかかる。
ゴールドスクリーマーは、失望した顔をフェイスガードで隠し、仲間に撤収を告げる。
「さあ、帰ろう。後は警察とマスコミの餌だ」
ゴールドスクリーマーが乗ってきたバイクの脇に、ミントスクリーマーがサイドカーを展開して手早く乗り込む。
「ブルーは?」
ミントの問いに、ゴールドは素っ気なく答える。
「ここから自宅まで、歩いて十分だ」
「そうじゃなくて、帰り方、大丈夫かな?」
そう言われると心労が重なるので、ゴールドはブルーに確認をする。
「基地に戻って変身を解いてから、帰宅しろよ」
まさにその場で変身を解いて帰宅しようとしていたブルースクリーマーは、固まった。
「…ええ、もちろん、手順通りに帰宅しますよ」
ま性(まぬけな性分)な後輩戦士に説教かましたい手間を惜しんで、ゴールドは今日の別れを告げる。
「この手順を守れないなら、マスコミやネットの住人に食い散らかされて泣くぞ。気を付けろよ。じゃあな」
先輩からの忠告に、初陣者はコクコクと頷く。
もう遅かったけれど。
ネットの住人たちは、ブルースクリーマーが大きくV字に斬り裂いた回転寿司店の映像を見て、勝手に盛んに盛り上がる。
白壁に海を表す青い横線が入った塗装を施されている回転寿司店の中破姿は、見様によっては巨大なシマパンのようにも見える。
【〜とあるネットの片隅で〜】
「あのブルー、回転寿司屋をシマパン状に斬りおったで?」
「そこまで自己主張されては、呼ぶしかあるまい。シマパンダーと」
「シマパンジャーと」
「シマシマシマリンと」
「統一しろよ、オマエラ」
「こんなクソスレで、統一意見とか無理っしょ(笑)」
「シマパンダーに一票」
「シマパンの女神に栄光あれ!」
人目に捕まらないように高速移動能力を使ってダッシュで基地というか会社(国際特殊警備会社ブルーストライプ渋谷地下支部)に戻り、変身を解いて武装を返却して医療チェクを受けて無傷を確認してタイムカードをガッチャンガッチャン押してから、入谷恐子は渋谷郊外の自宅に帰る。
江戸時代に旗本をしていた祖先が住みついて以来、薩摩の芋侍が攻めて来ようがB29が爆弾を落とそうがゴジラが上陸しようが、手放さずにいる地所である。
庭先には返り討ちにした薩長兵の首塚があるので、勝手にポケモンスポットにされた事もある(現在は削除済み)。
由緒正しい『斬った張った』家系の長女は、初仕事を終えた高揚感のままコンビニで高いプリンを買ってから玄関を潜る。
「ただいまであります!」
中学入学半月前の妹、朝顔が出迎えると、土産のプリンを受け取りながら和かに冷やかす。
「おかえりなさい。シマパンダー」
「ブルースクリーマーであります。いや、家族にも一応は極秘なので、呼んではいけないであります」
仕事上の守秘義務を思い出して注意してから、入谷恐子は妹の揶揄いに、一拍遅れの問いを返す。
「シマパンダーとは、何でありますか?」
入谷朝顔は、眼鏡をヨコシマに光らせると、嬉々として姉がシマパンダーと呼ばれるに至る経過を、ネットのまとめサイトを見せながら教えた。
「けしからんであります!」
入谷恐子は、回転寿司怪人と戦った時よりも激昂して、妹のパソコン前で反論する。
迷惑メール用ボックスには、シマパンを崇める三つの宗教団体から、入信の勧誘メールまで入っている。三つの教団の本部が全て渋谷、しかもこの家から徒歩十分の範囲内に存在するというトリビアまで、入谷恐子は妹から教わった。
「悪辣かつスェクシャル・ハラスメェントなメールであります。まるで自分がシマパンしか履いていないような物言いばかりであります!」
姉の斜め下の発言に、朝顔は苦笑する。
「でも姉様。最近はシマパンしか履いていないよ? シマパンダーと呼ばれても、仕方ないよ」
「はっはっはっ、何をトンチキな事を。ネットサーフィンばかりしているから、そんなアホな流言に惑わされるでありますよ」
朝顔の指摘に、シマパンダー、いや入谷恐子は笑い飛ばしながら自室に戻ってタンスの中を確認する。
入谷恐子の所持するパンツは、十二枚全てシマパンであった。
その日、就寝までに、入谷恐子は「違うであります。自分はシマパンダーではないであります」と58回呟いた。
次回予告
遂に始まった戦隊生活に、ズンバラリンの日々を満喫する旗本娘・入谷恐子。
だがしかし、ネットの住人たちは主人公に確認も取らずに、虚空のヒーロー・シマパンダーへの妄想を膨らませていた。
次回、『ウルトラマンの制限時間三分は、世間の誤解から生まれた(前編)』を、みんなで見よう!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます