10 とっくに起きていて、お前の奏をずっと見ていた(乃州)

 トクサが目覚めたとき、ユクシはすでに床を出ていた。

「夜明け前後の風景を撮りたいので先に行く」云々の伝言があったので、トクサは遅い朝食を食べて、宿の者に携行食を3人分と、かなり多めの飲料を用意してもらい、宿を出て昨夜の旧神殿跡、丘の上の空き地に向かった。

 この時期は大気の湿気も少なく、朝夕の日も長いので、外での公開用動画を撮るのは、大変だが楽しいかもしれない、と、トクサは思った。

 空き地は誰か、あるいは何者かが定期的に草取りをしているらしく、廃墟とその周辺に神聖な寂寥さがあった。その石造りの陰に、一人用の天幕、枯れ草色のものが二つ張られていた。ユクシとその相棒による午前中の撮影はもうとっくに終了して、仮眠を取っているらしい。太陽もあと少しで南中するぐらいの時刻だった。

 トクサはまとめた荷物を空き地の一角に広げ、弦楽器をひとつ選ぶと、遮音膜を張って手慣らし用に弾きはじめた。彼の演奏する曲は多くが二つもしくは三つの、先人によって作られた主題を持ち、その組み合わせは自動生成で選ばれる。即興で奏でられるため、トクサが飽きるまで終わりの和音は鳴らない。編集のない動画は1刻以上もあるのが普通で、よほど酔狂な者でない限りは途中で見るのをあきらめる。人に聞かせるというよりは、自分のための音で、それらは多数の編集者により再構成されている。他の奏者と組むこともあるが、主旋律以外は滅多に奏でない。弦楽器以外に鍵盤楽器も操れるが、どうも鍵盤では即興性の限界を、トクサは感じている。

 視界が暗くなったのに気がついて、トクサが遮音膜を切ると、天幕が彼の体を覆うように落ちた。

「申し訳ない。起こしてしまったか」

「とっくに起きていて、お前の奏をずっと見ていたのだが、さすがに音を聞きたくなった。しかし、左太刀というのは見ないこともない技だが、右手持ちの弦器ではないのか、それは」

「そう。それを左手持ちにすると、弦の調音部が、演奏しながら操れる。弦の張り方は左利き用に持って、下の弦が高い音だ」

「そのような発想をする者は、今まで聞いたことがなかったな」と、ユクシはあきれながら言った。

「音調、音拍その他、なるべく機械的な感じにしたくないんだ。頭がおかしいとはよく言われる。ただ、今日の公開分はお前の歌を支える奏にするつもりだから心配するな。ところで、そこの亜人モドキは」

 トクサは、別の天幕の下で休んでいた長身の存在を指差した。

「動画技師だ。なお、私の国ではヒトでない者は異人コトビトと呼んでいる」

「タカチです。どうも、です」と、その異人は立ち上がって言った。

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