9 またソナエさんの退屈病がはじまった(珠州)

 調整官ソナエは退屈していた。

 彼がヒトの姿を借りるようになってからは、まだ自己崩壊する知的文明を見たことがないが、それはむしろ珍しいことかもしれない。彼よりも若く未熟な調整官の何対かは、知的文明の勃興と発展と崩壊を見届けている。ヒトの通常の命の数十倍を生きるのが常である彼らの種族は、この宇宙で自我と知性に目覚めた数多くの生命体の中でももっとも古いものの一つだった。

 調整官は上部組織に報告し、監視はするが、干渉することは滅多にない。公式に彼の存在を知っている者は彼を、銀の仮面をつけた顕現者として、新しい神を冒涜するが排除はできない者として考え、扱っている。

 ヒトの姿は男性体の、やや大きめで赤い髪を持った若者で、珠須ズスの商店街の上層に作られた集合住宅に住み、彫金と手作りの耳かきを、依頼者の求めに応じて作っている、職人としての生活が大半で、8日のうち2日は州都である珠須ズスを離れ、古くから大学都市としての歴史を持つ珠把ズバに足を運び、歴史学者やその他の学問を専攻する学生たちと会話をする。珠把ズバは、ヒトに許されている最高速の移動手段では2刻ほどで着けるのだが、ソナエは仮の宿をそちらにも借りている。

 諸王の王であったカナタの浄化の件に関しては、複数の関係者から報告を受けていたが、彼とその所属する組織は、その手のことにかかわらないことは、知っている者はみな知っているので、助言は誰からも求められなかった。

 政府の情報提供と、それの分析・解析者による報道は、それ以上の事実を知る助けにはなったが、ソナエはそれらの情報を数百字の簡易公用文で上部組織に送ることしかしなかった。

 王や領主の、浄化による交替は、たとえ真の下手人が不明であっても、さほど稀なことではない、とソナエは思った。

「またソナエさんの退屈病がはじまった」と、集合住宅の大家の娘であるカヤノは、監視虫の退治に彼の部屋に入って来て言った。

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