7 必要なのは乱世と英雄と仲間だな(乃州)
「まったく、何が一夜の情とやらだ」と、トクサは酩酊飲料で意識を失ってしまったユクシを抱えて彼女の泊まっていた部屋に入った。手を取って戸にユクシの親指を当てて入ったその部屋は、この宿屋でも上の中級のもので、寝室とは別にもう一室がつながっている。旅の金は十分すぎるほどあるようだし、寝室を利用した形跡はない代わりに、長椅子と脚の短い卓がある室には荷物が散乱している。
少し悪戯が過ぎたか、と、トクサは思った。ほんのひと口ほどの蒸留された酩酊飲料を、ユクシの見ていないすきに彼女の果汁に混ぜてみただけなのだが。
*
「私の、じゃにゃくて、私たちの宿命は、だな、天下統一だ。わかるかその意味が」と、饒舌になったユクシは言った。
「かつての神はこの地を拓き、今の神はこの地を支配している。その神を倒さないとどうしようもないだろ」
「ああそうだな」と、トクサは適当に聞いていた。
「必要なのは乱世と英雄と、信頼できて有能な子分、いや、仲間だな。金ならあるぞ」
ユクシが開いて見せた脳内金額は、確かに大層なものだった。
「これは、一つの国が買えるのではないか。一体どうやってそれだけのものを」
「国は無理だな。一つの村は買える。この宿屋は百軒ぐらい買える。しかし、それなりの軍を動かすとなると、武器や糧食で、せいぜい一節ぐらいのものだ。私が私であることに気がついたとき、金はこの数分の一だったが、資産運用で増やした」
ユクシは小さい布袋から、紙と筆記具、それにふたつの、黒と白の六面賽を出し、紙を4つに折って数字を書いた。
トクサが言われたとおりに賽をふると、出てきた目の数は、ユクシが書いた数字と同じだった。
「どうだ。私には未来が少しだけ見えるのだ。自分がふる賽の目は見れないがな。賭場ではひととき、だいぶ稼いだこともあった。もちろんこんなことは秘密だ」
「なるほど。それではおれも手を見せねばなるまい」
トクサは右手で石を握り、数をとなえながら左手で賽をふった。出た目はトクサが言ったとおりのものが出た。
「おれには少しだけ未来が見える。いや、操れるのかな。ただし、未来に行けばいくほどあやふやになり、おまけに割れた石を合わせたときだけしかそれは可能にならない。無用の能力だ。多くの賭場では使えない。さて、おれたちが勝負をすればどうなるかな」
ユクシはすでに眠っていた。
*
上衣を脱がせておくべきか、とトクサは悩んだが、とりあえず紐類をゆるめていると、ユクシは体を横向きにして親指を噛みながら少し咳をした。その有様はまるで幼児のようだった。
トクサは隣室の長椅子を寝場所にすることに決め、毛布で身を包んだ。ひょっとしたら吐瀉物で窒息するかもしれないし、ひとりで死ぬよりはいいだろう。
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