6 この石が私を縛り、行く道を決めている(乃州)
卓の上の料理を見たユクシは歓喜した。
「うわあ、どうもありがとう、感謝しちゃうよ、トクサ。当然私は饗応を受ける側だよね」
「そういう性格設定は、お前には合わないだろう。多分原型とも合わないはずだ。いずれにしても、おれは食することはできないから、好きなだけどうぞ」と、トクサは果肉より作られた覚醒飲料を飲みながら言った。
「お前が映っている動画では、叩いているより歌っているもののほうが多いのか。しかし、「暗黒の鼓手」とは、よくも名乗ったものだ」
「黒いからね。そこにある、肉を切り裂くための刃物で、私の腕に触れてみろ」
「…なるほど、押しても引いても傷がつく気配がない」
ユクシはトクサの手を取った。その手にトクサが感じたものは、彼の魂まで吸い取られるほどの冷たさだった。
「私の体は黒いもので守られている。人の熱では私を温めることはできない。その代償として、触感のほとんどが失われている。私に操れるような奏具は、声と打楽器ぐらいなものだな。そして、自らの炎でのみ熱くなり、流す汗は少しだけ黒い」
ユクシは胸をはだけ、首からかけている宝珠をトクサに見せた。それは小指の先ほどの、黒く、溶けかかった小石のような異形をしていた。
「この石が私を縛り、行く道を決めている。奏者となる前の私の記憶は封印されており、どのような医者に見せても今までは「時を待つように」と言われるだけだった」
トクサは握られた右手をはずし、ふところから心臓に手を回して、左手でユクシの手を握った。
「ならば、今がその時かもな。これも亡き友の導きか。どうだ、感じられるだろう、おれの血の流れと熱を」
驚愕したユクシの目は大きく開き、偽体の成熟女性の身体は溶けて、最初にふたりが出会ったときの、いささか小さい女性の体に戻った。
「お前は…いったい何をした。そして何者だ」
「おれも石持ちだ。もっとも、その石は割れていて、おれが握りしめたときだけ、何かをしてくれる。おれの石の代償は、味の感覚だ。液体以外のものは体が受けつけないのだ」
トクサは、ユクシと同じく首にかけている宝珠を見せた。その石の色は赤く、ほぼ五分ずつに割れていた。
ユクシは大粒の涙を流し、それをぬぐった両手でトクサの左手を握りしめた。
「お前にお願いがある。…私と一夜、情を交わす気にはなれないかな。そりゃまあ、私の女性としての本体に魅力があるとは必ずしも言えないが、トクサ、お前のような男に会ったのは初めてで、どういう風に言ったらいいのかわからないんだけど…」
「そんなに取り乱すな」と、トクサは笑った。
「そもそもまず、おれは好きになった女性以外とはそのようなことをしたことがない。いや、お前が嫌いなわけじゃないぞ。そして、床では片手しか使えない」
ユクシは少し考えたが、赤くなって納得した。
「もう少しまともな石持ちを探せ。この世界でおれとお前だけが、そういう類の者でもない、と、おれは思う」
そして、と、トクサは思った。
おれはユクシを浄化できるが、多分それはこの世界で唯一の者ではないだろう。
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