4 お前は弱い、いや実に弱い(弥州)

 夜明け前、闘技練習場でふたりの人物が闘っていた。

 城の公共域で半地下の闘技練習場は、十数人が同時に闘えるだけの広さがあり、青い人工照明に照らされて弾力のある白い人工床も同系色に光っていた。

 軽い防具をつけたふたりのうちひとりは腕ほどの長さの、親指と人差し指を丸めたほどの太さの棒を手にしており、もうひとりは手首から肘までの長さの、親指ほどの太さの棒を両手に持っていた。

 ここへ来るようになって5日か、と、長い棒を持っていた若い剣士であるシズナは攻撃をしながら考えた。

 毎日違う得物で、彼は仕掛けることを求められた。

 道場で彼より上位の剣士はすでに若、つまりシズナが闘っている者より「相手に及ばず」と退けられた。

「それだけが理由ではない」と、師匠であり領主のお抱え道場主である無月斎は言った。

「お前は、私が知っている限りではもっとも剣の上達が早く、また手抜きをするのももっともうまい」

 世辞と揶揄が混じった師匠の言葉は、若を相手に本気を出すな、という意味だろう、とシズナは解釈した。

 シズナの棒を受けきれなかった若は、もういい、と言った。

「お役御免ですか」と、シズナは聞いた。

「そう願えればいいのだが、お前は弱い、いや実に弱い。だが、なんで無月斎がお前を選んだか、想像はできる」

 相手の仕掛けにあわせて、シズナは防御の姿勢を取った。

「その構えは、私の真似だな。しかし私ほどには弱くない。はじめはまるで鏡を相手に演舞をしているような気になったが…無月斎は、「若のお相手にはこのような者が」と言ったのは、近い年齢のこともあろうが、学べることが多いからであろう」

「失礼ながら、若は筋がよろしいように思えますので、私のような邪道の士ではあまり教えることがありません」

「合戦において領主が攻め込まれるようなことになれば、雑兵の数人を倒しても意味があるまい。お館は自害のしかただけを心得ておけばいいのだ。豪腕の武将は、私の遺言状を持って別の主に仕えろ。命を無駄にするな」

 若は防具の面あてを取った。額の髪押さえを外すと、肩までの赤い髪が広がり、端正な顔はまだ成熟期初期の女性のものだった。

 領主の嫡子であるアカネは、領地の者に「姫」と呼ぶことを許さなかった。

「汗を落として食事にしよう。組み技の鍛錬は、お前相手にはできんな。急所の攻め合いになる」と、アカネは笑った。

 それにしても、と、シズナはアカネが去った練習場を走査して思った。

 初日は3歩、今日は1歩。それが若の退いた歩数だ。つまり、守りに徹底していながらもここまでさがらぬとは。

 できるなら見たいものだ、若の初陣を。いや。

「おれが見たいのは、領主となったアカネ様の逃げっぷりかもしれぬ」と、シズナは苦笑した。

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