2 誰か、この私を暗殺しようとするものは出てこないのだろうか(呂州)

 呂州(ろしゅう)における王の中の王は日の出とともに起床し、太陽と過去の王に跪拝する。

 朝食は日が南中するまでの時間に仕事をこなせるだけの養分があるものを、季節に応じて摂取する。

 食後、王は執務室に入り、昨日処理できなかった書類と、新しく処理が求められている書類に目を通し、署名をする。

 疑問のあるものには「要確認」の青い箱に、確認事項を添付して戻し、不満のあるものには左手で署名する。

 自治領の領主が求めている署名のほとんどはほぼ確認不要だが、関係閣僚より添付事項があるものについては「要説明」の赤い箱に入れる。

 緊急を要するものは疑似書類の形で回され、王は暫定的に擬似署名をする。

 日によって量は違うが、おおむね腕の付け根から伸ばした指先までの高さの公式紙に記された書類に目を通すのが南中前の日課である。

 新しい法令や法令の部分的改正に関しては、議会の承認を得ているものなので署名は形式的なものである。

 王国の資産管理・事業運営その他実務的な面に関しては、王が出席する会議を通して決まったものは、会議録を確認しながら署名する。会議録と異なった書類を故意に回した者には、一定期間書類提出を禁止する、という王の意志が伝わっているため、その多くは誤記だが、「一旦」を「一時的に?」と、消せる筆記具で書類に線を引いて「要確認」にするなど、書籍の文字校正者なみに面倒くさいものもある。

 南中より1刻ほどは、軽い食事を取る。朝食と同じく、王の食事はひとりで食すのを基本とするが、連絡事項の確認といった、王と閣僚の参加は重要だが、議題はさして重要ではない会議は、陪臣も含めて軽い食事を取る場合もある。

 その後、3刻は「要確認」の書類の説明を関係者より受け、必要な会議に参加するという、人と会う仕事をする。翌日には関係者より再提出の書類が回って来る(再再提出の場合も珍しくはない)し、その日の会議の議事録が添付された書類も回ってくる。

 多くの日は夕刻より執務室を離れ、諸自治領主の代理人、諸王の大使などと様々な場所で会食・面談をおこない、それらは非公式な内外政の情報交換となる。

 その後、王は最新の政治・経済・法理論・医学・科学・思想を学び、日の逆南中より2刻ほど前に眠る。

 友も、家族もいない。親も子も妻もいない。

 王は家柄・血統ではなく、諸領主・閣僚・議会・国民によって選ばれ、肉体は王を継いだ時点で固定される。彼の場合は成熟期の初期である。前王は現王の父が文官として仕えていたため、彼が諸領主の調停で現王に決められた。

 このような生活を8日のうち6日、30年間にわたって続けてきた王の中の王・タツキは、その日、南中前の仕事をやや残しながら、こめかみを押さえて思った。

 誰か、この私を暗殺しようとするものは出てこないのだろうか。国政に不満がある者もいるだろうに。

 魂を持つヒトは、浄化されても復活が約束されており、王は浄化によってのみ交替が行なわれ、一度王になったものは、同じ地の王になることはない。

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