珠須録記(ずすろくき)1 暗黒の鼓手

るきのるき

1 左手使いの放浪弦手か(乃州)

 町はずれには非正規教会パチドンツクの古ぼけた集会所タマリバがあり、その裏は非宗教者サビヌキ旅人ノラ墓所ステバになっている。

 さらにその先はちょっとした丘と森になっていて、森の中には草が生い茂る、ちょっとした広場アバレバがあり、そこには崩れやすい地元の石で作られた、ほぼ壊れかけの、かつては異神マケイヌを奉っていたと思われる建物があった。

 その土台の上で打楽器タイコを叩いていた女性の複層防護膜アツヤクヨケに、トクサは片刃カタナを叩きつけた。

 女性と言っても年齢は不明だが、成熟ハツジョウ期の初期ぐらいだろうか、とトクサは思った。トクサと同じ種族なら少女だが、驚いたようにトクサを見たハシバミ色の瞳、それと同系色の肩までの髪は今までに彼が見たことのないような輝きを放っていた。

「固いな」と、トクサは言った。

 少女のように見える女性は薄青色で半透明の防護膜ヤクヨケを切ると立ち上がった。さほど高身長なわけでもないトクサよりも、さらに首ひとつは低い。これであの打力タタキか、と彼は感心した。

「すまぬな。が漏れたか」と、彼女は言った。

ではない、ユレきだ。知り合いの回向クヨウに墓所へ来なければ怪異にも気づかなかっただろう」

「夜中に墓参りとは酔狂イカレだな。ま、くわしくは聞くまい」

 寒季ブルが終わり、暑季ムシはまだ先というのに、少女は薄物エロスケをまとっていたが、その理由は全身および足元に溜まるほどの汗で、トクサには理解できた。

「私の名はユクシ。姓は…まだ名乗る必要はないか」と、彼女は言った。

 打楽器タイコを畳むとそれは腕輪ウデソウグになり、ユクシと名乗る少女は清浄具ビリセッケン除染オハライしたので、周囲には緑色植物アオナマモノの香りが広がった。

「それにしても見事な腕だな。奏者オトダシがこのように麗しい女性とは思わなかった」

「はは。私は小さい、とか、可愛い、とか言われることは多いが、麗しいというのは稀だ。しかし、今宵の練習はもう終わりにしよう」

 彼女は大きく伸びをしながら言った。

「お前に興味を持った。左手使いの放浪弦手ノライトシか。少し飲み食いでもしながら話を聞こう」

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