第1ー9 第3世界の保名

「抵抗するな、動くなよ。面倒は嫌いなんだ」

ショットガンからデザートイーグルに持ち替えて、民間人であろう人間一人、女を拘束した。

「……」

女はその場で座り込み、何かを腕に抱えていた。

1人でボソボソ言っているが、全く何を言っているかは聞こえない。

時折見せる女の笑みが、少々不気味ではあったが。

今日は天気も良く、空は高く、砂埃が宙をよく舞う日でもあった。

(こんな砂だらけの中で、よく座り込めるもんだわ。返事くらいしたら…)

脅かさないよう、ゆっくりに近寄って行くと、女はニヤニヤと笑い、抱えているものをしきりに撫でていた。

よく見なくても分かる。

それは人形…片目潰した汚れた人形を、女は我が子のようにあやし、ずっと頰ずりしていた。

「ッ!」

(人形を子供と感違い?この人、白痴なの?)

女性に無意識に、手を伸ばしていた瞬間だ!

「罠だ!キリコ、避けてッ!」

「エッ?、危なッ!」

『ダダーン!ガガガッ!』

檄と爆音が同時に、耳をつんざいていった。

「痛って〜」

爆発音と同時に地面に転がってい…たが…。

(爆発音避けのヘッドホン、面倒臭くて首にかけたままだった。久々に耳も痛い…)

頭に手を当てながら、今の状況を把握する事に努めた、

辺り見回しても、石造りの家だらけ。

珍しくも何ともなかったが、壊れかけた家が多く、身を隠すのにはもってこいなところでもあった。

見た限り、高い建物は数えるほどの地域だ。

二階建ての屋根上から狙撃、それが一番無難な答えだろう。

そして、女を外しての狙撃…中々の腕だと確認出来た。

(うっ…)

「だ、大丈夫ですか?キリコ」

「これくらい、大丈夫…だから、体どけて。君が上に乗っかったままで動けない」

「あ、あ、ごめんなさい。重かったですよね、すぐに退きます」

「言うほど重くもないけどね。助かったわ、ありがと、ナダル」

咄嗟に飛び込んでくれたのはいいが、2人とも地面に転がって、ナダルの下敷きになっていた、

『ダダーッ、ガガガッ!ガガッ!」

「銃声が!まだ来るのか?」

「いや、あれはシャーの援護射撃ですね、キリコの状態を見て、周りに牽制をかけてます。対応がホント早いなぁ」

「…、あっ!あの女はどこ?本は?」

「女がいないッ、…消えた。本はまだ…」

「なるほどね、女は囮か…今度会ったら、頭ぶち抜いてやる。本は持って行かれたと思うけど、とりあえず探して見よう。ナダル、シャーも合流するように言って」

「分かりました」

(ナダルとシャー、まぁいい奴らよ、本当に)

シャー・イブン・パプレビと、ナダル・イブン・パプレビ。

2人は、スーフィーから譲り受けた護衛兼秘書みたいなもんだ。

武術も射撃もまるっきりダメな自分を見て、当然の如く、スーフィーも不安になったんだろ。

「桐子さんは始めたばかりですからね、し、仕方ないですよ。ぼ、僕はここから離れられませんが、代わりにこの2人を桐子さんに付けます。

ぼ、僕は桐子さんを信じていますが、何か有っては困りますので、ぼ、僕だと思って、に、煮るなり焼くなり、す、好きにして使って下さい」

「…ありがと」

(カニバリストじゃないから、そんな事しませんけどね)

初戦から自分のお供をするこの2人は、献身的で忠実な双子だった。

背も体格も兄よりも高く逞しく、壁の如き圧力には閉口するが、いつも自分を守ってくれる頼もしい存在だ。

温厚で勘も人当たりの良いナダルは、オールラウンダーで接近戦が得意で、いつも自分のそばに居て、警護してくれている。

シャーは銃の扱い、イヤ、銃器の扱いが途轍もなく上手く、特に狙撃が凄くて、遠くから今のように自分に配慮してくれる。

初めはスーフィーから扱いを習っていたが、今ではシャーが、自分の戦闘の師匠みたいなもんだ。

スーフィーとこの2人の関係?

スーフィーは2人を自分のクローンと言ったが、ピンクウサギと人間じゃ、違和感あり過ぎて当然納得出来るはずもない。

まぁ、親戚かなんかであろうと、それ以上気に留める事も追及する事もしなかった。

(みんなの食事の用意とか、スーフィーとの定時連絡とか、雑用までこなす汎用型ロボットみたいで、便利過ぎんだよね)

あれから、根源種や世界や本について、沢山スーフィーから学んだ、と言っても殆ど頭に入っていないけど。

毎日欠かさず、戦闘の特訓もした。

受け身に武術にナイフの使い方も。

(私、一体何やってんだろ?誰と戦うんだろ?何の為に戦ってんだろ?こんな健気で勤労JKなんて、そういないわよ…)

自分の疑問は解決せずに膨らみ続け、大義名分も綻びかけている中、スーフィーの演説のような授業は延々と続いていた。

喋るのが好きなスーフィーにとって、この仕事は天職だと自信もって言える。

そして、これで3回目の現場実践。

砂塗れの砂漠地帯ー第3世界の南部が、今日の舞台だ。

初めて行ったヤスナの場所にも似ているが、少し違う。

この街の方が、少し緑が多いんだ。

『さ、さ、散弾銃は概ね50m以内で最大の威力を発揮しまして、スラッグ弾を使用した場合でもライフルに比べ、弾は遠距離までは飛ばないんです。そ、そして貫通力も低いんですけどね、で、でも、そんなに気をつけなく…ッ!』

『ッかってるよ、ショットガンは初心者向けって言いたいんでしょ?悪くないけど反動が大きくて、自分向きじゃないんだ。イチイチ装填に手間取るし、有事の初動対応に困るから、自分はサブマシンガンだけでいいッ!て、あれ?』

『キリコ、一応、持ってた方が良い』

『シャー、、、』

無口なシャーがこの時ばかりは、スーフィーとの会話に割って入り、自分にショットガンを押し付けてきた。

(仕方ない、シャーが言うなら…)

その為、今ではショットガンにサブマシンガンを背中に背負い、腰や足首にはハンドガンに手榴弾・仕込みナイフを忍ばせての、ガチのサバゲーになっている。

服装もスーフィー曰く『桐子さんに何かあっては困るので、男の子っぽくした方がいい』と言ったので、ボッサボサ頭にスタン避けのゴーグルに、布を巻いただけのマスクといった出で立ちだった。

『桐子さん、お名前も『キリコ』って呼び方にしましょう。これなら、男性の名前にもありますからね』

『…』

呼び名は一緒でも、少しアクセントが違う自分の名前。

たったそれだけの事でも、何だか別人に仕立て上げられているようで、怖い錯覚さえ覚えた。

(何かって何があるの?こんな辺鄙な場所で。まぁ、女おんなしてるよりはいいけど、この姿はどっから見ても男にしか見えないし、誰も私に興味なんてないしさ)

そう思いつつ、マジマジと自分の姿を眺める。

こんなJKいる訳がない!

そう思い、力強く頷いた。

「しっかし、ドロドロだなぁ。色気も何もあったもんじゃないなぁ」

初めからこんな色の服だったか?

全体が砂色で、端の切れた服をマジマジ見た。

自分が不憫で可哀相に思えてくる。

はぁーと溜め息つけば、必然と、肩も落ちてしまうのだった。

「キリコ、西の廃墟にはなかったが…どうした?何かあったか?」

「いや、何でもない。一回りしたら早々に帰ろう。ここで長居は無用だ。すぐ隣は危険地帯だからね」

2人は常に自分へ報告し、指示を仰ぎに来る。

自分が主人みたいなもんだから、当然の事ではあるが、外見から仕立て上げられたせいか?

そういう立場に祀られると、何だか喋り方や行動まで男っぽくなってきた気もする。

環境とは、とても怖いモノだと認識した。

(一応ここでは自分が、人の上の立場っぽいからちゃんとしないと…こんなところでナヨってらんないし…って、意外と冷静だな、自分も)

帰れることが、とても嬉しいのだと思う。

戦闘は出来るだけ避けたい。

(帰る場所があり、無事に帰れる事が、幸せだとは知らなかったなぁ)

みんな無事で帰れる事に、口元が少し緩んだ。そんな自分をシャーは、不思議そうに見ていた。

本音半分の言葉を告げ、自分はポンとシャーの肩を軽く叩いた。

「ナダル、そっちはあったか?」

仲間と北方向に詮索していた、ナダルの元へと到着した。

「キリコが言った通り、本は持って行かれたみたいですね。あれ持っていれば、命も狙われますが、いざって時は高値で売れますから」

「無駄だよ、そんなの。どっちみち殺されるんだから、そんなものはさっさと手放した方が長生き出来るね。今回はこれで終わるよ。みんなご苦労だった、ナダルもシャーも、帰り支度してくれ」

自分の「終わる、帰る」と言う言葉に、少し歓声が沸いた。

民兵達が嬉しそうに談笑し始めると、緊張感が一気に抜けた。

「今日も無事に終わりましたね。本探しで3回とも怪我人さえ出ないなんて、これはキリコが守られている結果ですね」

「まだ気は抜けない、ここは現場だ。ナダル、みんなに談笑もそこそこにって伝えて。今日もただ運が良かっただけだしね」

「了解!でも、運も実力のウチッて、言うじゃないですか」

「ま、まぁ…大した事してないからね。それと早く転送するように、スーフィーに連絡して」

「(^-^)/」

ナダルは自分に了解!と、手で合図すると耳元に手を当て、ブツブツ呟いた。

その足先は、帰り支度する仲間の民兵達の元へと向かっていた。

スーフィーからナダルとシャー以外に、20人程の兵も預かっていた。

彼等の面倒は、ナダルがよく見ていた。

こういうところは、兄に似ていると思う。

兄と同じような、人への気配り…わざとらしい程、兄とダブってみえる。

(まだ転送まで時間がある、少しブラつこう)

急に落ち着かず、逃げるようにその場から去った。

ボッチに慣れていた生活から、いきなり大勢の人と笑ったりするのは戸惑いがある。

まして、相手は男性で年上のようでもあり…。

(ヤスナにはすごく憧れたけど、こんなの面倒なだけでしょ。ま、ナダルに任せておけばいい。私も、ヤスナの立場に近くなったかな?ヤスナの傷は癒えたかな?会えたらいいな)

ヤスナに会って、話を聞いて欲しくて仕方がなかった。

人の上に立ち、人をまとめると言う事。

どんな気持ちで、ヤスナはその役目を務めていたのか?すごく聞きたいと思う。

今なら普通に話が出来て、色々相通じるところがある気がしてならなかった。

少し辺りも暗くなり、星もチラホラ見えそうで

見えない空を見上げる。

近くに寄れば、もっと星は見えるだろうか?

足が勝手に、みんなの場所とは逆方向へと進んでいた。

「ヘェ〜、意外と小さいんだね」

「ッ⁈」

目を凝らし、空を眺めていた虚を突かれた!

突然、背後から自分に囁く声が聞こえた。

(早ッ!後ろ取られたッ!)

「服が服だから分かんなかったけど、案外華奢なんだね、イマームンは。あ、暴れないでよ、今日は何にもしないッてば、挨拶しに来ただけッキャッ‼︎」

「ッ!笑わせてくれる、挨拶なら堂々と表から来い。初対面でいきなり背後から、挨拶なんて聞いた事がない」

「ザザッザッ!」

「動くな。何者だ、名前は?お前。どこから来た?」

「俊敏って噂は本当だったんだ。噂って誇大になりやすいけど、あなたはそれに該当しなくて良かった。ね、こっちは丸腰なんだから、銃を向けないでよ、怖いなぁ〜」

そんな事言われても信じるはずもなく、相手に即座に向けたサブマシンガンを、降ろそうとはしなかった。

無言の睨み合いが続く時間だった。

どちらも相手の力量を、空気のみで読み取る高度な間合い。

気後れせず、ハッタリを続けるだけでも、額から汗が引き出しそうだった。

一瞬、背後から左手首を掴まれかけたが、こちらも相手に向けて、一発左足で空を蹴って一回転し、奴から身を引き距離を取った。

足首の仕込みナイフを手に、着地と同時に、奴の足元目掛けて数本お見舞いしてやった。

初めて実践でやったが、案外上手くいって、内心ホッとしたのも束の間だ。

これは完全に自分の失態だった。

わざわざ、自分から虎の穴に入るとは…。

周りが少し暗くて分からなかったが、ここは危険地帯の直ぐ側だったのだ。

(これは自分が悪い、マジで油断していた。早く仲間と合流しないと。どいつもこいつもやけにデカい!自分も伸びたけど、追いつかないし…てか、こいつどうする?仲間を呼び寄せる?イヤ、それはこれ以上問題を大きくするだけだ)

相手の話を聞くまでもなく、答えが出ると、すぐに次の行動に移った。

「ほんと、気迫も凄いんだね。私の負け。私は神田春 修羅。年は20で3サイズッ、キャッ‼︎」

「ガガガッ!」

「もう一度聞く。お前、日本人なのか?どこから来たんだ?」

腰の辺りで構えていたサブマシンガンを、胸で構えて相手の足元に連射した。

修羅という女は、踊るようにして弾を避けていた。

(威嚇なら幾らでも出来る…けど。。。ぶち抜くとか、今までの自分では想像もつかない言葉遣い、これから本当に自分は、どうなっていくんだろう)

不意に不安が、塊になって胸につっかえてきた。

まるで、鉛でも飲んだかなのような気分だ。

逃げ惑う女の姿を見るのも、悪趣味極まりなく感じ、後味悪過ぎた。

こんな事がしたい訳じゃない。

本気で撃つ気も無い。

この3回の実践も、たまたま対人戦がなかっただけだ。

運が良かったと、自分では思っている。

それに相対しても恫喝すれば、どうにかなったレベルばかりだ。

それ以上の事がもし…。

これに懲りてさっさと帰ってくれ!と、心の中でしきりに願った。

その心の中がそのまま、顔の陰りへと反映されていく。

隠そうとすれば、自ずと出てくる表情に歯ぎしりしそうだった。

「…私は本だよ?イマームン」

「?」

「私が本だってばッ」

「は?お前が本?…あり得ないね、本気で死にたいようだな」

原色まではいかないが、水色に黄色の激ミニボディコンとあからさまな巨乳なんて、場違い過ぎて開いた口が塞がらない。

埃も付いていない、高いヒールに光る靴でここを歩く能天気さ。

砂塗れの自分とは全く違う風貌で、普通の神経ではない事だけは察知出来る。

(最悪は避けられそうにないなぁ、マジで痛い人だと思わなかった。こんなところで露出とお洒落する感覚は理解不能だけど、小綺麗なのは正直羨ましいが…)

「お前が本という存在なら直ちに連行だが、お前は本じゃない。時間の無駄だったな」

「バババッ!」

「ま、待って!は、話があるの!」

「…話?」

連射を止めた。

単なる気まぐれだ。

銃口を向けるのも、本意でなく好きでもない。

止めるきっかけも欲しかっただけだ。

下らなさそうな話を、少しだけ聞いて見ようと思った

頓珍漢な世俗話でもいい、時間が稼ぎたかった。

どうしたら、体良くこの場から退散出来るか?思案したかったんだ。

自分の世界で言う『本』と、スーフィーが言う『本』は全く概念が違った。

本が形状的に、本の場合もあるし、人や植物、置物や家具の場合もあった。

1回目の実践では6冊見つけた中、4冊は人間、1冊は椅子、残り1冊は自分の世界で言う本の形だった。

2回目は犬1匹、それが本だった。

どの対象物でも、自分だけが確信もって”これは本だ!”と見つけ、みんなに指示をしていた。

それらを持ち帰ると、スーフィーはご満悦で、『流石、キリコさん!』と、気持ち悪いほど褒めちぎっていた。

擬態の形は無限大であろうが、どんな形容でも、何故か自分には分かるみたいだ。

対象物からと思われる、シンパシーなるものを感じ取ってるんだろうか?

理屈は分からないが、『本』なら、不思議と青く光って見えるんだ、藍色ってやつに。

他人は知らないが…、今のところ、この現象は自分だけのようだった。

これがスーフィーの言う、『第4.6根源種』なる所以なのかもしれないが…。

(とにかく兄を連れ帰って、普通の生活したいだけだから、私は)

「あ、あのね、わ、私を彼女にして欲しいの」

「は?」

「彼女にしてくれたら、いえ、結婚してくれたら、秘密を全部話すわ。奴らの謎も…」

「⁈、いきなり何っ言っ!」

(彼女?結婚?こいつ、正気か?女に彼女って…そういう趣味もないし、秘密を知ったところで、人質の兄は帰ってくる訳でもなく、拒否すれば両親が駆り出される現状に、何一つ変化はないからさ)

「いや、必要ないし、どうでもいい。今回は見逃がしてやる。二度と目の前に現れるな」

修羅に背を向け、その場から立ち去ろうとしたが、彼女は食い下がってきた。

腕に縋り付き、目を潤ませて懇願しているよううにも見えたが…。

この状況…男ならなびくかは知らないけれど、女の自分に、涙攻撃は0ダメージ以上に、苛立たしさで本当に相手をどうにかしてしそうだった。

「イマームンは、自分が4.6って本当に思ってるの?第5根源種の勝手な定義に、押し込まれているだけなのよ?私たちならそんな事しない、みんな自由で英雄になれる。あなたにはその資質と血統があるのよ!」

「…」

(また血統かよぉ。そんなのどうでもいいんだって。てか、どこでそんな情報仕入れてんだ?スーフィーは4.6の数字は、勝手に決めたって言ってたのに)

面倒な奴に絡まれてしまった。

早速、話を聞く選択に後悔した。

まるで、酔っ払いの相手をさせられている気分だった。

(これは何かの罰ゲームか?プラス泣き落としまでとは、ハードルが高過ぎだろ?面倒な女だなぁ、正直苦手、この手のタイプは)

適当に話振って逃げるのはどうだろうか?

どれも名案でなく、次も思いつかない。

仕方ないので、思いついた事を適当に話して、タイミングを見計らって逃げる作戦に変更した。

「私達って、他にも本を狙う輩が実在すると?その組織の名前は?あなたもその1人か?根源種のナンバリングは、便宜上であり総称と聞いている。自分にはこの説明で十分です」

しがみつく腕を振り払い、元来たの道へ進もうとしたら、今度は足にまでしがみついてきた。

綺麗だった筈の服が砂まみれに…

目には涙、鼻もグズグズ言いながら、まだ自分に訴えかけてくる。

(うわっ!クルクル巻いてた髪も滅茶苦茶、さっきまでの、余裕こいた態度は何だったの?この人理解不能だわ!)

この女性が、ここまで自分に縋りつく理由は何なのか?

どうでもいい事だが、少々気にもなる。

それにこのまま、放って逃げるのも…何だか気が引けた。

同性の好か?

彼女が哀れにも思えて、手を差し伸べずにはいられなかった。

「修羅だっけ?せっかくの綺麗な服が汚れてる。さぁ立って。もう行かなくてはいけない。それに全てを知ったところで、世界は何も変わりはしないんだよ」

「ありがとう、イマームン。優しいんだね…、奴らに何か弱みでも握られているの?あなたは人に利用される立場じゃない、私達なら力になれはずよ」

砂を払ってやっている間も、イマームンという言葉を、頭の上から連呼し続ける。

上から目線的で、勝手に命名されてるみたいで、イラっとしてくる。

優しくしてやったら、調子に乗らせたか?

そろそろ潮時と思い、話を切り上げようとして思った。

「自分はキリコだ。イマームンとやらではない」

「じゃ…キリコ、お願い、一緒に来て。あなたも来たらきっと分かってくれる。是非、仲間に会って!」

強引に腕を引っ張りだした修羅の態度に、我慢の限度が超えたようだ。

どんな事に於いても、自分の意志が内在しない行動には、何の価値も無いと思っているから。

言われてやるようでは、この世界では生きていけない!

(こいつも、かなり図々しいなぁ。大人しくしていたら、好き放題言ってくれる)

「いい加減しろ!初対面の人間に、彼女や結婚を要求する方がどうかしている。人に頼むなら、それなりの礼儀があるだろ!」

「あッ…イマームン」

「自分や仲間の事は何も話さず、とりあえず来い?ナンパでももっと気を使うね、あなたもその仲間も血統とやらに、恋い焦がれるパラノイアか?それに自分より、背の高い人間は好きじゃないんだ!」

「そんな…私は昔からイマームンに憧れていて…ここ数年姿も噂もなかった。でも、噂を聞いたから、ここに来たの。イマームンに会える

、堂々とした態度で人を導く姿が見られるって…」

「…」

(イマームンじゃないと言ってるのに、話聞かない女だな。話の論点が最初からズレてると言うか、交差もしてない感じ?)

少し無言の時間が流れた。

なんか不思議でならないというか、釈然としないと言うか…、

姿を男っぽくとか、スーフィーに恫喝されてたりとか…情報が色々規制されているとかは、仕方ない事だし、足掻いてもどうにもならない事だから、無理にでも納得せざるを得ない事だ。

範囲は知らないが、たった3回の実践で、そこまて自分の存在が、噂として広がるもんなのか?自分の世界と違うから、そんな道理は通らないのだろうか?

価値観の相違の話なのか?

単なる彼女の戯言なのか?

訳が分からなくなってきた。

(おいおい、人なんて導いた覚えもないし。願いはしたけど、ご飯作ってとか、お菓子食べたいとか、そんなレベルだし…何か違うよね)

あぐねていると、一つの例えが思いついた!

「それって、人を間違えてない?噂される程、自分は現場にも出てない。それは君の勘違いで、人を間違えているよ、ハハッ」

やっと話の道が見えたところで、笑いがこみ上げてきた。

ドッと蓄積された疲労感が、一気に出て、早く帰りたいが本音だった。

(自分が知る中で、該当する人物は、ヤスナ以外にいない。って事は立派にやってるって事だ。元気になったんだ、良かった!)

自分の姿をもう一度見てみた。

理解し難いが、何となく想像は出来る。

ヤスナを知らない人が自分を見たら、ヤスナと自分を見間違えるかも知れないと…。

「修羅、そこにいたのッ!だ、誰だ、お前?」

「あッ!」

「ザザッ、シュシュッ」

「これは、これは。第三者のお出ましですか?王女救出のナイト参上か?」

緩んで朗らかな空気が、一瞬でピンと張り詰め、急に場の凍る空気感に漂い始めた。

全身のアンテナを逆なで、少しの動きも見逃さないよう、神経を研ぎ澄ませていく。

暗がりで、多分お互い顔も足元も分かりづらい。

しかし、聞き覚えのあるような声のトーン。

自分と似たようた出で立ちが、ぼやけて見えた。

常に動く、白目の部分だけが光って見えた。

その場から体一つ飛び下がり、同時にナイフを数本地面に投げつけた。

それ以上来るな!という意味を込めて。

新たな第三者も、小銃をこちらに向けて構えていた。

隠れるところは皆無だった。

2対1。

部が悪いのは、歴然としての事実。

斜交いに周りを見渡しても、不利な状況は変わらなかった。

地の利も生かせず、またドジを踏んだと後悔した。

「その場でうつ伏せなれっ!早く!」

「ま、待って!彼はイマームンなのよ。今さっき出会ったの。話をしてたの。でも、説得に中々応じてくれなくて」

「彼がイマームン?本当なのか?修羅」

「そうなの!」

「…なら、早めに始末しておいた方がいい。芽は早めに摘まないと、問題がでかくなる」

「ッ!」

(マジでこっちがやられる!応援を頼むっても、何もないし…ヤバイっ!)

第三者は小銃を胸に構えながら、自分を的に焦点を絞り、ゆっくりと引き金に指を回していく。

何とも言えないゆるりとした時間が、真綿で首でも絞められたかのような感覚になり、口の中のまとわりつく粘っこさが嫌でならなかった。

銃を構えた相手の方が、早いに決まっている。

自分は銃も構えていない。

ナイフを投げたところで、瞬殺されるのがオチだ。

正に四面楚歌であった。

「止めてッ!保名、彼は誤解してるだけ。全然知らないのよ。だから、話せば分かるわ。彼は賢い人だもん。だから撃つのは止めて、保名」

「ヤ、ヤスナ⁈」

地面に伏せようとしたが、その名を聞いた途端、居ても立っても居られないられず、修羅達の傍へと無我夢中で駆け寄って行った。

ヤスナと言った、間違いなく聞こえた!

自分が撃たれそうだったのに、我を忘れて、そのまま2人の元に突進していた。

「ヤ、ヤスナ!怪我は?治った?あ、あれから助けは来たの?大丈夫で良かった…」

胸倉掴んで、相手を揺さぶっていた。

嬉しさの余り、大声で気持ちを表現していたようだ。

自然と嬉し涙が頬を伝った。

へへっと笑いながらも、緊張感が無くなり、腰砕けになり、そのままその場に座り込んでしまった。

(良かった、本当に良かった…)

身を丸くして、全身で言葉にならない至高の喜びに打ち震えていた時、保名は言った。

「ごめん、誰だっけ?」

「えッ?」

「や、保名?」

その言葉を真意を見極める為、すぐに保名の顔を見た。

酔いが醒めるが如く、歓喜した表情はすぐに曇天していくのだった。

一見、あのヤスナそのものだったが、よくよく見ていくと、少しずつ違いが分かってきた。

あれから、日にちも経ったからなのか?

それとも自分がうろ覚えだったのか?

頭が更に混乱してくる。

(あれ?ヤスナって、こんな子供っぽかったかな?体格はこんな感じの中肉中背。髪の色も少し明るかった気が…どういう事だろう)

マジマジ見つめる自分に、保名は言った。

「俺はあんたを知らない。でも、あんたがイマームンなら正直有り難いが、面倒でもあるんだ。悪く思うなよ」

「保名、止めて!イマームンは味方なのよッ」

「⁈」

修羅の言葉も軽く交わしながら、自分の額に銃口を当ててきた。

(あ…終わりなんだ、呆気ないなあ、人生の終焉は、もっとドラマチックかと思ったけど…)

若くしての人生幕引きにも、何の感情移入もなかった。

いや、出来なかったと思う。

両親や兄の事や、ナダル達の事、そして疑問の数々が解明されず…自分の気持ちに、正直過ぎる程はしゃいぎ回った結果がこれだ。

自業自得というものだろう。

人にはほどほどに!と、注意しておきながら自分は…情けないの一言だった。

最後に一つだけ質問をしたくて、唇を切る。

これだけは知って起きたかった。

「一つだけ質問させてくれ。知っているなら教えて欲しい。場所は分からないが、ここよりもっと砂漠地帯で、ヤスナという男に会った。彼は今、どうしてる?」

「…あんた、朧のヤスナを知ってるのか?奴の最後を知っているのか?あいつのの最後はどうなったんだ?」

「朧?最後?じゃ…」

「俺は保名であって、ヤスナじゃない…奴は死んだ。あそこは朧月夜の砂漠と言って、第4世界の赤道近くの砂漠で、ここより激化した戦闘地域だ」

体が勝手に震え、指先が急激に冷たくなっていくのが分かった。

ゆっくり視線が両手へと向けられた。

その手も小刻みに震えていた。

何か言わないと…と思うほど、言葉が出てこない。

頭も真っ白になり、思考は完全に停止し、流される回顧の映像だけが、延々と脳内にループされていく。

(し、死んだ?いや、殺したんだ、私がヤスナを…。この手で…)

もう償えない大きすぎる過ちに、一瞬でショートして麻痺した感覚。

人として終わったと認識した。

「キャー、イマームン、だ、だめっ!」

「お、おい、バカッ!止めろッ、何してる!」

「…え?何って…」

「ダーン!」

いつの間にか、こめかみにハンドガンを当てて、既にトリガーを引いていた。

本当に無意識で躊躇なき、迅速な行動だった。

声出した次の瞬間、修羅と保名の2人がかりで腕をとられ、地面に押さえつけられていた。

保名の咄嗟の機転で、空に向けられた銃口は、花火のような乾いた気持ち良さがあった。

腕を取られ、無理やり曲げられた腕は折れそうでもあったが、痛みも感じない。

どうせ、すぐ死ぬんだし…。

「自分で死ぬ奴があるか、バカ!」

「…う、ううっ…」

壊れかけた心でも、たまに動く事もあるようで、目には涙が溢れて零れていた。

押し殺していた感情が蓋をぶち上げて、一気に体を埋め尽くしていく。

終いに大声で『ワーワー』と、地面に伏して泣き出す始末だった。

(自分のせいで、そのヤスナもこの世にもういない。一番しちゃいけなかった事をしてしまった!あのキャンプの人達にも、取り返しがつかない事を…、無事でいて欲しかった。もう自分が死んでお詫びをするしか…)

「ダダダダダッーッ!」

「ガガガカガガガッッ!」

「ダーン、ダーン!」

死を覚悟した途端、激しい爆音の嵐が身に降り注いだ。

煙幕で視界が遮られる。

(これは狙撃?まさか)

「キリコー!キリコーどこだぁ?」

「ダーン!」

銃弾は、もう一発撃ち込まれてきた。

保名のすぐ足元だった。

(相変わらず、すごいコントロールだなぁ、シャーは)

あの声はナダル。

帰ってこないから、自分を探しに来たんだと、すぐに推測出来た。

(こんな時に探しに来るなんて、彼らにしたら当然な事。でも何て間が悪いんだろ…私って)

すぐ側に撃たれた銃弾の正確さに、保名の声も上ずっていた感さえあった。

頭を抱え、身を庇いながら、修羅は保名に叫んでいた。

大声でも弾幕で、音が消されていく。

「や、保名、多勢に無勢だわ。全滅させられるわ、ここは一旦、引き上げましょ!」

「こ、これじゃ身動き取れない!それしかないだろ、あんた、……」

「え、え?な、何、何て?」

取り押されられた体を自由にされ、振り向いた時には、2人は忍者のような身のこなしで、既にこの場なら姿を消していた。

(早いなぁ、すごい人達なんだろうなぁ。でももういいよ…どうでも…)

「大丈夫か?目が虚ろだ、何かされたのか?」

「全然、帰って来ないから、心配しましたよ。キリコ、怪我はありませんか?」

「2人とも、ありがとう。何でもないよ、早く帰ろう、休みたいんだ」

2人は体を起こしてくれた。

ナダルがおんぶしますと提案してくれたが、やんわりと拒絶した。

(帰りたくないけど、みんなを無事に帰さないと…)

「アッ!…ッて…」

足元に力が入らない。

ふらついて、歩くのもままならない自分を、シャーが目立たぬように、体を支えてくれていた。

「あ…ありがと」

「いいから、歩け。民兵達も心配していた。キリコが倒れれと士気が下がる」

「そうだね、悪かったよ、勝手な事してごめん」

「その言葉は俺よりナダル達に言え。ナダルと民兵が必死で探してたんだ。もう1人の体じゃないだ、自覚しろよ」

「…ごめん」

ごもっともな意見に反論出来ずにいた。

ごめんとしか言葉が出なかった。

(気持ちが追いつかない、今日はもう頑張らなくてもいいよね)

シャーの好意に甘えて、体を預けて歩いた。

目の前で、ナダルが「こっち、こっち!」と、

自分に合図していた。

ナダルは、自分に何も聞かない。

ただ、ひたすら体の事を気遣ってくれていた。転送の準備は既に出来ており、後はその場に立つだけで場所移動が出来た。

後は自分が揃えば、転送は開始される。

みんな『早く』と、手招きしていた。

口元を少し歪めるので精一杯な自分。

ゆっくりとその場に近づいていた。

「何があった?らしくないんじゃないのか?」

「…彼女にしてくれとか、結婚してくれとかって言われたよ」

「え?冗談だろ?」

「こんな場所で冗談言える程、呑気じゃないよ。でもその真っ直ぐ信念に向かう姿勢は、嫌いじゃない。ある意味、眩しく映る形だわ」

「一体、何の話だ?」

「思った事がそのまま現実になれば、どれほど面白いか?って事。例えそれが想念の中であってもね。人生豊かになると思っただけ」

ポンと肩を手を当て、シャーとの会話を閉じた。

向こうから、ナダルが即するよう促してきた。

あれから時間も経つ。

焦れてもいるをんだと思った。

「キリコ、早く〜!動かしますよ!」

「分かった、今いくよ。スーフィーに風呂と食事をッ」

「もう頼んでありますよ」

目を細め、ナダルに向けて、口元を上げて見せる。

それが今出来る、精一杯の強がりだった。

(あの男、保名と言ったな…。まだ自分は生きろって事なのか?どうでもいい、この世界の為にまだ自分は…)

次は3日後と聞いていた。

まだその日までは、自分へ死ねないと認識した。


「話がある、スーフィー」

「ぼ、僕もですよ。以心伝心ですか?う、嬉しいですね、内容はそう…」

「キリコについてだ」

スーフィーはどうぞ!と手振りをして、部屋の奥へと招き入れる、

ニヤッと口元を大きく歪め、目をギラッと妖しく光らせていた。

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