第1ー5 ヤスナ

ヤスナは無事だっか?それとも…。

あれから何日経っている?一週間くらいか?

本当に兄はあそこに居たのか?

行ったとしたら理由は何?責任とやら?

一瞬であの場所へ人を移動させる事の出来る、ロッシャンと言う輩は一体何者なのか?

そもそもあそこは、現実にある場所なのか?

言い出したらキリがない程、疑問が出てくる。

本当に自分はヤスナを…。

大きな家でもないので、兄の部屋の前を通らないと、どうしても玄関にも行けない。

すっきりしない日々が続いて、もう全ての内蔵を入れ替えられる程の霹靂があれば、どれほど気が楽だろうか?

所詮自分は部屋のドアから、極力視線を反らすことしか出来なかった。

確かめたいけど、その術ももう無い。

(兄貴に関わると、本当にロクな事が無い)

それ以上に無力過ぎる自分に、反吐が出そうだった。

深い溜息つこうとした時だった。

「キリーツ!礼!掃除当番しっかりやれよ」

「ガヤガヤ」

(そうだ!今は終礼で学校にいるんだった。ずーっとあの出来事ばかり考えて、授業聞いてなかった!)

声の大きな担任のおかげで、ハッと我に返る事が出来た。

「はぁ…」

みんなに合わせるように慌てて起立し頭下げ、帰り支度をしていると、友人の紗凪(サアナ)が肩を叩いて言った。

「みんなでカラオケ行くんだけど、桐子も行かない?」

「…ん、、、今はちょっといいかな?用事あるから」

「。。。なんかあった?元気そうじゃないけど?」

「少し疲れてるだけ、寝たら治るよ。ありがとう、心配してくれて」

今出来る精一杯の笑顔を見せて、早々にその場を駆けて行った。

(紗凪、勘がいいからバレてるなぁ。明日からちゃんとしよっと)

何もかもが中途半端になり、何も手がつかない状態を、どんな方法なら切り抜けられるのか?

もう一度、あのパソコン触る?

いや、行くしかないだろ、もう一度あの世界へ。

答えは分かりきっている。

確かめたら済む話だ!

(ブルブルッ!)

家路の途中でたち止まり、激しく左右に頭を振って、その答えを無理矢理否定した。

「ダメだ!もう無理だよ、あんなとこ。怖くて行けない。お願いだから、ヤスナ生きてて!平和主義の自分が、武器持って戦うとか無理だよ。行き方もどうやって帰ってきたかも、方法なんて全く分からないし」

帰宅道中、何度も溜め息を繰り返し、空を仰ぎ見ては目尻に涙を溜めた。

(本当に何にも出来ないもん、私には…)

気がつけば隣に銃があったと言うヤスナは、ある意味キラキラしてように思う。

年もそんなに変わらないのではないか?

なのに、みんなに声掛けられて、みんなの期待を集めてるみたいで、ベースキャンプの中心的存在みたくて少し感動した。

泣いてばかりの自分を引っ張ってくれた時も、凄く頼り甲斐があって力強くて安心出来た。

手段は物騒だけど、何だか羨ましいとさえ思えてくる。

(ヤスナみたいになれたらいいなぁ。何かカッコよく見えた。銃は扱いたくないけど、自分にも何か出来る事があればいいなぁ)

少し歩いてはまた立ち止まる。

家に着くのは何時なるのか?それほどにあの出来事は怖くもあったが、自分が知らず識らず、あの世界に惹かれ、心を掴まれている事も自覚出来ずに没頭していく。

初体験の連続は未だかつてない、強烈な人生の輝きを秘め時間だった。

再び足を止め、また思考を巡らす。

こんな事をしながら、家路の時間は本当に楽しい時でもある。

「ヤスナはもう何人もの人間を殺めて…でも、生きる手段でそうするしかない世界なら、それは大義名分って事で成立するのかな?頑張ってると言ってもいいのかなぁ?この世界じゃ、絶対駄目な事ではあるけど。快楽でそういう事をする人もいるし…って、これはかなり危険思想かも知れない!ヤメヤメッ‼︎」

(一人で何やってんだろ?何回も立ち止まって首振ってバカみたい。もう無理なんだから、諦めなさいよ、私も)

「ジャストで家に着いてた。こんな事してたら疲れたよ。誰もいないよね?」

(カタッ)

門に手をかけながら、左右後方を見渡す。

ご近所さんに自分の変な行動を見られていないか?一応チェックしておくのだった。

こういうチェックは余念がないが、割と大ボケするのは自分の愛嬌だと思ってる。

「ただいま〜」

「キリちゃん…」

「ママ?どうしたの?」

玄関を入ると、ママが縋るような目で自分を見つめ、飛び掛かる勢いで抱きしめてきた。

いきなりで、息が詰まる。

「ママ、苦しいって」

「桐ちゃんなら出来るんでしょ?お兄ちゃんを助ける事が?」

「え?ど、どうして?そんなの出来ないよ?何処に居るかも知らないのに…」

「お兄ちゃん、生きてるって言ってくれた人が居たのよ。元気にしてるって。桐ちゃんを待ってるって!ねぇ、お願い。桐ちゃん、お兄ちゃんを迎えに行ってあげて。もう半年も経ってるの、心配で、心配で…」

「…ママ」

次にママは両腕をガシッと掴み、前後に激しく揺さぶってきた。

正直、ママにこんな力が出せるとは、今まで思いもしなかった。

(普段は、蟻1匹でもオロオロしてるのに…)

ママのこの姿を見るのは、本当嫌だった。

時折見せる、兄への異常のように思える行動の一つだから。

いつも平等なママでも、兄に事があったら、ママは常に体を張って庇っていた。

パパと喧嘩してた時も、兄を探す時も、人様にも土下座してお願いしていた。

(ママはあいつの事だから必死なの?もし、私が行方不明なら、同じようにしてくれるの?)

ママへの疑問、いつか、尋ねてみたいと思う。

兄だから、長男だからこの態度なのか?

こんな自分だから放置気味なのか?

思う事は沢山あるが、優しいママだから。

お菓子を分ける時も、洋服買ってくれる時も、数も回数も平等にしてくれてた。

兄に黙って、美味しいモノを食べた事もある。

でもママの本音は?

それ以上、聞くのも言うのも怖くて、苦笑いするしかなかった。

これは緊急事態で、家族の問題なんだから…と、何度も自分に言い聞かせて。

「ママ、誰がそんな事言ったの?本当に私は知らないの、居場所もその行き方も」

「確かに聞いたの。あの子は生きてる、元気にしてるって。今じゃもう、あの子を探すところも無い、やり尽くした…捜査をただ待つだけなんて、ママには無理なの。ママは行けないけど、桐ちゃんは行けるって。お願い、ママのワガママ聞いて、ママにあの子を返して」

「…ママ」

もう何も言えなかった。

「ママ、本当に知らないの。ごめん…」

必死なママの思いにも応えられない、自分が歯痒かった。

どうあっても助けたいと、母親だからこその感情だろうと察した。

項垂れて、唇を噛み締める。

拳に必要以上の力が入り、体がワナワナと震えた。

(やっぱり無力だ…力が欲しいなぁ、ヤスナみたいに強くなれたらッ!少しあいつが羨ましいけど、仕方ない事だよね)

ママも少し肩を落とし、自分に背を向けていた。

「保名さん、あの人…嘘は言わないと思うの。そんな事は聞いた事がないもの…」

「え?」

(なんて?保名?どうしてここで彼の名が?)

ママのか弱そうな声が、木霊するみたく聞こえてきた。

『ヤスナ、保名、やすな…』

下げていた頭が急に上がり、今度は自分がママの両腕を鷲掴みにしていた。

ママは自分の勢いに押されてたじろぐ。

「今、保名って言った?なんで知ってるの?彼と会ったの?いつ、何処で?彼はげッ!」

「キ、桐ちゃん!い、痛い…」

「ごめん…なさい。エスカレートしちゃった、大丈夫?ママ」

力み過ぎた手を離し、ママの両腕を柔らかくさすった。

何度もママに謝った。

ママは苦笑しながら、なんでもないと言ってくれた。

咳払いし、少し気持ちを落ち着かせて同じ質問をした。

「ヤスナと知り合いなの?ママは」

「いつからかしら?ずーっと前からよ。前は良く二人のお守りしてくれたのよ。久しぶりなの、会ったのは。一週間も経ってないわ。すぐにキリちゃんに教えてあげたかったけど、桐ちゃん、具合悪そうだったから…」

「⁈…ご、ごめん。最近調子悪くて」

(幼い頃、三人で遊んだ?全然覚えてない。ヤスナがそんな年?嘘でしょ?それにママがヤスナと会った頃、ちょうどあの世界に行った日の後。どういう事?)

「桐ちゃん、大丈夫?顔色悪いわ。ママ、言い過ぎたみたい…桐ちゃんに負担になるのは辛いの。でも、一人でいるあの子が、不憫で不憫でならないの。ママはもう桐ちゃんにお願いするしかないの。桐ちゃんもお兄ちゃんに会えなくて辛いでしょ?ママと同じでしょ?」

か細いママが、心許ない不安げな声で静かに泣いていた。

確かに兄は心配だけど、ママの心配とはちょっと違う気がしていた。

棒立ちになる自分は、やはりあの世界に戻る必然性があったという事か?

疑問だらけで、また頭がパンクしそうだった。

あのロッシャンなら答えてくれるのか?

ヤスナはまだこの世界にいるのか?

何処に行けば会える?

「ママ、ヤスナとはいつどこで会ったの?」

「桐ちゃん、やってくれるの?」

「…まだ出来るとは言い切れないよ、でも話は聞いてくるよ。何とかできたらいいけど、努力するよ。家族だもんね、私達」

そうママに答えると、ママの顔は突然明るくなって、きつく抱き締め、はしゃぐように言う。

「そうよ、みんな大事。家族ですもん。桐ちゃん、お願いね。ありがとうね、これでやっと帰って来られるのね、あの子は」

少女のように賑やかしく喜ぶママを見て、これで良かったと思い込むようにした。

(何だろう、この違和感。関係ないのかな?ま、失踪した子供の親なんて早々いないから、こんなもんなんだろなぁ)

ママの元気になった姿に、一つ出来る事をしたと嬉しく思えた。

どんな理由にせよ、ママが心労で痩せ細るのだけは、見たくはなかったから。

自分のやるべき事が少しずつ見えてきた気がして、ママとの話し合いは思った以上に爽快感があったと思った。

歯車は思っているよりも高速に、狂い始めているよも知らずに。

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