第1ー4 私の羅
目を開ける事が、これほど怖いと思った事がない。
恐ろしくて、更に目を固く閉じ、その場で体に力を込めて小さく縮み込んだ。
鼓膜が破れそうな程の爆裂音が、何度も何度も耳をつんざく。
今まで生きてきた中で、聞いたことのない激しい音だった。
「ガダガダガダッ」
何か大きなものだろうか?
車?
違う…もっと何か大きなものが通ってるのか?
地面から腹の底から感じる太く這うような振動?
そう、電流が垂れ流し状態で延々と体の中を瀰漫し続いていた。
それにヤケに暑い。
湿気より暑さを感じて肌も痛い。
(この明るさ…部屋じゃない、外だっ!だってこんなに乾燥してる、まるでここは…)
明らかにさっきまでいた、兄の部屋とは違う事は分かる。
今、自分が座っているところは、間違いなく机の椅子ではなく地面だ、それも舗装されていない砂利道。
乾燥した粉塵が空を舞い、やたら埃っぽい。
転がってきた少し大きめな石が足に直撃する。
さっきの大きなものの振動のせいか?
当たって痛みさえ感じる。
(本に書いてあった。痛みが分かる内は現実で生きてる証拠だって…え?生きて?)
「あっ、生きてる!輪切りされて死んだと思ってたけど生きてたっ!」
「ガガガッ!ドーン‼︎」
「…ッ!」
自分の無事に感慨深い思いも抱けず、大音響と砂埃りに視覚と聴覚が異常値を叩き出している。ケホケホと軽く咳き込みながら声を上げようとしても、周囲の音の大きさに自分の声さえもかき消されていく。
それ以上に、音はドンドン自分の方へと、近づいきているようにさえ思う。
(自分でも何言ってるか、聞こえないし分からない。こ、怖くて目も開けれないし、立ち上がれない?何が起きてるの?ここはどこなの?)
「ガガッ!ダーンッ!」
「キャッ‼︎」
キャタキャタと、回転してるような音が地面に響く、一台じゃない、沢山聞こえて…こっちに音が近くなっていた。
これは間違いなく、殆どの日本人が体験した事のない惨事の真っ只中だ!
「これもロッシャンのせい?今はそんな事より自分の事だわ。早く逃げないと…でもどうしたらいい?」
未知の状況過ぎて、今までの経験なんて生かせられない。
生まれて20年も経っていない、自分の経験なんて無いのに等しいのに。
考えても頭も何にも掴めず、何も浮かばない。
か弱い悲鳴を、キャーと声上げるのが関の山だった。
(え?)
「-…」
「-…-…」
「-………」
凄まじかった爆裂音の嵐が、ここにきて急にピタッと止んだ。
音のラッシュの後の静けさは、筆舌しがたい程の薄気味悪さが胸を充満していた。
(音が…、やっと終わった?なら目を開けても大丈夫かな?)
「…こ、声が分かる!自分の声が聞こえッ!」
「ダダダッーン‼︎‼︎」
「うわっ!」
「ドドッーン‼︎」
この音聞いて、間違いなく自分は死んだと思った。
最大級の爆音が、自分の最も近距離で破裂したからだ。
爆風と衝撃で体がまるで綿埃のように軽くなり、カメラの連写みたいにコマ送りで宙を舞う、自分の体を見ているようだった。
天地無用状態に、人間の体如きはこうも容易く物化するのだと思い知らされた。
やっと目を開ける事が出来た、この世界の第一印象は茶色…黄土色の世界。
緑はなく、砂と石のみの殺風景な景色だった。
「ダンッ!」
「キャッ!…い、痛、、、ィッ、、、」
地面に体が叩きつけられ、小さく呻く。
一応、自分が息はしている事は確認出来た。
しばらく動けなかったが、痛みに慣れた体をゆっくり起こす。
もう一度この知らざる世界を身渡そうと、今度は両目をしっかり開けた。
見えた世界は、どう考えても日本じゃない気がしてならない。
「誰かいないの?情報が欲しい…冷静になりたいよ…ここは何なの?どうなってるの?」
自分以外の人間は見当たらないが、動く物体はあるんだから、必ず人がいるはず!
誰かと話がしたくて仕方がなかった。
草木も生えていない殺伐とした風景は、砂漠の都市…映画の架空都市のセットにしか思えなかった。
グルッと一回転して全方位を見たが、どうしても現実の世界とは理解し難く、服の裾を堅く握るのが精一杯だった。
「、、、ァ、ぁ、、、だ、誰か…」
「⁇誰かいるの?どうしたの?」
背後から突然声がした。
自分以外の声に出会えた事が、最悪状況下でこんなに嬉しいとは思わなかった。
その声にすぐ反応し、声をかけた。
助けを求める声に何が出来るとか関係なく、振り返り声する方を必死で探した。
明るくなった先に、声も上ずりかけていた。
声の主を探すのに、時間はかからなかった。
きっと、さっきの爆風の影響だろう。
少し離れたところに、初老の女性が大きな岩の下敷きになっていた。
隣に小学生程度の子供が一人いた。
(見えるところだけで二人。建物が崩れたのかな?まず近寄って助けてあげなッ!)
「ドーン‼︎」
「ヒァッ!」
近寄ろうトした瞬間、もう一発、爆音が響いた。
自分の体がまた簡単にその場で宙を舞い、すぐに地面を這いつくばっていた。
「ッー!」
二度目の苦痛に声にならない音が漏れる。
こんな痛みは生まれて初めてだった。
クラクラする頭を手で持ち上げ、簡単に砂埃を払うと、さっきの二人を探した。
「はぁ…イッタァ…!もう何なの?この音まさかって思うけど、それより、あの親子はどこ?」
既に二人は視野から消え、自分は叫びながら必死で探した。
唯一の手掛かりを無くしてはならない!
助けてあげなくちゃ!
まだ希望はある!と、信じていたかったから。
「…え?、まって…冗談キツいよぉぉ」
しかし、そんな思いはすぐ終了になった。
こういう事態を「詰み」とか「オーバー」とか言うのだろう。
目の前に赤黒い液体が、地面を侵食するように広がっていた。
目の前が真っ暗とはこの事か?
ぶった切られた現実に為すすべき事はなく、やっと立ち上がった気力も途絶え、ヘナヘナと脱力しその場に座り込んでしまった。
「ジワッーって地面に滲んでる、これは血だ。親子の上の岩も粉々で跡形もない。二人はもう…、名前も聞いてなかったなぁ」
せっかく出会えた人達が、こうも簡単に世界から存在が消える事に、一気に空虚感と脱力感が押し寄せて抗う術も無く身に纏った。
何事もやる気が起きない。
一瞬で未来を木っ端微塵にされた恐ろしさに、この世界で希望を持つ事事態無駄と思えた。
「どうしてこうなったか?分からないけど、ここがどこかも知らず、自分もこの人達と同じになるんだろうな…だって叫んだりするしか能がないもん、私…」
「ダダダッーン‼︎‼︎」
「ドドッーン‼︎」
「バーンッ!」
爆音が再び周りを凌駕し始めた。
更に粉塵で視界も怪しくなり。体に響く地鳴りは激しさを増した。
「なんか、もういいや…面倒だわ」
初めて見る大量の血液と近づく爆裂音に、歯向かう事も止めてしまえば、これほど楽な事はなかった。
「神様に祈るって、こんな気分かなぁ?」
空を仰ぎ見ると、とても高く感じた。
綺麗なスカイブルーで、雲は殆どなかった。
この惨事を吹き飛ばす程、天晴れな空の色。
妙に空が広いと思えば、電柱がないところのようで、大きな海が空に展開されてると思えば、何だかワクワクし笑みさえ溢れてくる。
このままいけは、本当に狂ってしまえそうだ。
もう、半分は狂っているかもしれないが…。
「こういうのを現実逃避って言うだろうな…なんだかなぁ…クスッ」
「ガシャ‼︎」
「?」
「☆♪+5*…」
自分の背後で、男性の野太い声がした。
爆音が炸裂していて、文脈は分からなかったが、頭部から首にかけて一点集中の緊迫した意識じた。
(誰かが喚いてる。まさか、銃を向けられてるんじゃ?でも、もういいや…抵抗するだけしんどいもん)
「ダダッ、ダダダッ!」
「ダーン、ダーン‼︎」
強烈な爆裂音と同時に、細かな破壊音も多くなっていた。
細かな音がやけに近く感じてならない。
その場で撃ち合い?
もう自分には関係ない事だが、その音が少し気になっていた。
「はぁ」と、軽く息を吐く。
(空はいいなぁ。いつも見る空より大きいし、ピクニック日和なんだろうなぁ)
まさかこんな状況と場所で…、否が応でもにも自分の今後が決定されるとは?
奇想天外の内容に、思考も追いついていない間に、自分の人生終了勧告とは笑えなさすぎる。
意味不明の孤独死に涙も出ない。
(人生、短かったなぁ。ママ、パパごめんね…)
心の中でそう呟くと、深呼吸を一回行い、胸の前で両手を合わせ、ゆっくり目を閉じた。
目尻に熱いものが溜まっても、拭く気も起きなかった。
そして腹を決めた時だった‼︎
「ダダッ!」
「ガガガッ!ガガガッ!」
「ウワッー!」
(ガタガタ、ゴロン………)
「ったく、あんた何やってんだ、そこで?」
「?エッ⁈」
「女か?何でこんなとこに?」
「…」
いきなり背後から、自分に怒号を浴びせる男がいた。
振り返って見たものは、男が長い銃を持ちながら戦車の上に立ち、布で覆ったマスクを取ってこっちに叫んでいる情景だった。
彼のすぐ横には、二つ折れている体が転がっていた。
「ここは危ない。とりあえずこっちに来い」
「…」
「死にたいのか、あんた?いいから、来いって言ってんだろ!」
音が絶えず炸裂し、音が具現化して見えそうな地響きの最中、彼は自分に手を差し伸べてきた。
意思ではなく、本能で、勝手に体が動く。
次の瞬間、彼の手をしっかり握っていた自分。
この時、初めて流した涙の熱さで、本心で諦めていなかった自分にエールを送りたかった。
人から頭ごなしに怒鳴られても、嫌じゃなかった。
彼が天使か?神様か?
そんな風にさえ思えてならなかった。
死を一度でも覚悟した自分の命を拾ってくれた恩人で、希望をくれた救世主のような人に思えたのだ。
初めて乗った戦車は、スプリングがあるわけも無く酷く揺れて怖かった。
中は安全だが、名の男性がかなり窮屈そうに作業していた。
どう見ても、入る余地はない。
彼も外で腰をかけた。
作業の邪魔にならない為にも、自分も彼の傍で腰を下ろした。
彼の名は「保名 仁」
みんな「ヤスナ」と呼ぶと言っていた。
なぜ戦っているかは、本人も良く分かっていないらしく、ただ生まれた時からそういう状況だからと言っていた。
(やっぱり戦場だったんだ。でも何にも知らないで戦えるもんなのかなぁ)
疑問には思っても、まだ自分は冷静じゃなかったと思う。
やっと生き延びられた事に安堵していて、思考が半分以上停止してたようだった。
人に会って、質問したい事も多々あったはずなのに、今は何事にも「ふーん」としか思えない。
少々の事では、反応しなくなったみたいだ。
その時、鬱々とした表情でも自分はしていたのか?
ヤスナは肩をポンと叩き、人の髪の毛をくしゃとさせながら言った。
「生きるか死ぬか?って言われたら、普通は生きる事を選ぶだろ?あんただって、さっき俺の手を掴んだろ?本気で死ぬ奴はそんな事しない、俺はそんな人間見た事ないよ」
その通りだと思った。
自分も生きたいと願ったから、今こうして…。
「ここは常に戦いがある、その場に銃がたまたまあるだけだ。自分の自由を勝ち取る為の手段なら、手に取るしかないだろ?蹂躙される人生を、望んで選ぶ奴も少ないだろうよ」
そうだ!その手を自分は握った。
その手は凄く力強く感じた。
あの一瞬の煌めきがヤスナの手に宿った!
その手の強さに惹かれたんだ。
もう一度、手をギュッと固く握りながら、軽くヤスナに質問した。
「ヤスナは…学校とかは?」
「そういう話は今度な、ほら着いたぞ。ここが俺らのベースキャンプ、安全地帯だ。ここでは戦いはないから安心しろ。行くぞ、ついて来い」
手配らせ、指示するヤスナの後をついて行く。
色んな人が、色んな人種がそこにはいた。
ヤスナは兄と同様、ここの人気者みたいだった。
彼が行く先には、必ずと言う程ヤスナを取り巻く人集りがあり、ヤスナは丁寧に無視せず談笑していくようなので、足止めを何度も食らう。
今もヤスナは道すがら、笑顔で新たな人だかりと話している。
(兄の事が頭に出てくるなら、自分に少し落ち着きが出たって事か…やっと状況が分かる。これで普通にヤスナにも質問出来る)
知り合いにでも会って、勇気を貰ったような気がして、周りを良き見る余裕さえ出てきたようだった。
ここは兎に角、人が多い!と言う印象だった。
ベースキャンプには老若男女、結構な数がいた。
プレハブの骨格に軽く布を被せた家らしきものも、ひしめき合うように建っていた。
(ここは石の家じゃないんだなぁ)
もうすぐ夕暮れ時の中、特に子供が多くいる感じを受けた。
戯れて遊ぶ何組もの子供達が、前を横切っていく。
夕陽に赤く染まり屈託ない笑顔達は、いつ見ても心の癒しになるんだなぁと、つくづく感じた。
でも見た感じ、アジア系は自分とヤスナくらいだった。
彼らと自分とでは、骨格がまるで違うし、服装もインドみたく、布を巻きつけてる人が大多数だった。
スカートなんて自分しかいない…。
ヤスナは、兄より背が少し高いくらいか?
人集りの中では、ヤスナは完全に埋もれていた。
然程大きくないのに、手を伸ばしてくれた時はとても大きく感じたのだが…。
彼の笑顔も、兄と同じものなのか?
考えを巡らすと、また混乱してくる。
気を逸らすように頭を軽く振っていたら、自分から少し離れたところで、新たな人の円が作られていた。
もしかして、自分は物珍しいパンダ状態?
自分が新参者だから?
女でスカートはいてるから?
やはり、異端と思わせる視線ばかりだった。
周りの人が自分をジロジロ見る大きな目が、凄く鬱陶しいと思った。
「待たせたな、こっちだ」
「ヤ、ヤスナ」
はにかむように笑い、頭を撫でてくれたヤスナ。
ヤスナが自分に近づいた途端、人集りは一切の痕跡を残さず消えていた。
少しホッとした。
居た堪れない居心地の悪さから、ヤスナの声と手の暖かさで、すっと抜け出された。
歩き出すヤスナの後を、追いかけていく。
ヤスナは特徴の無い、一軒の家に自分を招き入れた。
間口は狭いが、中は結構広く、そして冷んやりしていた。
しかし、明かりが無ければほぼ暗闇で、方向感覚が掴めなかった。
目が慣れるまでは、また恐怖で身を縮めるしかなかった。
「こっちだ」
松明をかざし、手首を掴んで人を引っ張り、ヤスナはズンズンと奥へ進んでいく。
足をもつれさせながら、ついて行くのに必死だった。
「ちょ、どこ行くの?」
「すくそこ、もう見えてる」
「…」
(結構、乱暴だなぁ。ま、こんなところだし、仕方ないのかなぁ)
洞窟みたく、奥はかなり深そうだった。
暗すぎて本当に見えない。
(他の家も外はあれで、中はこんなのかな)
「ここ、あなたの家なの?も、もう少しゆっくり…」
「ここは倉庫だ、すぐだから、我慢しろ」
「倉庫?」
(何の?どうして倉庫に?)
訳が分からず、整理できないまま次から次へと事態は急変する。
今度は奥の部屋らしき中へ、「ブン!」と放り投げられた。
「ガタガタッ」
「キャ!」
「着いたぞ、好きなの持つといい」
「…え?」
部屋全体に明かりが届くと、周りは自分の背丈以上に積まれた、武器の山だった。
ワンルーム位の広さだろうか?
木箱が天井まで積まれた列が幾つもあった。
立て掛けられた銃も、所狭しと並んでいた。
「武器…庫?」
「そう、人いないんだ。一つやるよ」
「…はぁ?どうして私が戦わないといけないのよ?」
(ダメだ!もう冷静なんてクソくらえよ!何、この理不尽さ。やってられないわよ!)
壁に背を預け、腕組みしたヤスナはキョトンとした表情で、憤る自分に言った。
『こいつ、何言ってんだ?』と、言いたそうな顔つきだった。
「だってやれる事ないじゃん。何にもしないで、ここにはいられないよ。家、近くなら送ってもいいけど、遠くは行けないし、後は自力でどうぞ。それより、これなんかどう?」
目に止まったヤスナの銃より小振りの銃を手に取り、微笑みながらポンと人の手のひらに乗せた。
重さで体のバランス崩し、地面に膝を落とす。
(銃ってこんなに重かったんだ、これで人が…それに元の家の帰り方も、何一つ分かっていない。
でも…!
このまま砂塵の中で、ずっと戦争ごっこ生活するの?あ、あり得ない!)
「ここは必ず労働を課せている。その分で見合った収入があるんだ。女たちもみんな仕事をしてる。夫婦になる奴も居るし、身体を売ってる奴もいるしね」
「か、体、うるっ?」
「そうだよ、立派な仕事だよ。男は、仕事の前後は欲しくなるからね」
「…や、ヤスナもそうなの?」
ヤスナの言葉に、イチイチ反応してしまう自分がムカつく!
こっぱずかしくなりながらも、聞いてしまった自分に悔いた。
聞く内容は優先順位があり、もっと大事な事があるだろうと、、、
「俺はそんなにないけど、ま、あれば嬉しいかなぁ?お前、俺の専属になる?」
「ち、違う!そういう意味じゃない!確かに今すぐ帰れるとも思えないし、労働してこそって意味も分かってる。何かしろって言われても、何の取り柄もないし、出来る自信もない。けど…いきなり銃とか、体売れとか、私にはハードル高すぎて…」
知らず知らず、涙が滲んでくる。
どうしてこんなところで、自分の情けなさをカミングアウトしなくちゃいけないのか?
心の奥底に仕舞っておいた、開かずの扉を自らこじ開けると、堰き止められない勢いで言葉が流れた。
「わ、私は兄を探していて、そしたら、いきなりここ来てて、気づいたら戦場の中で、あんな爆裂音も初めて、人が目の前で死ぬのも初めて見て、戦車を見るのも乗るのも初めてで、普通に布を頭から被った服装の人を沢山見るのも初めてで、本当にここがどこだかも分からなくて…」
「ちょっと、わ、分かったよ。待てよ、ごめん、冗談だって。泣かれると弱いんだよ…」
ヤスナは子供みたいに「ワー」と声を上げて泣く自分に駆け寄った。
背中さすって泣きやませようする、慰めようと優しく接してもくれた。
でも、それはもう止まらなかった。
矢継ぎ早に出る言葉の羅列に、意味はないかも知れない。
ここに来てからの体験は、自分が受容出来る範疇をはるかに超えており、もう支えたものを外に放出するしか手立てがなかった。
ここで更に溜め込んだら、本当におかしくなってしまいそうで…。
「これ、ここのレバー引いたら弾が出て、人に当たったら死んじゃうんでしょ?初めて見たよ、人の体ってあんなに赤い液体が入ったなんて。そんな事出来ない、怖くて出来ないよ…」
(もうダメだ!ここには居られない!どうにかして元の生活に帰りたい!)
噴き出す感情は留まることを知らず、更に声高く、その場に座り込んで泣き喚くばかり。
ヤスナが慰めていても、言葉は耳に届く事もなく、帰りたいと願うばかりだった。
どうすれば帰られるか?
泣きながら初めに起きた事を、もう一度思い返そうと試みた。
ロッシャンと言う輩が、ここに自分を飛ばした。
ちょうどネットを見ながら。
なら、本当はここも現実でない仮想空間で、本体の自分は元の世界にあって、意識だけがこっちに来ているのでは?
(漫画そのものじゃない、でも、そう考えるのが今は一番ベターではないかな?)
リアルな感覚も否めないが、もしかしたら電源を落としさえすれば、この世界そのものが消えてしまって、自分も戻れるんじゃないかのか?
そう仮定してみても、どうやって電源に手が行くのか?
また分からない事が増えるだけで、何も物事進むどころか、状況は悪化する一方だった。
あれこれ思案し、唸り声をあける自分に、ヤスナはか細い声で話しかけてきた。
「ごめん、今はもういいから…ッ!」
「触んないで!構わないで‼︎もう嫌なの、今は帰る方法ッ⁈」
『ダンッ!』
「え…?」
「あ!」
一瞬、2人とも何が起きたのか?
分からず、同時に顔を見合わせた。
「ヤ、ヤスナ!口から…」
「…あ!」
ヤスナは自分の手のひらを見て、腹部へと視線を映した。
ヤスナの腹部に、ジワーッと赤い華が咲き始めていた。
床にも血が滴っていた。
(わ、私?)
すぐに自分の手を確認した。
(硝煙が。。。わ、私だ‼︎)
ヤスナから手渡された銃を両手で握り、銃口から硝煙が立ち上がっている。
「ヤ、ヤスナッ!」
ヤスナに駆け寄ろうとしても、体の自由が利かない。
腹部を押さえたヤスナが、自分に手を伸ばし、それに応えようと自分も手を伸ばす。
だが、既に始まっていた。
前回同様の輪切りの状態が…。
「€〆^*°…」
自分が伸ばした手も関節毎徐々に消え、ヤスナの言葉も内容も分からず、出血で倒れそうなヤスナを眺めているしかなかった。
(どうしよう!自分のせいでヤスナがっ!取り返しのつかない事をしちゃった!)
今消えてしまったら、ヤスナは助からないかも知れない!
「転送を止めて!ヤ、ヤスナがッ!」
本当に電源を落とせたのか?
いきなりこの状態で、帰れ!とは、無責任過ぎなのでは?
「ヤスナ、ヤスナ!しっかりして!ロッシャン、お願い!転送止めて!せめて数秒待ってよ、人を呼ばせて!ヤスナが!」
カウントが始まると、自分ではどうする事も出来なかった。
消えていく体では、ヤスナを支える事も出来ず、
叫ぶ声もヤスナに届く事はなかった。
前のめりに倒れそうなヤスナ。
映像はそこで終了した。
気づけば、涙で前が見えないほど、自分は号泣していた。
出来ないと言っていた銃を、助けてくれた人に向けて発砲してしまった。
人も呼べず、自分だけが無事に戻れたよう。
コンセントは…そんなのどうでもいい。
(私のせいでヤスナが…自分の事ばかり考えていたから、色々言ってくれてたのに、聞く耳持ててなかったから。やっぱり自分は泣くしかない…無力過ぎる)
泣くしか出来ないこのちっぽけな現実も、向こうの出来事も、全て夢ならいいのにと、心から願った。
それだけ自分は幼児性の強い、人間だったのだ。
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