第1ー3 兄の部屋

「いててて、一瞬目眩したわ?ネット見てただけでこんなのあり得る?どうして体感してるのよ?」

「やはり女か…、名は桐子だったか?」

「…」

(どうして私の名前を知ってる?誰こいつ?どこにいる?)

パソコンの前で抱えた頭をすぐ様持ち上げ、画面を睨むように見ても、チカチカする文字の羅列は変わらなかった。

声の主は画面の中には存在していない。

(じゃ、どこから聞こえてるの?イヤホンもしてないし、まさかね…)

「私の姿はお前には見えない。お前の脳に直接語りかけているだけだ」

「⁈、そんな事出来る訳がッ」

「この声は、今も聞こえているだろ?これは現実だよ、桐子」

「…」

確かに。

原理はどうであれ、今の状況をとりあえず流すなり受け止めるなりしないと、冷静になれそうに思えない。

自力で意識を取り戻すと、先に話を進めようと言葉を発した。

何が何だか分からないこの場で、心身的疲労感はかなり際どかったけれど。

やるしかない…妙な使命感に体が高揚するのを覚えた。

まるで兄のように。

もう一人の人格を作るような感覚に、役者が舞台で演技して喝采の中、アドレナリンが脳に充満する感覚と同様に思えた。

「あなたがロッシャン?何者?ロシア人?兄を知ってるよね?だから私の名前も知ってるんでしょ?このサイトはあなたのもの?兄はどこよ?答えなさいよ」

「根性は兄より逞しいようだな。今も矢継ぎ早に言葉がポンポン出てくるとはな…」

「自分は姿も見せず名乗らずで、勝手に人を呼び捨てするような人に言われたくないわ。そんな人に名乗る名もない。さぁ、兄をどうしたのよ?生きてるの?死んでるの?まさか、殺したんじゃっ!」

「彼は元気だよ?いい感じに育っている。因みに私はロシア人ではない。ロッシャンは略称だよ」

「自己紹介どうも。育つてどういう事?なら、会わせなさっ、いえ、兄を返してよ!みんな心配してるのよ。これ拉致ってやつよね。遠慮なく通報させてもらうわ」

意気揚々と啖呵切ったら、相当気分が良かった。

これでもう、ママが苦しむ姿見なくていいと単純に思った。

見えない相手にどう捜査するか?

そんな事も考えが回らない程、自分はこの会話にのめり込んでいて、精神的にも疲労感半端なく、休む事を窮しているとも感じていなかった。

この事を報告すれば、後は捜査の手が入る。

やっとみんなの苦労が実になったしか思えなかった。

ほんとは…ただ言いたかっただけで、問答無用に言える相手なら、誰でも…。

(いやいや、ここで引いたらダメ!今日で終わらせるんだ!)

注意レベルを最大MAXまで引き上げ、見えない相手に凄んで見せた。

全身にどこからか知らないが、力が漲る感じさえあった。

心の中で早くも勝利宣言していたかもしれない、強い眼差しで画面の向こうにいるだろう相手が恐怖に慄く姿を自己満足な想像をしながら。

「クク、男でも通る気質のようだ。これなら問題ない」

奴の言動内容より、人を小馬鹿にしたような言い草に腹が立つ。

煽りとも言える事の葉に、イチイチ反応する自分がいた。

「今度は女性蔑視?人を値踏みするみたく、何様よ!いい加減姿見せたら?ほんとムカつくし、卑怯だわ!早く兄を返して!」

「…お前はどうしてこうなったか?知りたくないのか?」

「理由…がある、、、だろうけど、まずは兄を返して貰ってからよ。犯罪者の言い訳を聞けって?冗談じゃないわっ!そんなのあなたから聞かない方が結果オーライよ」

「…お前は兄を、本当に心配しているのか?また巻き込まれたと迷惑していたのではないのか?」

「か、家族、大事な家族なんだから助け合うのは当然でしょ⁈」

「家族なら当然と…。なら、兄の不始末もお前に払ってもらうとしよう」

「え?」

(ダンッ!)

「ジジッー、ジジッー」

「え、え?」

豆鉄砲みたいに軽めの弾く音が頭中に響いた。

大した衝撃はなくとも、黄色い星が空中に幾つも散らばって見えた。

「な、何これ?消えてるの?体が消えて…る?」

視野を正面を戻した同時に、ボンレスハムの輪切りのように、自分の両手関節毎に消滅していくのを目の当たりにした。

「あっ!あっ!」

慌てたとしても指がない。

半泣きになりながら、叫ぶしか能がなかった。

「な、何したのよ?やめてよっ!た、助けてっ!」

「お前が兄の責任を果たせ。ならば返してやる」

「責任?何よ?知らないわよっ!冗談じゃない、やめてってば!」

「ジジッー、ジジッージジッー」

音はどんどん近くに聞こえ、重量は感じなかったが、確実に体全体が消えているように思えた。

足は下から順番に消え、既に膝まで消失していた。

次は頭か?

「あああああっ!‼︎‼︎」

視野もどんどん狭くなる。

半分以上暗闇だった。

まっくろと言うべきか?

誰にも聞こえない、憐れな声を上げ続けるしか、出来ることはなかった。

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